テラーノベル
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練習室の大きな鏡に映るユニョンは、いつだって発光しているようだった。
飛び散る汗さえも、彼の一部になると宝石のようにキラキラと輝いて見える。末っ子であるチャヌは、壁際に座り込んでその背中をじっと見つめていた。
「チャヌ、お疲れ。顔色悪いぞ、大丈夫か?」
不意に音楽が止まり、ユニョンが顔を覗き込んできた。爽やかな笑顔と、ほんのり香る柔軟剤の匂い。そのあまりの距離の近さに、チャヌの心臓は痛いほど跳ねる。
「……別に。ただの寝不足です」
「無理すんなよ。ほら、水」
差し出されたペットボトル。受け取る時に指先が微かに触れた。それだけで、チャヌの胸の奥は焼け付くように熱くなる。
ユニョンにとって、これはただの「弟への気遣い」に過ぎない。彼が向ける優しさには、一点の曇りも、自分と同じ種類の熱も含まれていないことを、チャヌは痛いほど理解していた。
ある夜、宿舎のベランダで、ユニョンが誰かと電話をしているのを耳にした。
漏れ聞こえてくる声は、いつになく甘く、どこか切なげで。相手が誰なのか、聞かなくてもわかってしまう、想像してしまう。ユニョンが向けるその「特別」な響きは、チャヌがどれだけ望んでも手に入らないものだった。
電話を終えて戻ってきたユニョンと、暗闇の中で目が合う。
「あ、チャヌ。起きてたのか」
「……ヒョン、幸せですか」
唐突な問いに、ユニョンは少し驚いたように瞬きをし、それから困ったように笑った。
「おい!急になんだよ!笑」
「…まあ、大切な人がいるって幸せだなって思うよ」
その言葉が、鋭いナイフのようにチャヌの胸を抉った。
『僕にとって、それはヒョンなんです』
喉元まで出かかった言葉を、チャヌは冷たい夜気と一緒に飲み込んだ。
季節が巡っても、この想いは出口を見つけられない。
ユニョンの恋がうまくいっている時は、その幸せそうな顔を見るのが辛い。
逆に、彼が電話越しに俯き、傷ついている夜は、もっと辛い。
いっそ、壊してしまえたら。
泣いている彼を抱きしめて、「僕ならそんな顔をさせない」と告げられたら。
けれど、チャヌが動けば、この穏やかな「兄弟」という関係すら崩れ去ってしまう。
「チャヌ、最近大人っぽくなったな。なんだか、遠くに行っちゃいそうだ」
撮影の合間、ユニョンがふざけてチャヌの肩に腕を回す。
チャヌは無理に口角を上げ、冗談っぽく返した。
「ヒョンが子供すぎるんですよ。……僕は、ずっとここにいますよ」
『ヒョンの視界の端っこに、ずっと』
そう心の中で付け加えた言葉は、誰にも届くことなく、ただ虚空に消えていった。
いつか、この恋が終わる日が来るのだろうか。
それとも、ヒョンが誰かのものになるのを、最前列で祝福しなければならないのだろうか。
鏡の中に映る自分は、相変わらず情けないほど、彼に恋をしたままの少年の顔をしていた。
ユニョンが楽屋のソファで、誰かに向けて幸せそうにメッセージを打っている。その横顔を、チャヌは少し離れた場所から、本を読むふりをして視界の端に捉えていた。
胸の奥が、冷たい水に浸されたように重い。
その時、不意に肩に柔らかな感触が伝わった。
「……チャヌ、コーヒー。飲むか?」
見上げると、ジナンが少し首を傾げて立っていた。その瞳は、すべてを見透かしているかのように穏やかで、けれどどこか悲しげだ。
「あ、ありがとうございます、ジナニヒョン」
「外、少し風が冷たくなってきたな。……風邪引かないように、心も温めておけよ」
ジナンは隣に腰を下ろすわけでもなく、ただチャヌの背中を一度だけ、ぽん、と優しく叩いた。その手の温もりが、チャヌの張り詰めていた糸を危うく解きそうになる。
後日、ダンス練習の合間に、チャヌは一人でスタジオに残っていた。
鏡に向かってステップを確認するが、どうしても集中できない。そんな時、自動ドアが開いてジナンが入ってきた。
「まだやってたのか? 熱心だな」
「……ただ、体を動かしてないと落ち着かないんです」
チャヌがタオルで顔を拭うと、ジナンが鏡越しにまっすぐ自分を見つめていることに気づいた。
「チャヌ。……あんまり、自分を削りすぎちゃダメだぞ」
ジナンの言葉は静かだったが、確信に満ちていた。
「……何のことですか」
「お前が誰を見てるか。何に傷ついてるか。……俺は、知ってるから」
心臓が止まるかと思った。隠し通せていると思っていた「猛毒」のような恋心を、誰かに指摘される恐怖。チャヌは言葉を失い、床を見つめるしかなかった。
「……気持ち悪いですよね。メンバーなのに」
「そんなわけないだろ。誰かを好きになるのは、綺麗なことだよ」
ジナンは歩み寄り、チャヌの隣に並んで鏡を見た。
「でもね、チャヌ。その綺麗さが自分を壊すこともある。……辛くなったら、俺を頼れよ。愚痴でも、涙でも、なんでも受け止めてやるから」
その優しさが、今のチャヌには一番痛かった。
ジナンは、チャヌがユニョンを諦めきれないことも、この恋が報われないことも分かった上で、ただ「逃げ場」になろうとしてくれている。
「……ジナニヒョン。僕は、どうすればいいんでしょう」
「今は、ただ息をしてるだけで十分だよ」
ジナンがそっと、チャヌの頭を撫でる。
ユニョンの太陽のような明るさとは違う、月のような静かな慈愛。
ユニョンには決して明かせない気持ちが、この時だけ溢れ出す。それを受け入れてくれるのはいつも隣で自分を見守ってくれている、もう一人の兄だった。
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