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──1週間後。
……冷たい。
まぶたに、ぽつりと雫が落ちた。
その微かな感覚が、泥のように沈んでいた意識を現実へと引き戻していく。
乾いたスポンジみたいにカラカラになっている全身。
そこへ、たった一滴の水分が沁み渡る。
(……雨?)
ゆっくりと目を開けると、真っ黒な岩の隙間から、細い糸のように水が垂れていた。
地上から何百メートル?何千メートル?も下の奈落。
雨なんて届くはずがない。
だけど、この水はたしかに「ここ」にあった。
私は這いつくばり、岩肌を舐めるようにして水滴を集める。
この一滴一滴が、命そのものだ。
喉が焼けるように渇いていた。
飲み込むたびに、胃が、心が、細胞のすべてが歓喜の声を捻り出す。
鉄のような味。
おそらく岩の成分や瘴気が溶け出している。
温泉のお湯みたいなものか?
でも、その苦味さえ、今の私には極上の甘露だった。
夢を見ていた気がする。
実家……おばあちゃんの家にいた夢。
手を握られて、何度も「大丈夫」と笑ってくれた、あの温もり。
あんなにも当たり前だった、優しい日常。
でも、まぶたに触れた水滴の冷たさが、容赦なく現実を突きつけてくる。
「……おぉ? まだ生きてたか、しぶといね。私」
ぼそっと呟き、貝殻から出る。
そして、全身のダメージを確かめた。
腕も足もバキバキ。
腹には魔神族からもらった激痛が残っている。
魔神族にへし折られた右腕は、治りかけてるっぽいけど、肘から先の感覚が鈍い。
ただ、服(着物)はなぜか新品同様に直っていた。
「……凄いな。自己修復機能付き?」
「ノリで選んだ着物なのに……さすが魔王コレクション」
腹部の傷も塞がっているが、触るとまだズキリと痛む。
魔神族の爪は毒でもあったのか、傷跡の周辺だけ妙に紫がかっていた。
──どれくらい経ったのか分からない。
太陽のない奈落の底じゃ、昼も夜も無意味だ。
ただ、体が少し癒えていることで「そこそこの時間が経った」と気付くのみ。
ずっと冬眠スキルで仮死状態のように眠っていたらしい。
人は孤独で壊れるって言うけれど、
ここまで一人になると逆に不思議な静けさが心を満たす。
怖くないわけじゃない。
ただ、ひたすらに静かだった──。
微かな水音と、澱んだ空気が流れる音、そして自分の呼吸音だけの世界。
「っはは……ここまで“ぼっち”なのは、人生初かもな……」
思わず笑いが漏れる。自嘲、そして強がり。
でも、それでいい。それがいい。口数を増やせ。
自分を誤魔化せ。
誰もいない。敵も味方も、都合のいい救いの手もない。
頼れるのは自分の生存本能だけだ。
黒岩に手をかけ、膝を立ててみる。
「お、動ける」
全力疾走は無理だが、立ち上がれるくらいには回復している。
冬眠スキルの恩恵か、想像以上に体の修復は早かった。
「……あー、そうだ。私、あの魔神族、倒したんだっけ」
確かめるために、ステータスウインドウを開く。
\\ ぺっ、た…ん…… //
(※ステータス画面が開く効果音)
「効果音元気無いな! 私の体調に比例してんの!?」
誰もいない空間にツッコミが響く。
#追放
淡い青白い光が、暗闇を僅かに照らす。
久しぶりに見る「光」だ。
──レベル:500。
「……は? ……500?」
「……あー、はいはい。もう戻れないやつねこれ。
てか、魔神族一体でレベル200近くも爆上がり?」
どうやって倒したんだっけ?
あの時は、生きるか死ぬかで、本能だけで動いていた。
……辰夫……。
私を奈落へ突き飛ばして救ってくれた辰夫を思い出す。
あの時の辰夫が居なきゃ、今ごろ私、確実に死んでたな……。
「辰夫……ありがとう……」
ただ「生き延びられた」ことだけが、今は何よりの救いだった。
「──死ななきゃこんな怪我も状況も安いもんだよね。生きてるだけで丸儲けってね」
さて、感傷タイムからの現状確認タイムだ。
「とりあえず、辰夫は見つけ次第、ぶっ飛ばしますってね──どれどれ?」
ステータスウインドウをじっくり見る。
数値の変化、新しいスキル、体の状態。
いつもは適当にしか確認していなかったが、
ここで生き残るには自分のスペック把握は必須だ。
スキル欄の端で、新しい文字がひとつ光っている。
《鬼の胃袋(NEW)》
“ありとあらゆるものを消化・吸収できる鬼の特性。
ただし、超・太りやすい体質に進化”
「……副作用! 太るとかやめてくれ!!」
「ほんと毎回、気持ちよくパワーアップさせてくれないのはなんでなん?」
「……でも、これ、暴食スキルと超絶相性いいじゃん!?」
暗闇に響く乙女の愚痴。
だけど、頭の中はすでに様々な計算を始めていた。
これさえあれば、食糧問題は解決だ。
太るリスクなんて、まずは生き残ってから考える。
「さてと。あてくし?お腹が空きすぎましたが?」
最後に何か食べたのはいつだっけ?
