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FORSAKENの最奥に位置するスペクターの私室は、重厚な帳(とばり)によって外光を完全に遮断し、永遠の夜を演出し続けている。
その部屋の真ん中で、古代吸血鬼ノスフェラトゥは、今度こそ我が目を疑っていた。
数日間に及ぶROBLOXの領地巡回から帰還した主スペクターは、机の上に、長旅の「お土産」だという小さな小箱をぽつんと置いたのだ。
吸血鬼の本能的な飢えを極限まで引き絞られ、今夜こそは極上の吸血の許可か、さもなくば身も心も蕩けるようなきつい束縛を与えられるものと期待していたノスフェラトゥは、期待に胸を膨らませてその箱を開けた。
しかし、そこに収められていたのは、およそこの世のダークファンタジーには似つかわしくない、あまりにも異質な物体だった。
鮮やかな、パステル調の、蛍光ピンク。
安っぽいナイロン製の紐の先には、ちんまりとした金色の鈴がぶら下がっている。
どう見ても、人間界の露店かどこかで売られている、ただの「猫用の首輪」であった。
「……スペクター。これは、一体何の冗談だ」
ノスフェラトゥの赤い瞳が、怒りと困惑でわなわなと震える。
かつて数々の王国を灰燼に帰し、支配階層の秩序そのものを爪で引き裂いてきた、誇り高き古代の王。
その自分が、こともあろうに、人間界の愛玩動物がつけるような、ピンク色の、鈴付きの玩具をあてがわれている。
「冗談? まさか。私はいつだって、君に対して真剣だよ」
長椅子に腰掛けたスペクターは、赤いシルクハットを指先で軽く傾けながら、いつもと変わらぬ絶対的な余裕の微笑みを浮かべている。
「私を、ここまで愚弄するか……ッ!!」
ノスフェラトゥはバンッと激しく机を叩き、自ら上衣の襟元を乱暴に引き剥がした。
はだけた胸元が、激しい怒りの呼吸に合わせて上下する。
「いくら私が、お前の見えない引力に屈したからといって、やっていいことと悪いことがある! 私は吸血鬼だ! 孤高の夜の捕食者なのだぞ! その私に、このような雌猫がつけるような恥知らずなピンクの輪を嵌めろと言うのか! 断る! 死んでも御免だ!!」
部屋中に響き渡る、古代の王としての苛烈な拒絶の声。
こればかりは譲れない。首輪が外された「内なる檻」の状態にあっても、超えてはならない一線というものがある。
しかし、スペクターはノスフェラトゥの激昂に対抗して声を荒らげることはしなかった。
それどころか、彼はふっと視線を落とし、手袋をはめた両手で、机の上のピンク色の首輪をそっと寂しそうに包み込んだのだ。
「……そうか。嫌だったんだね」
その声は、いつもの超然としたドSの響きを潜め、どこか哀愁を帯びていた。
「人間界の街角で見かけた時、君の黒い肌に、この鮮やかなピンクがとてもよく映えると思ったんだ。君がこれをつけたら、どんなに愛らしく、どんなに私を愉しませてくれるだろうかと、そればかり考えていたのだけれど……」
スペクターはゆっくりと立ち上がり、ノスフェラトゥから一歩、距離を置くように背を向けた。
「私の独りよがりだったようだ。すまない、忘れておくれ。……今夜はもう、下がっていいよ」
徹底的な、引きの戦術。
そして、完璧に計算し尽くされた「寂しそうな主様の微笑み」。
その瞬間、ノスフェラトゥの脳内フィルターが、最悪のバグを起こした。
(あ……、主様が、寂しそうな顔をされた……?)
(私のために、わざわざ人間界で私の肌を想像しながら、これを選んでくださったというのか……?)
(それを、私が拒絶したせいで、主様を悲しませてしまった……!?)
