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シシルとの生活は思ったよりも快適なものだった。
朝に弱い俺は毎朝毎朝目覚まし時計とスマホのタイマーを鳴らし続けてないと、ベッドから起き上がるという一見簡単な行為も中々行動に移せない。
それが今では毎朝、シシルが起き上がった時に頭をぶつける衝撃でこちらも目がぱっちりだ。
俺はそれで割と助かってしまっているが、こいつはなぜこんなにも学ばないのだろう。
今日も朝から元気な呻き声と共に制服に着替えて、一足先にリビングにて朝食を食べる。
シシルがようやくリビングに来た時には俺はもう出ているので、一緒の登校を同級生に見られるんじゃないかという心配も杞憂に終わっている。
前の家とは違い、高校前の停留所に停まるバスがあるので通学はかなり楽になった。正直電車よりも道路の交通状況に左右されるバスはあまり通学時間が短いとは言えないが、乗り換えが一切無いというのはかなり良い。
ずっと本棚に積んであった本もこの時間に読み進められるし、なんだかほんの少し頭が良くなった気がしていい気分だ。
シシルは毎回この二本ほど後のバスに乗るらしく、俺が学校に着いて数十分経ってから、ギリギリでクラスに入ってくる。
その時そちらに目を向けると、よく目が合うので絶対に顔は上げてはいけない。
なんとなくこちらの気持ちを察しているのか、学校内で話しかけてくることはないが、チラチラと感じる視線は鬱陶しくてしょうがない。
教室の後方窓際にある俺の席を見るためには、前方廊下側の席に座るあいつは振り向かなければならない。
ただでさえ変人として嫌な注目を集めるあいつだ、 視線の先にいるの俺だといつか気付かれるのではないかと、正直気が気でない。
「俺は今、非常に緊迫した状況に置かれている。」
「今日も一日乙っしたー。」
厳しい先輩が彼女に振られてピリピリしてるとかで部活に行くのを渋っている、やけに芝居がかった口調の友人は実に可哀想だと思うが、俺にはどうすることもできない。グッドラック。
「おい待てよ美鶴よ、オマエ、オマエさ、置いていくのか俺を。こんなにも憔悴しきって絶望している俺を。」
「うるせえな俺には使命があるんだよ」
よく噛まないなと感心するくらい早口になった友人は……せっかくだし名前を紹介するとこいつは佐藤だ。
まあその佐藤は確かにひどく怯えている。それこそ演技レベルに。何あらブルブルという効果音も自分で言っている。
帰ろう、使命(昼寝)が俺を待っている。
「頼むよ〜理由もなく部活を休むなんて先輩に知られたら俺やばいんだって!」
「そんなら予定でもなんでも捏造すればいいだろ。」
「いや、そんな姑息な真似は出来ない。ちょっと友人に勉強教えてたとかさ、そういうアリバイ作りたいんだよ。」
どんなところで真面目になっているのか。こいつはもしかして絶望的なバカなんじゃ無いだろうか。
「あっねえ行野もさ、どうよ。」
酒場で一杯とでもいうように、コップを傾ける仕草をした佐藤の前には、いつの間にかシシルがいた。
「い、いや、どうだろうね、それはどうだろう。」
その動揺具合に、コイツもうどこかで一杯飲んできたのか、とも思ってしまう。
「なによ行野、キョドりすぎ。ちょっくらどっかいかね?」
佐藤、オマエはなんてコミュ力の持ち主なんだ。
いっそ尊敬するレベルだ。少なくとも俺は話したこともない、近くを通っただけのクラスメイトを遊びに誘えない。
しかしこのまま三人でどこかいくことになったら困る。絶対にボロが出てしまう。
どもるシシルに「あっちいけ」というジェスチャーをして必死に接触を避けようとするも虚しく、佐藤はシシルの肩をむんずと掴み、俺のスマホをひったくり教室から走り去った。
あいつ50M走何秒だっけ。はっや。
下駄箱でシシルを急かしているであろう佐藤の背中を考えながら、50M走9秒台の俺は走り出した。