夏祭り
夕暮れ、商店街の奥から祭囃子が聞こえてくる。浴衣姿のまなみは、髪を高く結って、淡い水色の浴衣を揺らしながらそらとの方を見上げた。
「なぁなぁ、そらとー。うち、帯これで合っとる?」
「……似合っとるけん、いちいち聞くな」
「えー、ちゃんと見て言ってや!」
「見よるっちゃけど」
「ほんなら、可愛いって言って」
「は?」
「“似合っとる”やなくて、“可愛い”って」
不満げに唇を尖らせるまなみに、そらとは目を逸らしたままぼそりと呟いた。
「……可愛いっちゃ」
「ふふっ、ありがと」
そんな何気ない会話でも、そらとの耳はほんのり赤い。
露店を並んで歩いていると、まなみが知り合いに声をかけられた。
同じ大学の男子で、浴衣姿のまなみに嬉しそうに話しかけている。
「まなみちゃん、浴衣めっちゃ似合ってるやん!」
「ありがと〜!あ、これ伊予んとこのやけんね、柄可愛いやろ?」
「うん、すっごい可愛い!」
にこにこと笑って返すまなみ。
その横で、そらとは表情を固めたまま黙り込んでいる。
まなみは気づいていないけど、彼の手には力が入っていた。
男子が去った途端、そらとは無言でまなみの手首をつかみ、屋台の人混みから離れた。
「ちょ、そらと?!」
「……あんまヘラヘラ笑うな」
「え、なにが?」
「さっきのやつ。……あんな顔、俺以外にすんな」
「は、え?」
「“可愛い”って言われて、そんな嬉しそうにすんなっち言いよる」
低めの声に、まなみの心臓が跳ねる。
そらとは真剣な目でまなみを見下ろしていた。
「……そらと、嫉妬しよん?」
「……してねぇし」
「うそや〜、してる顔しとる」
「……黙れ」
そらとの耳は真っ赤だ。
それを見て、まなみはつい笑ってしまう。
「ねぇ、そらと」
「……なん」
「ありがと」
「は?」
「“うちだけ見とけ”って言ってくれたん、ちょっと嬉しかったけん」
そう言ってにこっと笑うまなみ。
その笑顔に、そらとの理性が一気に揺らぐ。
「……お前な、ほんま無自覚すぎ」
「え?なにが?」
「そうやって笑うけん、俺、他のやつの前で手ぇ離せんごとなるやろが」
言うが早いか、そらとはまなみの手をぎゅっと握り直した。
その強さに、まなみの頬も赤くなる。
「……帰り道、手ぇ離さんけん」
「……っ、うん」
遠くで花火が上がる音が響く。
まなみの胸も、そらとの鼓動も、同じくらい高鳴っていた。