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ふんわりしろもち
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むい #推し様大好こ星人
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第1話 忘れ物を預かる店
その町には、少し変わった店があった。
駅から海へ向かう、細くて長い坂道の途中。
両側に古い民家が並び、潮風にさらされた看板が軒先でかすかに揺れるその通りに、一軒だけ、ずいぶんと年季の入った木造の建物が建っている。
入口の横には小さな郵便受けがあり、その上には手書きの文字で、〈忘れもの郵便局〉と書かれた看板が掲げられていた。
郵便局といっても、手紙を配達するわけではない。
そこにあるのは、持ち主のわからなくなった品物や、誰かが置いていったまま取りに戻らなかったものを預かり、できる限り元の持ち主へ返す、小さな忘れもの預かり所だった。
片方だけになった手袋。
名前の消えかけた学生証。
古い写真。
宛名の書かれていない手紙。
もう動かなくなった腕時計。
持ち主が見つからなければ、いつまでも棚の中で待たせておく。
それが、この店の決まりだった。
「……ぷーのすけ、これ絶対おかしいって」
十月の終わり、まだ昼間の陽射しに夏の名残があった頃のこと。
店の奥から聞こえてきた声に、帳簿をつけていたぷりっつは、顔を上げるより先に小さく息を吐いた。
「何がやねん。またなんか壊したん?」
「壊してない! 今回は本当に壊してないから!」
「今回は、て。普段は壊しとるみたいな言い方すなや」
「そういう意味じゃないってば!」
店の奥では、あっきぃが両手いっぱいに古い紙箱を抱えていた。
箱の中身は、昨日、町の外れに住む老人が持ち込んだものだった。
何十年も使っていない物置を片づけていたところ、古い手紙や写真と一緒に見つかったらしい。捨てるには忍びないけれど、誰のものなのかも、なぜそこにあったのかもわからない。
そういう品物を引き取るのも、この店の仕事のひとつだった。
あっきぃは、その箱を抱えたまま、困り果てた顔でぷりっつを見ている。
「この写真、見てよ」
「写真?」
「うん。さっき仕分けしてたら出てきたんだけどさ」
差し出された一枚を受け取ると、ぷりっつは窓際の光に透かすようにして眺めた。
海辺の写真だった。
古い防波堤に、子どもが二人、並んで座っている。逆光のせいで顔ははっきり見えない。
片方の子どもは膝を抱えて海を眺め、もう片方は隣の子どもの肩に頭を預けている。
何の変哲もない、ありふれた写真。
けれど、裏返したぷりっつは、そこに書かれた文字を見て眉を寄せた。
『七年後の十月三十一日。ここで、もう一度。』
「……なんやこれ」
「でしょ? 変じゃない?」
あっきぃが身を乗り出した。
「7年後って何? 誰と誰が、何をもう一度するの? しかも、写真の日付がないんだよ。古い写真なのは間違いないのに」
「知らんがな。昔の誰かの約束やろ」
「それはそうなんだけどさぁ……」
あっきぃは納得のいかない顔で、写真の中の二人を覗き込んだ。
「なんか、気にならない?」
「別に」
「えー、絶対うそ。ぷーのすけ、こういうの好きじゃん。謎解きとか、古いものの由来を調べるのとか」
「好きなんと、仕事にせなあかんのは別や」
「でもさ、この二人、すごく仲よさそうじゃない?」
そう言われて、ぷりっつはもう一度写真を見た。
たしかに、そうだった。
顔も名前もわからない二人なのに、肩と肩の距離が妙に近い。寄りかかられているほうは、少しも嫌そうではなかった。
それどころか、写真の端に写った手は、隣の子どもの袖をつまんでいるようにも見える。
どちらかが立ち上がれば、すぐに離れてしまうような距離。
それでも、どちらも動こうとはしていない。
「……仲ええんやろな」
ぷりっつがそう答えると、あっきぃはなぜか、ひどく嬉しそうに笑った。
「ね!」
「なんでお前が嬉しそうやねん」
「なんかいいじゃん。こういうの。七年後も一緒にいようね、って約束したのかな」
「お前、想像力豊かすぎやろ」
「いいじゃん、別に。そうだったら素敵だなって思っただけだよ」
あっきぃは写真を両手で受け取ると、しばらく黙って眺めていた。
それから、何かを思いついたように顔を上げる。
「ねえ、ぷーのすけ」
「ん?」
「俺たちも、こういう約束しない?」
あまりにも自然な声だった。
だから、ぷりっつは最初、その言葉の意味を深く考えなかった。
「は?」
「7年後も、ここにいようねって」
「なんでやねん。明日もここで働いとるわ」
「そういうことじゃなくて!」
あっきぃは笑いながら、写真をぷりっつの目の前でひらひらと揺らした。
「7年後も、10年後も、俺たちがこの店を続けていられたらいいなってこと。そしたらさ、今みたいにくだらない話をして、古いものを見つけて、誰かの忘れものを返して。そういうの、ずっと続けられたらいいなって」
