テラーノベル
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満開だった桜の季節が過ぎ、街角の樹々の緑も鮮やかな季節に差し掛かった頃、鈴香の勤める製薬会社の営業部は浮き足立っていた。
「ねぇねぇ。今年の新人さんどんな子が入るのかなぁ?」
隣の席に座る同僚の明日香がご機嫌な様子で話しかけてくる。
「あら? 明日香は二次元の男にしか興味がなかったんじゃないの?」
「もう! 意地悪言わないの。だって、噂されているじゃない。今年の新人の中に拝みたくなる国宝級イケメンがいるって。しかも、配属は営業部。確かに二次元にしか興味は無いけど、そんなイケメンだったら見てみたいと思うのが人の性よ。鈴香だって気になるでしょ?」
「あまり……、確かに鑑賞用には良いかもね。本当に国宝級イケメンだったらの話だけど。期待し過ぎて大したことなかったら、逆に新人君に悪いわよ。意外と落胆している様子って相手に伝わるものよ」
「冷めてるんだから。最近、男自体に興味無さそうだもんね。鈴香は彼氏つくる気ないの? まだ、元彼のこと忘れられない?」
「元彼? あぁ~過去よ! 過去。今は一人が楽なだけ」
恋愛はこりごりとため息を吐き出した時、フロア内がザワつき出した。どうやら例の新人君が現れたようだ。入社後、一ヶ月の研修を経て担当部署に配置されるのだが、フロア全体がザワつく程の注目を集める新人なんて滅多にいない。
課長が新人数名を連れてこちらへと歩いて来る。所属するチームが課長補佐をしているからか、真っ先に案内されるようだ。
ブースに近づいて来る一団の中、頭ひとつ分飛び抜けて高身長の男が見えた。細身のスーツに身を包んだ身体は適度に筋肉がつき引き締まった印象を受ける。高身長の男性にありがちなヒョロっとした体型ではない。しかし、一番目を惹くのは端正な顔立ちだろうか。真っ黒な黒髪を無造作に流しているだけなのに、様になっている。それは、切長の目元とスッと通った鼻筋、薄い唇が絶妙なバランスで配置されているからだろう。醸し出される清潔感と相反する色気。そのアンバランスさが、女性を虜にしてしまうのかもしれない。
確かにイケメンね。
『イケメン』と言う言葉で片付けるには申し訳ない存在感を放ち、目の前に立つ新人を見つめ思う。
なんだこの既視感?
こんな国宝級イケメンに出会っていたら忘れそうにないのに、記憶を辿っても見かけた記憶すらない。それなのに、なぜか胸がゾワゾワする。
記憶を探り、ジッとイケメン新人を見つめていると不意に彼と目が合った。
「………っ⁉︎」
なんで……
強い視線が突き刺さる。突如思い出した既視感の正体。肉食獣が獲物をロックオンした時のような残忍な光が瞳に宿る。
まさか、まさかね……
フラッシュバックした記憶に嫌な汗が背中を伝い、慌てて視線を外し俯いた私の頭上から課長の声がした。
「冬野さん。橘君が仕事に慣れるまで面倒を見てやってくれ」
課長の言葉に慌てて目線を上げると、例のイケメン新人が目の前に立ち、手を差し出している。
「橘真紘って言います。よろしくお願いします、冬野鈴香さん」
「あっ、よろしくお願いします」
ぎこちなく重ねた手をキュッと握られる。
爽やかな笑顔を振りまく彼からは、切り裂くような強い視線はもう感じられなかった。
気のせいか。
あの名前も知らない彼と爽やかな笑顔を振りまく目の前の男が同一人物であるはずがない。
そんな偶然の出会いなんて……
握っていた手をパッと離され、イケメン新人が去って行く。
「どうして私の名前、知っていたのかしら?」
名乗っていなかった事実を思い出し、嫌なモヤモヤが胸に去来し落ち着かない。
面倒事に巻き込まれそうな予感に深いため息を吐き出した。
♢
課長の乾杯の声と共に始まった新人歓迎会は盛り上がりを見せていた。まぁ、新人歓迎会という名の合コンの様相を呈するのは毎度の事だが、今年は気合いの入れ方が違う。何しろ、国宝級イケメンと名高い新人『橘真紘』が参加する飲み会だからだ。
小洒落たレストランを丸々一軒貸し切って行われる異例の新人歓迎会には、他部署合わせても相当数の参加者が集まっていた。
はっきり言って本日の主役は間違いなく『橘真紘』だろう。
