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「オレリアの従者は大変? さっきみたいに……打たれたりするの?」
あの時のオレリアに躊躇いはなかった。その自然な流れもそうだったけど、リュカも驚く素振りもなく、逆に普通だったのが気になった。
もしこの光景が日常的なのだとしたら。そう思うだけでゾッとした。
「まさか、そのようなことはありません」
「本当に?」
「僕がオレリア様を庇ってどうするんですか。旦那様からは、何かあったら報告するように言われていますので、大丈夫ですよ」
「え? そうなの?」
お父様、とことんオレリアとユーグにいてほしくないみたいね。もしくは、叔父様に言及できるネタがほしいのか。そのどっちか、かな。
「はい。でも、嬉しいです。心配していただけて。ずっと手紙ばかりだったので、こうしてお会いできたのも」
「さっきのオレリアの態度を見ていたら、心配するのは当たり前よ」
「でも、そのせいで怪我しそうだったじゃありませんか。あのようなことは、控えてもらえますか? 一応、僕も男なので、平手打ちくらい、なんてこともありません」
「……ごめんなさい」
いくら主人のような立場でも、女の子に、しかも好きな女の子に庇われるのは、嫌だよね。
「あと、使用人に謝るのも控えた方がいいですよ。他所でやると、軽く見られる可能性がありますから」
「ウチの者たちはしないよ」
やっぱりオレリアみたいなのが普通なのかな、貴族令嬢としては。でも、マリアンヌの記憶でも、彼女は使用人に対しても謝っていた。転生前の私は、また然り。
「皆、分かっていますから。それでも少しずつ変えていった方がいいです。僕はその、お嬢様の貴族らしくない振る舞いは好きですが、“やっぱり”って仰る方がいらっしゃいますから」
「“やっぱり”って、どういうこと?」
それとさっきリュカが呟いたことが、脳裏に浮かんだ。
私が本物のマリアンヌじゃないって疑われているの? いやいや、何を根拠に。だとすると、何が“やっぱり”なんだろう。
「大丈夫ですよ、僕がいますから。こういうの、エリアスは指摘しないでしょう」
ん? ただ単に、エリアスへの対抗意識だったのかな。
私たちは長い廊下を歩き終え、庭園に続く扉を抜ける。
「お嬢様」
たった数段しかない階段なのに、リュカは左手を差し出した。私はふふふっと笑いながら右手を乗せる。
こんな風にエスコートしてみたかったんだね。
何だかんだで、エリアスに対抗意識を抱くのは、自分のしたいこと、したかったことを取られてしまったからだと思うから。だから今は、リュカの意思に沿った。
「様になっているのは、勉強の成果?」
「はい。と言いたいところですが、まだまだ未熟なので、お嬢様にはできたところしかお見せしたくありません」
「別にいいのに、私は。リュカが何を学んだか知りたいし」
「……では少しだけ」
リュカはそう言うと、胸に手を当ててお辞儀をした。
お父様の執事であるポールのような洗練されたものではなかったが、流れるような動きに、相当練習したことが窺えた。
「お手を失礼します」
私の右手を取り、リュカは跪いた。
「リ、リュカ!?」
「お嬢様に一つだけお願いがあります。聞いていただけますか?」
「私にできることならいいよ」
ホッとする表情を見せても、リュカは立ち上がらなかった。
「ありがとうございます。一度だけ、エリアスを通さずに手紙を渡してもよろしいですか?」
「え? 手紙? 何で?」
それも一度だけ。お願いというには、何ともお粗末なものだった。
「これから僕も忙しくなるので、直接渡せる機会がないんです。だからせめて、一度くらいはと思いまして……」
「うん。そういうことならいいよ」
理由がエリアスじゃないのなら、という言葉は、胸にしまっておいた。こんな嬉しそうなリュカを見たら、言えないよ。