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ようやく小松警察署の警察官たちが”小松大橋”の河川水位カメラ、近辺のパチンコ店の防犯カメラを洗いざらいし、解析を終えた。あの暴風雨が落ち着き始めた明け方の河川敷を上流の”川北大橋”方面から歩いて来る赤い服を着た女性の姿を確認。
女性は国道8号線を往来する長距離トラックの隙間を横断し、金沢市方面に向う商用車と思しきシルバーのバンに手を挙げるとその車に乗り込みその後消息を絶っていた。
「令状もあるから入れるんだけどな」
「山下さん、山下さん!」
「お嬢さんの事でお聞きしたい事があります!山下さんいらっしゃいますか!?」
一戸建て、赤茶の瓦屋根、至る所にひび割れした黄土色の壁。
2階に立てられたアンテナは真ん中でポッキリと折れ、前庭には枯れた雑草が伸び放題の園芸用のプランターが幾つも放置されている。土で汚れて赤錆だらけのホイールを履いたタイヤが4本。
玄関先の物干し竿は錆び付き何年も使われていない様子で、プラスチックの郵便受けにはマジックペンで殴り書きした《《山下》》の二文字が滲んでいた。
青い簾がだらしなく傾いて垂れ下がる台所のすりガラス越しには黄色い台所用洗剤と銀色のクレンザー容器が見て取れる。
住宅の隣には車検切れのメタリックグレー色のハイエースが放置されていた。ハイエースの窓には内側からベージュの布ガムテープを使い薄汚れたグレーのカーテンが張り巡らされている。スライドドアを開けると花柄の毛布の上に空のカップラーメンや菓子パンのビニール袋が散乱し、その傍にはナイフの様な物で切り刻んだと思われるグレー色のメンズ物Mサイズ、スヌーピーの刺繍が入ったトレーナーとスウェットパンツが放置されて居た。
「何だこりゃ」
「誰か住んでいたのか?」
菊野恵子から入手した《《履歴書》》にあった金沢市米泉3丁目の山下朱音宅を訪れた伏見川交番の巡査部長と巡査が放置されたハイエースの車内を確認していると異様な臭いが漂って来た。
裏の庭先に廻ると縁側の引き戸の隙間から蠅や|蛆《うじ》が湧いている事を確認。
金沢中警察署に緊急無線を入れた。
ドン・キホーテが入る3階建ての商業施設。其れ等の裏手には低所得者が住む公営団地や2階建、平屋建の細々とした住宅がひしめく。
その一角、車一台が通れる程の細い路地に立ち入り禁止の黄色いテープが張られ規制線に2人の巡査がその場に立った。次いで赤色灯が回るパトカーやシルバーグレーの捜査車両が表通りに並ぶ。
事件の匂いを嗅ぎつけた地元放送局のレポーターがマイクを周辺の住人に向けて山下家の日常を根掘り葉掘り聞いて回り、その様子を近所の私立高校に通う生徒たちが携帯電話で動画撮影している。
普段閑静な住宅街が一転した。
「これが山下朱音の父親か」
「その様ですね」
「顔は分からんがな」
「はい」
住居1階の茶の間には多数の一升瓶やビールの空き缶が散乱し、小蝿が集っていた。更にその奥の和室では敷きっぱなしの布団の上に頭部と陰部が滅多刺しの男性らしき遺体が転がり、蛆がわき蝿が飛び回っている。
掛け布団はドス黒い血に染まり、刃物を何度も振り下ろしたであろう血痕が襖や壁に飛び散り凄惨を極めた。
そして犯行現場から風呂場に向かう廊下には、23・0から23・5㎝の小さな血の足跡、シャワーを使用した形跡と生乾きのバスタオルが洗濯カゴに放り込まれていた。
また、凶器と思しき出刃包丁には指紋や血痕がこびり付き、それらを拭い取る事もなく廊下に放置されていた。
青い帽子に青い服、マスクで顔を隠し白い足カバーを履いた鑑識官が飛び散った血痕、血塗れの足跡痕、投げ捨てられた出刃包丁をカメラに収め、風呂場のドアノブ等の指紋採取を黙々と行っている。
その作業を見下ろした久我と竹村は被害者に手を合わせた。
久我はその2階へと続く埃まみれの階段を仰ぎ見、竹村はキッチンのシンクに山積みになったコンビニエンスストアの空の弁当箱の残骸に目を遣った。そして2人は大きなため息を一つ吐き、ヘアキャップと足カバーを脱ぐと陽の傾きかけた空を見上げた。
「山下朱音は西村の自宅を知っていると思うか」
「不倫相手には教えないと思います」
「やはりそう思うか?」
「はい」
「西村の勤務先から後をつける可能性は」
「無いとは言い切れません」
「そうだな」
目線の先にはドン・キホーテ、北陸交通の看板、西村が住むダイアパレス金沢。黒いカラスが群れを成して金沢城の巣へと帰って行く。
「西村は山下朱音を庇ったんでしょうか?」
「何の為に」
「恋情、愛情、とか」
「そんな夢みたいなもんじゃないだろう、勝手な男の保身だよ」
「そうですか」
「そんなもんだ、久我は甘いな」
この殺人事件に関しては山下朱音を重要参考人として緊急配備が発令され、”川北大橋タクシー強盗殺人事件”発生の際に採取された指紋、足跡痕との関連性が無いか至急鑑定へと回される事となった。
それとほぼ同時刻、西村はその日最後の営業を終え北陸交通本社へとタクシーを走らせていた。