千秋が新たなマンションを急いで探してくれ、瞳子は千秋や亜由美にも手伝ってもらい、無事に引っ越し作業を終えた。
新しい部屋で荷解きをしていると、衣類に混じって友也のタキシードのジャケットがあった。
(そろそろ先輩に返さないとな)
瞳子はTVジャパンの住所を調べ、匿名配送で倉木 友也様宛にジャケットを送ることにした。
何か一筆書き添えようかとも思ったが、せっかく騒動が下火になってきたところに何かあってはいけない。
彼の手に渡る前に誰かが開封する可能性も考えて、何も添えずにただ丁寧にジャケットを包んで箱に入れた。
そしてふと友也の言葉を思い出す。
『もしもう一度どこかで偶然再会出来たら、その時はさっきの返事を聞かせてくれる?』
たとえいつか偶然再会したとしても、自分はやはり断るだろう。
(私は誰ともつき合えない。この先もずっと)
忘れかけていた自分の影の部分を思い出した今、気持ちが揺らぐことはない。
友也とも、他の誰ともつき合うことは出来ない。
(それが相手と私自身を傷つけずに済む唯一の方法なのだから)
瞳子はそう自分に言い聞かせた。
「なんでだよー。なんでダメなんだよー」
「うるさい!何度言ったら分かる。ダメなものはダメだ!」
「ちぇっ、大河のケチ!分からず屋!頑固者の石頭!」
「なにをー?!」
透と大河の不毛なやり取りを、まあまあと吾郎が手で遮った。
「大河。透の駄々コネは放っておくとして、俺と洋平に分かるように説明してくれよ。どうして今度のミュージアムの宣材映像に瞳子ちゃんを起用したらいけないんだ?」
「そうだよ。次回作は瞳子ちゃんもデザインを考えてくれてたし、何より水と海がテーマのミュージアムに瞳子ちゃんの透明感は合ってる。瞳子ちゃん以上のイメージモデルなんていないだろう?」
大河はひたすら自分のデスクで作業をしながら、口だけ開く。
「次作の宣材映像は、以前と同じように人物は入れない。前回はたまたまだ。今後もイメージモデルを起用するつもりはない」
「だから、どうしてだ?理由は?」
「特にない」
はあー?!と、吾郎と洋平は不満気に声を揃える。
「何だよ、それ。透じゃなくても突っ込みたくなる。大河、いったいどうしたっていうんだよ?」
「別に。お前達こそどうしてだ?今まで人物を入れるのは、マイナスイメージにしかならないって言ってたのに」
「いやいや、それを大河が覆したんだろ?マンネリ化はゴメンだって。瞳子ちゃんが入ればパーフェクトパッケージになるって言ったのもお前だぞ?」
「それを更に覆した。それだけだ」
そう言うと立ち上がり、スタスタと隣の部屋へ向かう。
「ちょっと仮眠するわ」
パタンとドアが閉まり、3人は呆気に取られて顔を見合わせた。
気温の高い日が続き、季節は確実に夏へと移り変わっていく。
瞳子は相変わらず、事務所で内勤をする日々を送っていた。
千秋は瞳子の分まで司会の仕事を引き受けて忙しく、事務所は瞳子一人になることも多い。
そしてもうすぐ始まるアートプラネッツの新たな体験型ミュージアムのオープニングイベントも、千秋が司会を頼まれていた。
「あー、いいなー。行きたいなー。楽しそうだなー」
アートプラネッツから送られてきた資料やホームページを見て、瞳子は思わず足をバタバタさせる。
「絶対面白いよね。透さんと洋平さんに見せてもらった制作途中の映像も、すごく素敵だったもん。あー、行きたい!行ってもいいかな?いいよね?」
事務所で一人、ブツブツと自問自答する。
オープニングイベントはマスコミも来るし、前回のこともあって行く訳にはいかない。
だが、平日の空いている閉館間際に、一般客に紛れれば大丈夫だろう。
そこまで考えて、いやダメだと首を振る。
警戒しなければならないのは、マスコミだけではない。
いつぞや、マンションの前で待ち伏せしていた男のように、自分の顔と名前を覚えている人もいるのだ。
そんな人に写真を撮られ、SNSにアップされれば、せっかく鎮火した騒動がまた再燃しかねない。
(どうしよう、何かいい方法は…)
そして瞳子は閃いた。
間宮 瞳子だとはバレずに、堂々とミュージアムを観て回れる方法を。
(これなら大丈夫よね。うふふ、うまく潜入してみせる!)
密かにガッツポーズをして、瞳子は早速計画を練り始めた。
「お疲れ様です!どうでしたか?オープニングイベントは」
いよいよやって来た、アートプラネッツの新作オープニングイベント。
お台場に夏の期間限定で開催される、水と海がテーマの体験型ミュージアムは、満を持してプレオープンの日を迎えた。
前回同様、子ども達を招いて自由に体験してもらい、マスコミに取材してもらう。
夜のレセプションパーティーも、海外からのゲストを招いて華やかに催された。
事務所で留守番していた瞳子は、帰ってきた千秋を笑顔で出迎える。
「ただいまー。今回も大盛況だったわよ。ううん、前回よりも盛り上がってたかな?」
「そうなんですね!良かったです。千秋さんもお疲れ様でした。今、アイスコーヒー淹れますね」
「ありがとう!」
千秋はソファに身体を預けながら、いそいそと冷蔵庫に向かう瞳子の様子をうかがう。
今回のオープニングイベントも、自分が携わりたかったに違いない。
そう思い、千秋は敢えて瞳子にこの話題は振らないようにしていたが、瞳子は何やら楽しそうに話を聞いてくる。
「それで、どうでしたか?今回のミュージアムは。やっぱり素晴らしかったですか?」
「うん、それはもう。子ども達も大喜びだし、マスコミの反応も良かったわよ。デジタル技術も更に進化してて、私も圧倒されちゃった」
「そうなんですねー!」
瞳子は両手を頬に当てて、目を輝かせる。
「私も観るのが楽しみ!あ、えっと、ホームページの紹介映像を観るのが、ですよ?あはは!」
何やら笑ってごまかす瞳子に、千秋は、ん?と首をひねっていた。
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