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「アラインさん⋯⋯
無駄に彼女を
興奮させないでいただけますか?」
春の花弁のように柔らかな声音で
しかし明らかに疲弊の滲んだ声音だった。
時也がふわりと二人の間に割って入った。
咄嗟にアラインの肩へ手を添え
その身体を少しだけ押し戻す。
だが──
その一歩、たったそれだけで
予想外の事態が起きた。
アビゲイルの瞳が
月光に反射したように潤み、瞬く間に──
爆ぜた。
〝ぎゃあああああああああああああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!!〟
〝なななななななな何その密着角度ッ!!
肩越し!?耳元!?
ち、ちちちちょっと待って
無理むりムリむりィィィィ!!!!〟
〝これ尊死!文字通りの尊死案件!!
バーストしちゃうッッッッ!!!!〟
時也の耳奥──
いや、脳髄へと炸裂するように
その〝心の悲鳴〟が突き刺さった。
「⋯⋯ぅ、あ⋯⋯ッ」
思わず膝がぐらつく。
ふらついた身体が、アラインの胸元へと
吸い寄せられるように倒れ込む。
「⋯⋯おっと?」
アラインは反射的にその身体を抱き止めた。
白く細い腕が、まるで羽ように時也を支える
その瞬間だった。
〝あああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!〟
〝ちょっっっ!?!?何この距離ッ!!
息ッ!!息が!!!混ざりそう!!!!〟
〝コレ、既に攻めと受けの主従が
確定されてるヤツゥゥゥッッッ!!!!〟
魂ごと喉元を裂かれそうな
痛覚を伴う衝撃が
時也のこめかみを駆け抜ける。
「ま、待って⋯⋯ください⋯⋯っ
本当に⋯⋯僕⋯⋯
声に殺されそうなんですが⋯⋯っ⋯⋯! 」
ぎゅっと眉根を寄せ
時也はアラインの胸に寄りかかったまま
何とか呼吸を整える。
「⋯⋯ボク、気付いたんだけどさ?」
ふと、アラインが何かを思い出したように
ゆっくり口を開いた。
「⋯⋯あの日も
ライエルの中でボクは見てたけどさ。
時也がソーレンに耳打ちした瞬間──
それから、ライエルに耳打ちした瞬間──
⋯⋯時也、酷く顔を顰めてたよね?」
アビゲイルは、ぎくりと身体を強張らせた。
「その時
叫び声が聞こえてたんじゃない?」
「た、確かに⋯⋯
お話があって、そうした時⋯⋯
でした、ね⋯⋯」
時也が戸惑い気味に頷く。
「──ねぇ?
そういえば、キミ、名前⋯⋯
アビゲイル、だったよね?」
呼ばれたその名に
アビゲイルはぴくりと肩を震わせた。
「は、はい⋯⋯!
アビゲイル・キルシュナーと申しますっ」
震える声が
春の木洩れ日に似た一瞬の静寂を切り裂いた
そして──
アラインは、残酷なくらい真顔で
真芯を貫く一言を投げた。
「アビゲイル⋯⋯キミ、BL好きでしょ?」
その瞬間だった。
アビゲイルの白い脚が
突如、風を切って地を蹴った。
金の軌跡のように翻ったスカートが
宙を裂く。
顔を真っ赤に染めたまま──
涙目で、羞恥の極地に達した彼女は
全力で、その場から走り去った。
「わたくしは何も申し上げておりませえええええええええんんんッッッ!!!!!」
その叫びと共に
庭の奥へと、彼女の姿は消えていった。
残された時也とアラインは
嵐の過ぎ去った静寂の中に立ち尽くす。
「⋯⋯すごい反応でしたね⋯⋯」
「うん。
あそこまで綺麗に走り去られると
逆に芸術だよね」
アラインはくつくつと笑い
時也はこめかみを押さえながら
小さく溜息をついた。
アラインが片手を軽く振って笑った。
「まぁ
彼女はボクが捕まえておいてあげるから
キミはアリアと一緒に
お菓子作り教室に行ってあげなよ。
子供達も待ってるだろうしね。
ねぇ──〝時也先生〟?」
その声には揶揄いの響きが滲んでいたが
どこか優しさもあった。
まるで
爆走していった少女を
愛しく思うような、そんな声音。
時也は、庭の奥へと視線を送った。
濡れた芝に薄紅の花弁が散り
陽に照らされ、微かに煌めいている。
「転生者の方を探すための
教室の開催でしたが⋯⋯
まさか、意外な結果で見つかるとは⋯⋯」
言葉を噛みしめるように呟きながら
彼はそっと着物の襟元を正した。
そして──
「では、彼女の方はお願いいたしますね」
そう言って振り返り
アリアに手を差し伸べる。
その仕草は
どこまでも優雅で、どこまでも誠実だった。
指先に触れたアリアの手は
冷たく、けれど確かにそこにあった。
その時
不意に思い出したように、時也が問う。
「ところでアラインさん⋯⋯
貴方が先ほど仰ってた〝びーえる〟とは?」
問いかける声は素直で、どこか無垢だった。
アラインは一瞬きょとんとしたが
すぐに笑みを浮かべ、肩を竦めた。
「んー?
キミは知らなくていい
すっごーく面倒くさい機械の略称だよ」
「機械、ですか⋯⋯?」
時也は眉を寄せた。
「じーぴーえす、みたいなものってこと⋯⋯
ですか?」
その言葉に、アラインは盛大に吹き出す。
「そうそう!
説明したって
どうせキミには扱えないんだから
覚えなくて大丈夫だよ」
「何故か腑に落ちませんが⋯⋯
わかりました。
では、参りましょうか、アリアさん」
添えられたアリアの手に
時也が手を重ねる。
まるでそれが当然であるかのように
自然に──
それでいて神聖な儀式のように
二人は並んで歩き出した。
アラインはその背を見送りながら
微かに笑う。
「⋯⋯ほんと
世間知らずな〝天使〟で助かるよ」
その呟きは、どこか寂しげで
けれど──
確かに、優しかった。