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「疲れた……」
午前のお勉強が終わり、私は勢いよく自室の机の上に突っ伏した。今日はいつも以上にアレット先生のスパルタ振りが激しく、体力的にも精神的にも限界だった。特に精神的疲労がキツい。
なんだか眠くなってきちゃった。目蓋が重い……もうダメ。ちょっとだけなら……まだお昼まで時間があるし、少しだけだから……
誰が聞いているわけでもないのに、心の中で何度も言い訳をしながら私は意識を手放した。
コンコン……コン……
「ん……なに?」
小さく何かを小突くような音がして、私は目を覚ました。時計を見ると、あと数分で午前11時になろうとしている。1時間も寝ていたのか。
コンコン……
またさっきの音だ。私は入り口の扉に視線を移す。『どうぞ』と呼びかけてみるが反応は無い。てっきり誰かが扉をノックしているのだと思ったけど違ったみたい。音が鳴っているのはどこか別の場所のようだ。耳を澄まして注意深く音の発信源を探すと、部屋の外……バルコニーの方から聞こえてくる。私は足音を立てないようにゆっくりと近づいて窓を覗き込んだ。コンコンと鳴る音の正体……それは――――
「クーッ! クーッ!」
「エリス!?」
2週間ほど前にうちの庭に迷い込んで来た赤い美しい鳥……エリス。奇妙な音はエリスが嘴で窓をノックする音だった。私の姿を見つけるとバサバサと翼をはためかせる。
「エリスどうしたの? ちょっ……ちょっと待っててね」
急いで窓を開けてやると、エリスは私の足に擦り寄りクルクルと喉を鳴らした。
「また怪我したとかじゃないよね?」
エリスの体を見回してみる。それらしいものは見当たらない。足の怪我も治ったようで安心する。
「あれ? なんだろう……これ」
10センチくらいの細長い筒状の物体がバルコニーに転がっている。もしかしてエリスが持ってきたのだろうか。私はそれを拾い上げて、手のひらに乗せてみた。
金属製のかなり丈夫な作りで、表面には滑り止めのような突起がいくつかある。エリスの足で握りやすいようにと付けられたんだろうな。しばらく引っ張ったり回したりしていると、カチンと音がして片方の先端部分が開いた。中は空洞になっている。恐る恐る覗き込むと、紙のような物が入っていた。
「これは……」
それは淡い桃色の封筒だった。筒の形状に合わせて、緩く丸まった状態のそれを開いてみる。
「手紙? 名前が書いてある。宛名はクレハ・ジェムラート様……私だ」
筒と封筒を持って部屋に戻り、エリスに水を飲ませてやった。椅子に座って先ほどの封筒をもう一度眺める。上品な桃色で、あちこちに小花模様をあしらった可愛らしいものだ。字もとても綺麗……差し出し人は大人の女性だろうか。エリスが持ってきたという所から、『とまり木』の関係者の方からだろうと予想はついていたけど、とにかく確認してみることにした。机の引き出しからペーパーナイフを取り出し、それを使い丁寧に封筒を開封する。そして、中に入っていた数枚の便箋にしたためられた文章に目を通した。
『親愛なるクレハ・ジェムラート様へ』
『突然このような形で文を出した事をお許し下さい。さぞ、驚かれたことでしょう。私はローレンスと申します。あなたによって命を救われたエリスの飼い主です』
エリスの飼い主さん……! という事は、セドリックさんがお仕えしているご主人だ。
『エリスを助けていただき、本当にありがとうございました。エリスは私にとって家族同然です。本来なら直接お会いしてお礼を申し上げるべきなのですが、現在私の置かれている立場上それも叶わず、書面にて失礼致します。来たるべき時が来ましたら、必ずあなたの元へご挨拶へ伺いますのでご容赦ください』
ローレンスさん……本当にエリスの事を大切に思ってるんだなぁ。1枚目の便箋には、エリスを助けた事に対しての感謝の言葉が丁寧に書かれていた。2枚目には私の好きな食べ物とか好みの服装とか、なぜか私について色々質問された。手紙を読み進めていくうちに、とある一文が目に入る。
『クレハ様と、そのお友達宛に此度の御礼の品を送らせていただきました。気に入って貰えると嬉しいのですが――』
丁度その時、またコンコンとノック音が響き渡る。今度はしっかり部屋の扉からだと分かった。
「は、はい!」
「クレハお嬢様、モニカです。あの……お嬢様宛に小包が届いているのですが、いかが致しましょう? 差出人はローレンス様という方なんですけれど」
急いで椅子から立ち上がり、扉を勢いよく開ける。モニカは私の様子に一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を元に戻した。
「お心当たりございますか? 無いようであれば、こちらで対処致しますが……」
「ある! あります! 大丈夫。ありがとうございます、モニカ」
モニカから小包を受け取り部屋に戻った。それは30センチくらいの大きさの箱で、差出人を確認すると、そこにはモニカが言った通りローレンスさんの名前が書いてあった。
「これ……手紙に書いてあった御礼だよね」
包装紙を外して箱を開けてみると、その中に更に3つの箱が入っていた。大きさはバラバラだけど、3つとも全て綺麗にリボン付きでラッピングしてある。そして、リボンと箱の間に名前の書かれたカードが挟まっていた。
「えーっと、この2つの箱はリズとジェフェリーさん宛だ」
ふたりへの御礼も一緒に入っている。後で渡してあげよう。その3つの箱の中で一番小さな正方形の箱に、私の名前が記されたカードが挟まっていた。
私は、はやる気持ちを抑えながら慎重にその箱を開けた――――