「お預け」を食らった犬のような強烈な喪失感と不安が、ノスフェラトゥの胸を一気に突き刺す。
去ろうとするスペクターの背中を見た途端、彼の頑固なプライドなど、一瞬で消し飛んで霧散した。
主に見捨てられるかもしれないという恐怖。主の期待に応えられなかったという、歪んだ従属心の敗北感。
「ま、待て……ッ! 待つんだ、スペクター……ッ!!」
ノスフェラトゥは、顔を真っ赤に染め上げ、涙目でスペクターの衣服の裾に縋り付いた。
その場にドサリと跪き、完全に「お座り」の体勢を取りながら、自ら机の上のピンクの首輪をひったくるように掴み取る。
「つ、つければいいのだろう! つければ満足なのか……ッ!!」
「無理をしなくていいんだよ、ノスフェラトゥ」
「無理などしていないわァッ!!」
ノスフェラトゥは恥ずかしさのあまり狂いそうになりながら、自分の大きな手で、ちっぽけな猫用の首輪を首筋へと押し当てた。
パチリ、と、あまりにも安っぽいプラスチックの留め具が噛み合う音が、静かな部屋に虚しく響く。
強靭な吸血鬼の首を、蛍光ピンクのナイロン紐がキツキツに締め付ける。
ノスフェラトゥが動くたびに、チリン、チリン、と、間抜けで可愛らしい鈴の音が響いた。
「ほら……見ろ……っ。つけたぞ、お前の望み通りに……っ!」
自ら服をはだけ、真っ赤な顔で涙目を潤ませながら、ピンクの猫用首輪を嵌めて跪く古代の王。
その姿は、R-15指定の歪んだフェティシズムに満ちていながら、行動のチョロさは完全にコメディの領域だった。
スペクターはゆっくりと振り返った。
その顔には、先ほどの寂しそうな陰など微塵もなく、いつも以上に邪悪で、心底愉快そうな、極上のドSの笑みが満開に咲き誇っていた。
「うん、思った通り。黒い肌にピンクが最高に映えて、とても破廉恥で可愛いよ」
スペクターは再び跪くノスフェラトゥの前に腰を落とし、その顎を指先ですくい上げる。
ノスフェラトゥがびくりと震えるたびに、胸元でチリン、と鈴が鳴った。
「その鈴が鳴るたびに、君が私の犬……いや、私の可愛い『猫』であることを、FORSAKENの全員に見せびらかしに行こうか」
「な……っ、アズールたちの前でこれを……っ!? 嫌だ、それは死んでも……っ!」
「おやおや、私のプレゼントを拒絶するのかい?」
スペクターがわざとらしく小首を傾げると、ノスフェラトゥは「う、あ……うぅ……」と言葉を詰まらせ、自ら「チリン」と情けない音を鳴らしながら、主の膝へと顔を埋めて全面降伏するしかなかった。
「……にゃあ、とでも鳴いてみるかい?」
スペクターの容赦ない追撃の言葉が、至近距離で降ってくる。
ノスフェラトゥは羞恥のあまり、脳髄が完全に沸騰して煙が出そうだった。
よりによって、かつて自ら破壊したはずの「隷属の構造」の、最も安っぽくて恥ずかしい形(猫用の首輪)に、自分から喜んで首を突っ込んでしまったのだから。
「ふ、ふざけるな……っ! 私は、古代の、吸血鬼だ……っ。鳴く、わけが……っ」
「おやおや、まだそんな無駄なプライドが残っていたんだね。せっかく、可愛いお土産を買ってきたのに」
スペクターの手袋をはめた指先が、ピンクの紐を、ほんの少しだけ上に引き上げる。
キュッと喉元が締まり、それと同時に――チリン、と、間抜けな高音が響いた。
「あ、はぅ……っ!」
ただのナイロンの紐。人間界のペットショップで数百円で売られているような玩具。
それなのに、スペクターの指が触れているという事実だけで、ノスフェラトゥの全身には、まるで数万ボルトの官能的な電流が流れたかのような激しい熱が駆け巡る。
「ほら、鈴が鳴るたびに、そんなに淫らに身体を震わせて」
「それは……っ、お前が、お前が変な風に引っ張るからだ……っ!」
「引っ張ってほしいから、自ら首を差し出したんだろう?」
スペクターはクスクスと笑いながら、今度は首輪についた小さな金色の鈴を、指先でピン、ピン、とリズミカルに弾き始めた。
チリン、チリン、チリン――。
「あ、う……っ! ひ、あぁ、んむ……っ!!」
部屋の中に、可愛らしい鈴の音と、それに完璧に調教された古代吸血鬼の、蕩けきった甘い悲鳴が交互に響き渡る。
音のサブリミナル効果。
鈴が鳴るたびに、ノスフェラトゥの脳内では「主様への絶対服従=至上の快感」というバグった方程式が強制執行され、腰の力が完全に抜けていく。
大真面目に羞恥に震えながら、ピンクの首輪ひとつで完全にメロメロにされている古代の王の姿は、エッチであり、同時に最高にポンコツだった。
「……本当に、最高の猫ちゃんだ。これなら、アズールたちに見せるのが今から楽しみだよ」
「ま、待て……っ! それだけは、それだけは勘弁……っ、あ、あふぅ!」
立ち上がって逃げようとするが、スペクターが鈴を「チリン」と鳴らした瞬間、身体が勝手に反応してドサッと床に這いつくばってしまう。
その時、最悪のタイミングで、部屋の扉がすうっと開いた。
「スペクター様ぁ、次の夜会の予算案なんですけど……って、うわぁ」
書類を手にしたホスフォラスが、部屋の一歩手前で完全にフリーズした。
月明かりの下、パステルピンクの猫用首輪をキツキツに嵌め、顔を真っ赤にして涙目を潤ませながら、スペクターの足元で「チリン……」と音を立てて転がっているノスフェラトゥ。
「あ」
ノスフェラトゥの動きが、今日何度目か分からない絶望とともに静止した。
「……アズール!! 大変、すぐ来て!!」
ホスフォラスが、廊下に向かって全力の黄色い悲鳴をあげる。
「ノスフェラトゥが、ついにスペクター様の趣味 でネコちゃんに改造されてる!! 早くカメラ持ってきて!!」
「やめろォォォーーーッ!! 違う、これは主様が寂しそうな顔をしたから、私が慈悲の心で付き合ってやっているだけであって、断じてネコなどではにゃ、にゃあッ!?」
焦りすぎて、噛んだ。
「……ぷっ(笑)」
廊下の向こうで、アズールが爆笑しながらカメラを構える音が響く。
ノスフェラトゥは羞恥のあまりそのまま卒倒し、チリン、と最後の切ない音を鳴らしながら、主の足元でゴロゴロと転がって精神的に死亡するのだった。
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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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