YouTube撮影の日。
すの小旅行という企画で、目黒、渡辺、岩本、深澤で少しだけ遠出をして旅をすることになっている。
旅館も一泊で予約済みだ。
仕事とはいえ、ちょっとした慰安旅行のような企画である。
4人は早朝から岩本の運転で現地へと向かう。
当然、車内の様子も撮影されている。
ドライブ編はファンにも人気の企画だ。
運転席に岩本、助手席に深澤、後部座席に目黒と渡辺。
深澤の進行で、滞りなく会話が弾む。
ミニゲームもして、車内はまあまあ盛り上がった。
ここまで良い雰囲気で撮影できている。
深澤は今回の撮影のメンツを見て少し心配していたが、それも取り越し苦労に終わりそうでほっとしていた。
深澤自身、公私混同はしないようにと朝から気合を入れて来たのだ。
現地に到着すると、別のロケ車から合流したディレクターが指示を出した。
「今日は海沿いと山沿いの2組に分かれて回ってもらいます。その様子をそれぞれ撮影する感じでいきましょう」
ややこしいことになったなと深澤は思った。
🖤しょっぴー、どうする?
目黒が渡辺に聞く。
渡辺は少し考えてから答えた。
💙めめと回る
🖤じゃあ、みんなもそれでいい?
岩本も深澤も特に反対せず、渡辺の希望の組み合わせで二手に分かれることに決まった。
スタッフに聞こえないように深澤が岩本に耳打ちする。
💜照、いいのか?
💛別に
岩本の足取りは少し苛立ってるようにも感じられる。
深澤の考えすぎだろうか。
深澤は岩本の口からはっきり渡辺のことをどう思っているのか聞いたわけではない。
富士急からの帰り道、渡辺のことについては岩本は何も言わなかった。
深澤ももう聞こうとしなかった。
正直岩本の本心について深澤に確証はない。
確証はないが、これまでの岩本の渡辺への態度を思い返してみると、何か引っかかるものがあるような気がするのだった。
誰よりも岩本を見てきた深澤だからこそ感じる違和感のようなものが。
一方で岩本たちと別れて山の方へ向かうことになった目黒と渡辺も、道すがら二人で話している。
🖤せっかく岩本くんと二人になるチャンスだったのに
💙めめの方がいい
🖤……
💙いいから。行こう?
目黒は嬉しくなり、渡辺の手を握りたいと思ったが我慢した。
いつも溢れる感情を目黒はこうしてなんとか押しとどめている。
もう慣れっこだ。
隣りで一番近くに渡辺を見られればそれでいいと思い直す。
岩本とのことも応援すると決めていたが、こうしてたとえ気まぐれでも自分を選んでくれることに目黒は密かな優越感を感じていた。
撮影は滞りなく進み、いよいよロケの終盤に差し掛かった時。
目黒は渡辺の耳を指差した。
🖤あれ? しょっぴー、右のピアスは?
💙え?…ないじゃん
渡辺は右の耳たぶを触って、何もないことを確かめると、慌てて周りを見回した。
渡辺がデビューの記念に買ったピアスが右耳だけなくなっている。
大切なお守りなので、絶対失くしたくない。
渡辺は服が汚れるのも構わず、足元の草をかき分け、探した。
目黒も一緒に探す。
奮発して買った純金のピアス。
当時の自分には少し贅沢品だったが、大切な宝物だった。
ピアスは小さいから、さすがに見つけるのは難しいかなと目黒が思っていると、渡辺が喜びの声を上げる。
💙あった!!!
立ち入り禁止区画へ入るロープの向こう側に渡辺のピアスが鈍く光っている。
渡辺は躊躇なくロープを潜った。
🖤しょっぴー!危ない!!!
目黒が叫んだ時にはもう手遅れだった。
草があるように見えていた場所にはなんと地面がなく、渡辺はその崖からバランスを崩して落ちてしまったのだ。
慌てて目黒が手を伸ばすが、その手は虚しく空を切った。
渡辺の姿が視界から消える。
ズザザザザザ……!!!