ぷりっつは、返事をしなかった。
あっきぃがときどき、こういうことを言うのを知っていたからだ。
今日の夕飯は何がいいとか、来月はどこへ遊びに行こうとか、来年も同じ場所で花見をしようとか。
あっきぃは、当たり前のように未来の話をする。
その未来の中に自分がいることを、少しも疑っていない顔で。
ぷりっつは、そういうあっきぃを見るたびに、胸の奥が不思議な具合に落ち着かなくなるのだった。
嬉しいのかもしれない。
怖いのかもしれない。
自分でも、うまく区別がつかなかった。
「……7年後なぁ」
「うん。7年後」
「お前、そんとき何歳やと思っとんねん」
「えーっと……今より7歳上?」
「当たり前やろ」
「じゃあ、ぷーのすけも7歳上だね」
「そらそうや」
「うわ、ぷーのすけ、もっとおじさんになってるじゃん」
「お前なぁ」
ぷりっつが手にしていた帳簿を丸めて軽く振り上げると、あっきぃは楽しそうに笑いながら逃げた。
狭い店の中を一周し、棚の角を曲がり、入口のところで振り返って、まだ笑っている。
その笑顔を見ながら、ぷりっつは思った。
7年後も、こんなふうに笑っているのだろうか。
自分たちは。
ここで。
隣に、あっきぃがいて。
「……まあ、ええんちゃう」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
あっきぃの笑い声が止まる。
「え?」
「7年後もここにおったら、そんときまた考えたらええやろ」
「……ほんと?」
「何がやねん」
「約束、してくれるの?」
いつになく真剣な顔だった。
ぷりっつは、少しだけ困った。
こういうときのあっきぃは、冗談のような口調で話しながら、返事だけは真剣に待っている。
適当に流せば笑ってくれるくせに、ちゃんと答えれば、今度は照れたように目を細めるのだ。
その顔が見たいと思ってしまう自分がいる。
「……約束や」
ぷりっつがそう言うと、あっきぃは、ぱっと顔を輝かせた。
「やった!」
「ただし、条件がある」
「えっ、何?」
「お前がこの店で物壊さんこと」
「ちょっと! 俺、そんなに壊してないよ!」
「先週、振り子時計」
「あれは、ほこりを取ろうと思って……!」
「一昨日、湯飲み」
「あれは机の端に置いた人が悪い!」
「昨日、俺のペン」
「それは……ごめんなさい!」
「ほら見ろ」
二人で笑った。
窓の外では、海から吹いてきた風が、軒先の看板をかたんと鳴らしていた。
その音を聞きながら、あっきぃは写真をそっと箱に戻した。
7年後に約束をした二人の写真を、捨てることも、ほかの品物と一緒くたにすることもできなくて、彼は店の奥の、いちばん大切なものを置く棚にそれをしまった。
そして、棚の前で一度だけ振り返った。
「ぷーのすけ」
「ん?」
「7年後も、俺の隣にいてね」
ぷりっつは、今度こそ何も言えなかった。
冗談めかした声だったのに、最後の一言だけは、なぜか胸の奥にまっすぐ届いたからだ。
あっきぃは返事を待たず、いつもの調子で仕事に戻っていった。
ぷりっつはしばらく、その後ろ姿を眺めていた。
7年後。
そんなに先のことなど、考えたこともなかった。
けれど、あっきぃが当たり前のようにその未来を口にするから、自分もそこにいていいのだと思えてしまった。
明日も、明後日も。
来年も、その先も。
隣にいることを、約束してもいいのだと思えた。
その日の夕方、店を閉める頃には、写真のことなどすっかり忘れていた。
あっきぃが夕飯の買い出しに行き、ぷりっつが帳簿を片づけ、二人で近所の食堂へ向かった。
いつもの席に座り、いつものようにくだらない話をして、帰り道ではどちらが先に坂を上りきれるかという、いい大人がするにはあまりにも幼稚な競争までした。
何も変わらない一日だった。
明日もきっと、同じ一日が来る。
ぷりっつは、そう信じていた。
この町に、忘れものを返せなくなる日が来るなんて。
隣にいる人を、探さなければならなくなる日が来るなんて。
ましてや、何年もかけて探し続けたその人が、見つかったときには、自分のことを覚えていないかもしれないなんて。
そのときのぷりっつには、想像することさえできなかった。
ただひとつだけ、覚えておいてほしい。
あの写真の裏に書かれていた約束は、7年後の十月三十一日だった。
そして、あっきぃがいなくなったのも、同じ日だった。
コメント
1件
この「忘れもの郵便局」の雰囲気、すごく好きです。潮風の匂いがするような街並み描写と、ぷりっつとあっきぃの関西弁の掛け合いが絶妙で、もう少しで笑いそうになりました。あっきぃが「七年後もここにいよう」って未来を疑わずに言うところ、その純粋さに胸がぎゅっとなりましたね。それに対してぷりっつが感じる「落ち着かない」気持ち——それが何か、この先で明かされるのかな。そしてラストの「あっきぃがいなくなったのも、同じ日だった」の一文。一気に世界の色が変わった気がしました。続きが気になります。