国宝級イケメンを狙って集まった多種多様な美女と、おこぼれをもらうため集まったハイエナの如き男達の熱い戦いを横目に鈴香は、腐れ縁の同期である明日香と二人、壁の花となりお酒を楽しんでいた。
「今年の新人歓迎会は異例尽くめよね。レストラン貸し切ってもお釣りが出ちゃうくらい人が集まるなんてね。おかげで、チンケな大衆居酒屋じゃなくて、小洒落たレストランで美味しいお酒とつまみにありつけた。神様、仏様、橘様。美味しいお酒と料理をありがとうって感じよね」
「はぁぁ、明日香は気楽で良いわね。何が橘に感謝をよ! 奴の教育係に任命されてからの嫉妬に狂った女達の嫌がらせの数々。撃退にどれだけ苦労したか。それも今日で終わる。じゃなきゃ、今すぐ奴を絞め殺して逃げてやりたいわ」
「あぁぁ、失言でした。まぁ、あれくらいの嫌がらせ簡単に対処出来ると思ったから課長も橘君の教育係を鈴香にしたんだろうけど」
奴の教育係となり一ヶ月。数々の嫌がらせを受けたのは言うまでもない。
すれ違いざまに言われる悪口は日常茶飯事、物を隠されたり捨てられるのは数え切れないほど。流石に、緊急案件資料を隠された時は、ブチ切れて犯人を突き止め、徹底的に追い詰めてやったわけだが。あまりに苛烈な追い詰め方に、その後嫌がらせが減ったあの事件は、もはや武勇伝に名を連ねる黒歴史だ。
「あの事件があってから誰も鈴香に嫌がらせしなくなったよね。あの追い詰め方はエグかった。最後、大勢の前で犯人の女に土下座させてたもんね。あれは私でもちょっと引いたもの」
「超えちゃいけない一線を越えたのはあちら様よ。別に嫌がらせをしたって構わない。ただ、あれは会社に大きな損害を与える可能性があった。そんな事もわからない奴は、会社にとっても害になるだけよ。早々に排除した方が健全でしょ。ほらっ! 円満退社したらしいし」
「昔から仕事に対しては容赦なかったけど、最近特に加速している気がする。前はもう少し柔らかかったと思ったのに。このままじゃ、いつまで経っても彼氏出来ないわよ」
「明日香に言われたくないわよ! 私は仕事に生きるからいいの」
「左様ですか……。まぁ、あの事件以降コアなファンがいるのも事実だけどねぇ。知ってる? 一部の男共から何て言われているか。『鉄壁の女王様』あのお身脚で踏まれてみたいんですって」
「――はぁ!? 何それ?? 一部の女から『女を捨てた仕事人間』って言われているのは知っているけど、女王様って何よ!」
「あぁ、そんなあだ名もあったわね。何の魅力もない仕事人間に橘君が興味を持つはずないから、放置していても大丈夫ってやつでしょ。負け犬の遠吠えにしか聞こえないけどねぇ。私的には女王様の方がしっくり来るなぁ。あの時の鈴香、引くほどカッコ良かったもん。二次元にしか興味がない私が惚れそうになったくらいよ。下僕になりたい奴らがわんさか出て来てもおかしくない。男女問わずね」
「マジですか……」
明日香の話に鳥肌が立つ。流石に下僕を飼う趣味はない。
「ごめん。ちょっと外の空気吸ってくる」
明日香の話に周りの視線が気になり出した私は席を立つ。エレベーターに乗り一階に降りると、路地裏の自販機へと向かった。
「冬野先輩。こんな所に一人は危ないですよ」
背後から突然かけられた声にビクッと肩が震えた。
コメント
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第8話、読み終えました! まず「既視感」というタイトルが冒頭から効いていて、鈴香が橘と初対面なのに感じるゾワゾワした違和感、すごく引き込まれました。それに「なんで私の名前を知ってるの?」という最後の問いでぐっと物語の謎が深まって、思わず「次!」ってなりますね(笑)。教育係になったことで起こる嫌がらせを鮮やかに返す鈴香の“鉄壁の女王様”っぷりもカッコよくて、むしろ橘に興味を持たれる理由がわかる気がします。続きがすごく気になる終わり方でした!
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瑠璃マリコ
62,276
苡 咒 。
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