斜面をあっという間に渡辺が滑り落ちていく。
そしてそのまま眼下の森に飲み込まてしまった。
🖤しょっぴー!!!
渡辺の落ちた場所は、深い茂みになっていて上からではよく見えない。
その場にいたみんなが最悪の事態を想像した。
良くても大怪我、悪くて…
スタッフたちが騒然とする中、目黒はロープを潜り、誰も止める間もなく、手近な草木を掴んで無理やりに崖を降りていった。
ほとんど落ちて行くような速さで目黒は崖を下る。
その間に草木や岩肌に何度かぶつかり、顔や腕に擦り傷が何箇所もできるが、そんなことに目黒は構っていない。
目黒は夢中で何度も渡辺の名を呼ぶ。
ようやく斜面がなだらかになったところで崖は終わり、目黒はそこからさらに渡辺を必死で探し回った。
神に祈りながら探す目黒の耳に、少し奥、腰の高さほどある茂みからわずかに人の声が届いた。
💙めめ…
🖤しょっぴー!!
草を掻き分け、声のした茂みに迷わず飛び込む。
柔らかい草はちょうどクッションのようになっていて、渡辺を奇跡的に抱き止めていた。
渡辺は痛みに顔をしかめてはいるが、意識ははっきりしているようだ。
見た感じ、目立った外傷はない。
🖤よかった…無事で…
目黒は渡辺を抱き締める。
本当に危ないところだった。
💙めめ、泥だらけ…
🖤うん、でも本当によかった…
💙もしかして、泣いてる?
🖤俺、しょっぴーが死んじゃうかと思った…
💙ばか。お前こそ、まあまあ怪我してるぞ
渡辺は、目黒の頬の擦り傷をそっと触る。
🖤夢中で気づかなかった
💙せっかくのイケメンが台無しだな
渡辺を見つけてほっとしたのか、目黒も顔や腕がぴりぴりするのを感じた。
しかしこんなのは何でもない。
とにかく渡辺が無事でよかったと思う。
🖤立てる?
💙ん。ちょっと肩貸して…
渡辺は足を痛々しく引きずっている。
落ちた時に強く捻ったらしい。
目黒は渡辺を支えて、広いところまで連れてきた。
💙あんな上から落ちたのか…
渡辺は自分が落ちてきた崖を見上げた。
かなりの高さだ。
これで命が無事だったことは本当に幸運だったのだろう。
下から見上げるだけで渡辺は身震いする。
二人は大きな声で何度もスタッフを呼んだ。
しかし、上からの反応が返ってこない。
スタッフたちは目黒も見失ったのだろうか。
🖤…それにしても。困ったね。
💙そうだな。足が痛くてここからじゃとても登れそうにない
日もだいぶ傾いて来ていた。
気温も下がってきている。
このままここに突っ立っているのもよくないと思い、目黒は渡辺を待たせて周囲を散策した。
🖤しょっぴー、向こうに山小屋があった。ひとまずそこへ行こう。
💙わかった
目黒が見つけた山小屋は避難用なのかこじんまりとしていた。
木造で古く、あまり人が来ない様子で内部には埃が積もっている。
💙うわ。大分イヤだけど、外よりはましかな…
渡辺は綺麗好きなのであまり清潔とは言えないその小屋に顔をしかめるが、おずおずと中へ入って行く。
そこへスタッフに電話を掛けていた目黒が戻って来た。
🖤スタッフさんと連絡着いたよ。でも…
💙どうかした?
目黒は言いにくそうに渡辺を見る。
💙なに?
🖤明日の朝まで来られないって
💙は?なんで?
