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部屋住みのみんなが挨拶してくれる。
「ただいま!」
笑顔で返すと、みんな嬉しそう。
高校生活初日が上手くいったことが伝わったらしい。
荷物を片付けてキッチンに行く。
「たみさん、ただいま!」
「お嬢様お帰りなさい。学校は楽しかったようね。疲れてるでしょ?ゆっくりしててらして下さいな。」
たみさんは、昔から住み込みで
我が家の家事リーダーをしてくれている。
人を動かすのが上手いのだ。
たみさんが居なかったら、我が家の家事は回らないかも。
「そんなこと無いわ。私も手伝うわ。」
「もう出来てますから、食卓に運んで下さい。」
***
自室で勉強をしていたミラは、
大きく伸びをしている。
(何か飲みたいなぁ)
トントントンとリビングに降りていくと、
いつの間にかケイゴが帰っており、
おじいちゃんと話している。
ケイゴはミラに気づいて、
慌てたように親分に挨拶をし、
ミラに近づいてきた。
そして雑にミラの腕を掴むと、
無言のまま自身の部屋に連れて行く。
そして乱暴に部屋の扉を閉めると、
ミラの両腕を掴み壁に押し付けた。
所謂、壁ドーンな状態である。
「な」
言葉を発しようとした瞬間に、
唇が降ってくる。何度も角度を変えて。
息が苦しくなった頃、今度は強く抱きしめられる。
まるでそこにある温もりが、
いつか消えてしまうことを知っているかのように。
彼の顔は見えないが、その力に何故か切なさを感じる。
「ケ」
「お嬢、どう言うことですか?」
ミラの言葉を遮ったケイゴは、
上体を少し離して問いただす。
いつもの優しいポーカーフェイスではなく、
少し冷たい表情だ。でも敬語であることから、
まだ自制心が残っていることが分かる。
さっき掴まれていた腕や
壁に押し当てられた背中が痛く無いことからも、 そのことが伺える。
ミラだけに向けられるその辺りの細かな機微に、
ミラは気づいていない。ミラにとってのケイゴは、
常に朗らかな笑顔で冷静沈着、たまに冷たい。
敬語やタメ語を混ぜて話しかけてくる、そんな人だ。
「何」
「随分親しげに話してましたねぇ、初対面の男と。
それにピッタリくっついて。楽しかったですか。」
睨んでくる顔がメッチャ怖い。
反して彼の左手は腰を抱き、右手はミラの頬を撫でる。 そしてそのまま顎を持ち上げる。
「何故目を合わせないのですか?やましい気持ちが有ったからですか?」
「……ごめんなさい。」
「何に謝っているのですか?」
「………。」
「まさか、取り敢えず謝っとく戦法ですか?はー、全く。 いるんですよねぇそういう男。
何に怒ってるか分からないけど、 取り敢えず謝る男が。」
少し冷静になったのか、フッと鼻で笑う。
「ポートフォリオを忘れたって言うから、 一緒に見てただけだよ。それに私も筆箱忘れちゃって、 貸してもらって。」
筆箱を忘れたことに眉を顰められるが、 ケイゴは黙って聞いている。その無言の圧力に耐えられず、 焦って地雷を踏んでしまう。
「消しゴムが一つしかないからって、半分に千切ってくれたんだよ。凄く優しい────」
その続きは言わせてもらえなかった。
「つ…!」
突然左耳に痛みが走る。
「なぁ、他の男の話なんか聞きたくねぇよ。分かってんのか。なぁミラ。俺をおちょくるのもいい加減にしてくれ。」
耳横で低く冷たい声が脳を支配して動けなくなる。
「ごめんなさい。」
早口で謝るミラ、ゆっくりと答えるケイゴ。
「だから、何に謝ってんの?」
蔑むような声に恐怖を感じる。
