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『ロウェルの森』。
夜明け前の、夜空が明るくなりつつあり、間も無く陽の光が大地に朝の訪れを告げる刻限。新緑に彩られた初夏の森に轟音が鳴り響いた。
静かな森に似合わぬその音の正体は、じっと繁みに身を潜めていた狼獣人達が一斉に放ったマスケット銃による轟音である。
撃ち出された二十五発の弾丸は空気抵抗を受けてバラつきながらも前衛を守る死霊騎士達に襲いかかった。
弾丸は鉄の盾を貫通し、その背後に居る死霊騎士の鎧も容易く貫通する。だが実体を持たない鎧である死霊騎士の特性上弾丸は効果がなくダメージを与えることはなかったが、その身体や盾などに阻まれなかった弾丸は、その後ろに控えているゴブリンやオーク達へ襲いかかる。
「グォッ!?」
「グッッ!?」
マリアには無防備な彼等の身体を銃弾が貫き、十体前後が血飛沫を上げながらバタバタと倒れる様が克明に見えていた。
「マスケット銃よ!直ぐに下がらないと!」
「放てぇーっっ!!」
マリアの指示が行き渡るより先に、二十五名が伏せて別の二十五名が立ち上がり発砲。再び鳴り響く轟音によって撃ち出された弾丸は先ほどと同じ結果を招き十体前後の魔族や魔物が倒れる。
「下がれ!下がれーっ!!間合いを取る!」
ゼピスの号令で一斉に後ろへ下がる一団。だが、ガルフはこの好機を逃すはずもなかった。
「奴等は怯んだぞ!弓隊!今度はしっかり狙え!」
遠吠えと共に伝達された命令により、周囲の木々や繁みに潜んでいた弓使い五十名が一斉に矢を放つ。
「お嬢様!」
「コシャクナ!!」
四方八方から飛来する矢は魔族達を傷付け、一本はマリア目掛けて飛来し、それをダンバートがサーベルで叩き落とす。
「ありがたい、ダンバート!弓だけなら予想していたけれど、まさかマスケット銃まで使うなんて!」
「考察は後回しだよ!ゼピス!ロイス!お嬢様が狙われた!」
「なにぃ!?小癪な!犬コロ共!正面から俺たちに挑む勇気もないのか!腰抜けめぇ!」
「隊列を崩すな!整然と退却するのだ!」
ロイスが挑発し、ゼピスが混乱を抑えようとするが。
「放てぇーっっ!!奴等に猶予を与えるなーっ!!」
装填を終えたマスケット銃装備の五十名が一斉射撃を敢行。ただでさえ銃撃と雨のように飛来する矢に動揺していた一行は、再び飛来した弾丸を浴びせられ遂に混乱状態に陥る。
「喚くな!俺の声だけを聞け!」
「死霊騎士団!我の指示のみに耳を傾けよ!」
それを抑えようと必死に声を張り上げるロイスとゼピス。そしてこれを好機と見たガルフは、ここで賭けに出る。
「今だ!奴等を叩き潰せーっ!」
「「「うぉおおおおっっ!!!」」」
ガルフの号令により繁みや木々に潜んでいた百名の狼獣人達が剣や斧を片手に飛び出す。
彼等は狼獣人らしく俊敏な動きで素早く一行へ迫ると、大楯を構える死霊騎士達を飛び越えて内側で混乱しているオークやゴブリン達へ飛びかかる。
「いかん!隊列を広げよ!」
「敵が乗り込んできたぞ!たっぷりと礼をしてやれ!!」
ゼピスの指示で死霊騎士達が四方に広がり空間を開けて乱戦に備える。そしてロイスは大剣を片手に檄を飛ばし、ここに敵味方が入り乱れる乱戦が勃発した。
「構わねぇから撃ち続けろ!味方の矢玉当たる間抜けは要らねぇからな!」
ここで弓隊、マスケット銃隊も射撃を継続。味方への誤射を躊躇わぬ攻撃は、マリア達を驚かせた。
「ぐばっ!?ガルフさんっ!なんで……がぁあっ!?」