もう日が暮れたし、安全を考えると明日の朝までその山小屋で待機していて欲しいと目黒は言われたらしい。
責任者としてはスタッフたちの安全も確保しなければならない。
今、差し当たって休める場所があるのなら、とりあえず待ってもらって、朝に迎えに行くという現場の判断だった。
💙まじか。ここに一晩いなきゃいけないのか
🖤明日の朝イチで迎えに来てくれるみたいだから
💙しょうがないよな…なんとかピアス、見つかったし
渡辺は右耳に戦利品を付けている。
多少痛い目には遭ったが、見つかって本当によかった。
目黒は薄暗い小屋の中、置いてあったランプに火を点けた。
小屋に電気がないので、この弱々しい蝋燭の光だけが室内の二人を照らしている。
窓の外を見ると、もう辺りは真っ暗になっている。
山の夜はこんなに暗いのかと渡辺は思った。
💙こんな事故があったんじゃニュースにもなるだろうし、この配信もお蔵入りかなあ
渡辺がぽつりと言う。
🖤そうだね。でも、 しょっぴーが生きててよかった。
💙ほんと、マジで死ぬかと思った(笑)
安心感からか、急におかしくなり、二人でゲラゲラ笑う。
崖から滑った時、渡辺は冗談でなく走馬灯を見た。
デビューからの日々やメンバーの顔。
そして最後に見たのは岩本の笑顔。
ああ、もう会えなくなるんだな…と本気で思ったのだ。
会えなくなる前に、もっと頑張ればよかったかな、とも。
💙…なんだか寒くなってきた
渡辺が手をこすり合わせている。
たしかに日没とともにどんどんと気温が下がっているのを感じる。
目黒はランプを手に持って小屋の中を探した。
部屋の片隅に古びた毛布が一枚置いてある。
それを渡辺に渡す。
🖤はい、これ使って
💙お前の分は?
🖤これしかないし、俺なら平気
💙じゃあ、一緒に入ろう
🖤いや、悪いから
💙ほら来い
渡辺は毛布をめくって、目黒が入ってくるのを待っている。
この人はどこまで分かっているのだろう。
もしかして、自分をからかっているのだろうか。
目黒は渡辺のこうした不意の優しさにいつもわずかに期待してしまう。
そしてずっとその期待は裏切られてきた。
岩本のことが好きなくせに。
こんな渡辺のことが嫌いだ。
大好きだけど、嫌いだ。
どうしてこの人は俺のものになってくれないんだろう。
目黒の顔がわずかに歪んだことに渡辺は気づかない。
💙ほら早く。俺だって恥ずかしいんだから
顔を赤くした渡辺は、薄暗い光をその美しい顔に受けて、その自覚もなしに微笑んでいる。
この人を岩本は自由にできるのだ。
目黒の心を嫉妬が支配した。
しかし目黒は渡辺に服従するしかない。
そして想いのすれ違う二人は、一つの毛布に包まり、静かに朝が来るのを待った。
その夜目黒は夢を見た。
渡辺と深く愛し合う夢。
夢の中で渡辺は目黒だけを見ている。
渡辺は自分を蓮と呼んでいる。
目黒も渡辺を翔太と呼んでいる。
二人は、他に誰もいない時に、互いをこうして下の名前で呼び合うのだ。
目黒の愛撫に応えて渡辺の白い肌が赤く上気する。
切ない疼きを感じている渡辺の口から熱い吐息が漏れる。
感じやすい渡辺の身体に、目黒は次々に口付けした。
やがて目黒は渡辺に自らを突き入れた。
そして絶頂に達するかと思った瞬間に目が覚めた。
🖤やば…
目黒は目を覚ますと少しだけ下着を汚してしまったことに気づく。
横で何があったのかを知らない渡辺は、無防備にも目黒に体重を預けて眠っている。
目黒は愛しい渡辺の肩をそっと抱いた。
まだ身体には熱い夢の余韻が残っている。
もうすぐ夜が明けるが、朝が来るまでは渡辺は自分のものだと目黒は思った。