普段優しい人を怒らすと、本当に怖い…。
二の句が継げないミラに耳元で低くケイゴが言った。
「頼むからあんまり嫉妬させないでくれよ。貴方の前では大人でいられなくなる。」
ミラを怖がらせてしまったことに反省しながら、 ため息混じりに言葉を洩らす。
(そうか。あんなことでヤキモチを妬いてくれたのか。)
ミラは理解した。そしてニヤついてしまう。
「ごめんなさい。」
呆れたケイゴはミラを解放し、ベッドに腰掛けた。
「私も聞きたいことあるんだけど。」
「何ですか、お嬢。」
もう敬語に戻っている。
「ス⚫︎ーカーに遭ってたの?」
その言葉に、ケイゴは一瞬ハッとした顔になるが、 すぐにポーカーフェイスに戻る。
「何のことでしょうかねぇ。」
「私だけ知らなかったのね。子供だったから?」
問い詰めるミラに観念したように答える。
「昔のことです。それに大したことありませんでしたから。」
「そんな訳無いでしょ。ねぇ、包丁でさ されたとこ見せてよ。」
困った顔をするだけのケイゴに、
「いいでしょ!」と言いながらミラは高速で近づき スーツを捲る。
ケイゴはその行動力に驚くが、イタズラっぽい顔になる。
「イケナイお嬢様ですね、貴方は。そんなに見たいなら 見せてあげましょう。」
そう言ってケイゴはスーツを無造作に脱ぎ始めた。
ミラはその姿を強い目で見ている。
「傷探すゾ!」って、そんな目。
上半身裸になったケイゴの左脇腹に、薄く何かの跡がある。
「刺されたのはここ?」
傷痕に触れながら聞く。
「そうです。大したことないでしょ。制服をちゃんと着ていましたから、緩衝材になったようです。血もほとんど出ませんでしたし。」
「でも…。」
(痕が残る程だ。まぁまぁの傷だったのだろう。)
「俺は気になりません。お嬢は気になりますか?」
「なるよ!そりゃぁ。ねぇ、こっちの傷は?」
ケイゴには、無数の小さな傷や火傷の痕が有った。
普段まじまじと見たことが無いので、その多さに驚く。
「それは…、子供の頃のものです。それも大したことありませんよ。」
(気づいてしまった。どうしてケイゴがウチに来たのか。 全然気づいてなかった。でも分かってしまった。 だから光の無い目をしていたんだ。)
ミラは無性に悲しくなって、小さな傷痕にいくつかキスを落とした。
ケイゴは小さく「うっ」と呻いてから妖しい笑顔で言った。
「本当にイケナイお嬢様だ。そんな貴方には再教育が必要だ。」
何か言ったかと思えばミラはベッドへ倒れ、ケイゴが上に覆い被さっている。
ミラはやっと気づいた。再び地雷を踏んでしまったことに。
ケイゴは不敵な笑みを浮かべている。
「さぁ、貴方も服を脱いで。」
ケイゴの手がミラの服に伸びてくる。
ミラはドギマギして目をギュッと瞑る。
ボタンが二つ三つ外されたところで、
「ククッ」と笑い声がきこえる。
揶揄われたと分かり、紅くなりながら目を開けるミラ。
ケイゴは満足したのか、優しい笑顔で起こしてくれる。
「期待させて申し訳ありませんが、ここにはたくさんの護衛がいますからねぇ。それに、こんなところで手を出したら、親分に消されてしまいます。残念ですがお嬢が成人するまでお預けですよ。」
「き、期待して無いから!」
乱れた服を直しながら叫ぶ。
フフッと余裕のある顔で笑うケイゴ。
チラッと見えた鎖骨にチュッと色を着ける。
「このぐらいの証は許して欲しいものですねぇ。」
***
ミラが帰った後、ケイゴは服をそのままに、ベッドに座っている。
そして当時の傷痕やキスを落とされたところを手でなぞる。
何故か少しその傷痕も愛おしく思た。