味方の矢を受けた狼獣人が悲鳴を挙げて抗議するが、次に飛来した銃弾が眉間を貫き絶命する。
だが数が多いだけにゴブリンやオーク達の被害はより甚大であった。
「ちぃいっ!ゼピス!何とかしろ!」
「言われずとも!死霊騎士団前へ!前方の繁みへ突撃せよ!」
ここで周囲を囲んでいた死霊騎士達の陣形を解き、前方で横隊を組み直し、マスケット銃を放つ獣人達が潜む繁みへ向けて突撃を敢行する。
これは決して身軽とは言えない死霊騎士達を、不利な乱戦から遠ざけて飛び道具に対処するための行動であった。
「へへへっ、奴等陣形を崩したな?アンデッド共を相手にするな!本命だけを狙え!散開!」
迫り来る死霊騎士達を見マスケット銃を装備した狼獣人達は身軽な肉体を活かして散開。
「小癪な!味方を信じよ!我らは飛び道具を散らすのだ!」
突撃は不発に終わったが、ゼピスは死霊騎士達を分散させて四方にある繁みを攻撃。その都度飛び道具を持つ狼獣人達には逃げられるが、遠距離攻撃を防ぐと言う目的は達成されつつあった。
「うぉおおおおっっ!!!」
「ぎゃっ!?」
乱戦の最中、ロイスが身の丈はある巨大な大剣を振るう度に悲鳴と血飛沫が挙がり、狼獣人達を蹴散らしていく。
そんな彼の勇姿に後押しされたゴブリン、オーク達も奮起して最初の混乱から立ち直り、反撃を開始。
もちろん狼獣人達も負けずと攻勢を強め、パワーに勝るオーク達を狼獣人が俊敏な動きで翻弄する様相を見せていた。
「ロイス、相変わらず強いわね」
「これならなんとか持ち直せそうだ。お嬢様、気を抜かないでね」
中心では四体の死霊騎士とダンバートに護られたマリアが周囲を観察している。ダンバートの願いで魔法を極力使わず温存している彼女ではあるが、戦いに参加していないだけあって冷静に周囲を観察する余裕を持っていた。
ゼピス率いる死霊騎士が周囲に潜伏している飛び道具を持つ獣人達を散らしているお陰で飛来する矢も激減しており、それに合わせて反撃しつつある現状は優勢に思えた。だが、彼女は強い違和感を覚えていた。
「こんなにも簡単に?私が臆病に過ぎるのかしら……?でも……」
マリアの呟きを聞いたダンバートは不思議そうに首をかしげる。
「お嬢様?」
「いえ、味方が優勢なのに安心できないのよ。何だか……何かを忘れているような」
「まあ、戦いは最後まで分からないからね。最後の最後でどんでん返しなんて珍しくもない」
事実ロイスやゼピスに慢心はない。狼獣人達を殲滅すべく全力を投じている。だが……。
「あっ……」
「お嬢様?どうしたのさ?」
いつの間にか直ぐ近くの繁みからマリアまで一直線の空白が出来ていることに気付いたマリアは、顔を青ざめる。
そして視線の先には、散ったはずのマスケット銃を装備した狼獣人達がマリアに狙いを定めていたのだ。
「残念だったな。お前らが頑張れば頑張るだけ、小娘が手薄になるんだよ!構えぇーっ!!」
勝利を確信して凄味ある笑みを浮かべるガルフ。そして五十名の狼獣人達。
マリアは言葉を発することも動くことも出来ず、ただ呆然と迫り来る自分の死を受け入れようとしていた。
「放てぇーっっ!!」
ガルフの叫びで彼等に気付いたダンバートが、身を呈してマリアを庇おうとし、今まさに引き金が弾かれようとした瞬間。
獣人達の横から延びた美しい輝きを持つ光の刃が文字通り狼獣人達の命を刈り取り、その存在を消滅させた。
「犬さんに鉄砲を持たせると危ないですよ?」
シャーリィ=アーキハクト参戦。そしてそれは『勇者』と『魔王』が千年の時を経て再び邂逅したことを意味していた。