『乱れた遊び』
第1話:忘れたフリをして、夜を歩いた
夜の街は、飽きるほどきらびやかで、虚ろだった。
ネオンの瞬きと香水の匂いが溶け合う一角。サンジは、薄く笑っていた。
酒と煙草、誰かの熱、過去も未来もどうでもよくなるような夜が好きだった。
「全部忘れてんの。なーんにも覚えてねェし、覚えてたくもねェ」
うそぶいた声はどこか幼く、そして痛かった。
それでも、脚を止めれば思い出す。
あの時、誰かの手を離したこと。泣いたこと。
自分が、壊れてしまったこと――
*
「――立ち止まってると、狙われるぞ」
低くくぐもった声が、背後から届いた。
振り返れば、路地の奥。
黒いパーカーに顔を半分隠した男がいた。
目だけが鋭くて、獣みたいで。
けれどサンジは、すぐには逃げなかった。
「へえ…警告してくれるなんて、意外と優しいんだな」
「見てらんねェだけだ。お前みたいな奴、すぐ喰われる」
言いながら近づいてきた男に、サンジは目を細める。
何かを知ってる目だった。人を見抜く目。
――それが、少しだけ癪だった。
「じゃあ……アンタが俺を“喰う”のか?」
そう言って、誘うように首を傾けた。
その瞬間、男の目がわずかに揺れたのを、見逃さなかった。
「……」
「冗談だって。こんな街じゃ、冗談も言いたくなるだろ?」
サンジは煙草をくわえ、火をつける。
瞬間、赤い火が2人の顔を照らした。
「名前は?」
「……ゾロ」
たったそれだけ。
それでも、その夜から何かが少しずつ変わり始めたのだった。
*
部屋に戻ったサンジは、何人かのメッセージを無視してソファに沈んだ。
今夜は何もしなかった。誰のところにも行かなかった。
あの男の視線だけが、胸に残っていた。
――あんな目で見られたの、久しぶりだ。
身体でも心でもない、もっと奥にあるものを見透かされたような――
怖くて、心地よかった。
「……会うんじゃなかったな、あんな奴」
呟いた声は、自分でも気づかぬうちに、少し震えていた。
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