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王家の馬車に先導され、王都を目指し走る馬車。しかも騎馬隊の護衛付きだ。御者の手綱を握る手にも力が入っている様子。
まさか乗せていた客たちが、王家の関係者だったとは思いも寄らなかっただろう。もちろん俺もである。
「ネストは王女様の魔術指南役なんだよ。まあ家庭教師みたいなもんだな。スタッグ王国の貴族の中では一、二を争うほどの魔術の家系だからな」
バイスは斧についた返り血をゴシゴシと洗い流しながら言った。
「なるほど。だから王族に顔が利くんですね」
俺は鎧についた返り血をゴシゴシと洗い流しながら言った。
「私、お姫様初めて見た! すごいきれい!」
ミアは盾についた返り血をゴシゴシと洗い流しながら言った。
王女の名はリリー。ミアと同い年で、スタッグ王国の第四王女であるとバイスが教えてくれた。
そのついでとばかりに、バイスは貴族同士の争いがどれだけ醜いものかを力説してくれたのだが、俺には正直どうでもよかった。
そんなことより、ネストがカガリの事をなんと紹介しているのかが気になって仕方がない……。
ミアが主だと言ってくれればいいのだが、正直に俺と言ってしまうのか、はたまた見栄を張って自分自身だと言うのか……。
色々と言い訳を考えないといけなくなるので、妙な設定だけは付けないでくれと祈るばかりだ……。
「それより九条。俺の鎧はもう勝手に動き出したりしないよな?」
「ええ、大丈夫です。魂はちゃんと回収しましたから」
先程のリビングアーマーは死霊術で呼び寄せた魂を鎧に憑依させ、仮初の命を吹き込んだもの。
中に入れたのは盗賊の親玉であったボルグの魂。故に名前はボルグ君一号。――今考えた。
ホッと安堵の表情を浮かべるバイス。
知らぬうちに勝手に鎧が動き出したらと思うと、気が気ではない。それを想像したのだろう。
ミアは声を押し殺しながらも、クスクスと笑顔を見せていた。
王都スタッグへと辿り着いたのは十九時頃。
真っ暗というわけではないが、松明にはすでに明かりが灯してある時間帯。
遠くから見ると大きな城下町なのがよくわかる。人口は二十万人くらいだろうか。街の中心には、大きな西洋風のお城が建っていた。
あまり詳しくはないが、建物だけで言えば元の世界で言うところのモンサンミッシェルに似ている気がする。
大きな外壁に沿って作られた堀は、水流があることからどこかの川に繋がっているのだろう。
高い城壁に巨大な門。降りた跳ね橋には入場待ちの行列と、数人の兵士が検問作業に明け暮れていた。
そんな行列を横目に、顔パスで検問を通過する二台の馬車。
街中では王家の馬車がめずらしいのか、手を振る人々に並走する子供たちなど、皆の注目を集めていた。
馬車が歩みを止めたのは、お城の中庭らしき庭園。
大規模な駅のロータリーほどはあろうかという広さの場所に、大きな花壇。
惜しむべきは明るい時間に訪れなかった事だろう。一面に色とりどりの花が咲き乱れているのは圧巻であったが、松明の光で揺らめく影が面妖な雰囲気を醸し出していた。
馬車から荷物を降ろす作業も終わり、俺はネストと話し込む王女をただ茫然と見つめていた。
他意があったわけじゃない。それが一番目を引いたのだ。
そんな中、ほんの一瞬だけその王女と目が合った。
クスリと微笑みかけた王女は一礼したのち、城の中へと入って行く。
王女と言うだけあって高貴な雰囲気がバリバリ出ているのだが、まだ幼いながらもしっかりしているなと感心した。
そんな俺を見上げていたミアは、両手で俺の手を強く握りしめる。
「おにーちゃん、お姫様のこと好き?」
一言も話していないのに好きも嫌いもあるか――とも思うが、傍から見た感じは悪くなさそうだ。
もっと高慢な態度だったら、嫌悪感すら抱いていたかもしれない。
「嫌いではないな。礼儀正しいしな」
「むう……」
ミアはその答えがお気に召さなかったのか小さな頬を膨らませると、俺の手をぶんぶんと振った。
言いたいことはなんとなくわかる。自分と王女を比べているのだろう。子供らしくて微笑ましい限り。
「ミア、よく考えてみろ。年端もいかないお姫様が俺みたいなおっさんを連れてきたらどうなると思う? 貴族じゃない。一般人だぞ? 恐らくは姫をかどわかした罪で死刑だ。俺は死刑にはなりたくない。だからミアの心配しているような事は絶対にないから安心しろ」
「ならヨシ!」
ミアの顔に笑顔が戻る。
それで納得されるのもどうかと思うが、機嫌が直ったのだから細かいことは置いておこう。
ネストは王女を見送ると、ようやくこちらに合流した。
「待たせちゃったみたいでごめんなさい」
「問題ない。それより俺は、このままギルドに報告に行くが、ネストはどーする?」
「私は明日にするわ。病み上がりってことにすれば、まあ報告タイミングがずれても大丈夫でしょ」
「そうか。じゃあまた明日な」
「ええ」
バイスが城を出て行くと、ネストはくるりとこちらに向き直る。
「じゃあ、私たちも行きましょうか?」
「どこへ?」
「決まってるじゃない。私の家よ」
「いや、さすがにそれはまずいですよ。俺たちは別の宿をとりますから」
「そう? でも王都はコット村と違って宿代結構するわよ? 安くても一泊金貨一枚とかだと思うけど……」
高すぎる……。コット村で俺がギルドから借りている部屋は一ヵ月で金貨三枚だ。
しかし、女性の家に転がり込むというのも……。
かなり悩んだのだが、背に腹は代えられないと、結局はネストの家でお世話になることにした。
歩くこと数十分。ネストがピタリと足を止めると、目の前にあった大きな鉄格子で出来た門扉の片方を開けた。
「ここが私の家。ささ、どうぞ入って」
笑顔を崩さず当たり前の様に言うネスト。正直、貴族を舐めていた。
俺たちの前にあるのは大きな庭。その奥に聳え立つのは大きな洋館――いや、豪邸が建っていたのだ。