魔神族との戦闘前だから、もう信じられないくらい口にしていない。
ふと、目の前の「黒い岩」に目が行く。
同時にムダ様の言葉を思い出した。
『ティッシュはカルビだった。砂利は米だった。』
(……じゃあ岩は、パンじゃん?)
「……いくか」
岩肌に噛み付く。ひとかじり──ガリッ。
バリバリッ……もぐもぐ。
「……うん」
「まず、口の中に広がる、固い」
「そして、噛めば噛むほど、固い」
「最後に、やっぱり固い」
(以上)
「……食えるな」
(つまり、勝ち)
歯ごたえ……というか、普通なら歯が根元から折れる感触。
なのに、不思議と砕けて飲み込める。
無味だと思ったら、噛むうちに微かにミネラルの甘みがした。
体がじんわりと温まる。極限まで飢えていた胃が喜んでいる。
(これもうサプリじゃん……しかも、カロリーゼロじゃない?)
ピコン、とウインドウが光る。
【《暴食》の効果が発動しました】
【新スキル《鉱物化》を習得しました。】
「……ん?」
「……いやいやいや。
体温調節、光合成、鉱物化?
なにそれ。もう半分、究極生命体じゃん」
「……宇宙空間でそのうち考えるの、やめそう」
たぶん私はカ◯ズ様と違って──やめない。
だって、超しつこいから。
右手に意識を集中してみる。
すると、皮膚がゴツゴツとした鉱石みたいに硬化した。
「おお……凶器……」
ちょっと感動する。
これ、殴ったら分厚い壁だってぶち抜けるぞ。
さらに、冬眠・体温調節・光合成の熟練度もアップしていた。
光合成は微かな発光苔からでもエネルギーを得るレベルになり、冬眠は傷の自己修復まで追加され、体温調節も極限の冷気に耐えうるものに進化している。
この体、地獄への適応力だけは誰にも負ける気がしない。
「いやこれ、地味にサバイバルでは無敵……」
「でも……太る……」
……
一歩、また一歩。歩く。
脚に力を込める。
自分の足音に警戒する。
心を強く保てと、自分に言い聞かせる。
岩を踏みしめる音、衣服が擦れる音──全ての感覚に集中する。
どこまでも続く暗闇。
その先に何があるかなんて分からない。
出口か、さらなる地獄か。
でも、立ち止まれば終わりだ。
歩き続ける限り、可能性はゼロじゃない。
「まぁ、このサクラさんはこんなとこで死ぬ気しないんだわ」
声に出す。
暗闇に私の声が飲み込まれていく。
私は私の名を刻む。
地獄……そのど真ん中に。
今度は私が、お前を喰い破ってやる。
……ふん。
何度でも立ち上がるよ。
しぶとさだけは誇ってやる。
足を前に、また前に。
暗闇の中で、私の心はまだ折れない。
折ってみやがれ。
「なんせ世界一タフな性格なもんで」
(……あと世界一しつこい)
「いつか、この世界であいつらと笑って飯を食う」
「……そのためなら、何でも食うけどな。岩でも、地獄でも」
「魔神族のヤツらは──」
「全部、埋める。そして踏む。」
「……あー、楽しみだ──」
──ガリッ!!……バキバキッバリッ!!……もぐもぐ。
……ごっくん。
「……ん?」
もう一口。
「……あれ」
「……これ、パンだな。フランスパン。」
「ムダ様、マジでありがとう」
(……いけるな、これ)
──食える限り、私は死なない。
太ったら、魔神族をサンドバッグにするわ。
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『ティッシュはカルビだった。砂利は米だった。』
解説:
極貧時代のムダ様の生存理論。
食えるかどうかは問題じゃない。
“食うと決めたやつ”だけが、生き残る。