テラーノベル
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俺は、ゆっくり瞬きをした。
消えない。
ミオはそこにいて、
机に肘をついて、
少しだけ眉を寄せている。
ミオ「ほんとに大丈夫?
さっきから呼んでたんだけど」
呼ばれていた記憶はない。
でも、そう言われると
ずっとここにいた気もする。
喉が鳴る。
「あ……」
声が、思ったより低かった。
夢の中の俺の声と、
微妙に違う。
「平気」
そう言ったつもりだった。
でもミオは、
納得していない顔をした。
ミオ「平気な人の顔じゃないよ、それ」
笑いながら言う。
軽い。
軽すぎる。
その感じが、
逆に怖かった。
俺は視線を逸らして、
教室を見回した。
同じだ。
机の並びも、
黒板の汚れも、
窓の外の空の色も。
全部、夢と同じ。
――いや。
違う。
窓際に、
小さな鉢が置いてあった。
紫色の花。
ヒヤシンス。
昨日の夢にも、
あった気がする。
でも、
現実に戻った時、
あれはなかった。
「……あれ」
指差すと、
ミオは一瞬だけ
言葉に詰まった。
ミオ 「え?」
ほんの一瞬。
本当に、刹那。
ミオ「前からあったでしょ」
その言い方が、
確信じゃなかった。
“思い出そうとしてる声”だった。
俺の背中を、
冷たいものがなぞる。
後ろの席で、
椅子がきしんだ。
ユウだ。
ユウ「お前さ」
低い声。
ユウ「今日、変だぞ」
心臓が跳ねる。
「……どこが」
ユウ「全部」
短く言い切る。
ユウ「さっきも、
いきなり固まってたし」
俺は何も言えなかった。
だって、
説明できる言葉がない。
“夢だった”なんて言えない。
“戻ってきた”とも言えない。
ユウは、
俺の机の上に置いたスマホを
一瞬だけ見た。
ユウ「それ、さ」
息が止まる。
ユウ「今、通知鳴った?」
鳴ってない。
鳴るはずがない。
俺は、
首を横に振った。
ユウは、
それ以上追及しなかった。
でも、
視線だけが
離れなかった。
まるで、
壊れかけの機械を見るみたいに。
チャイムが鳴る。
授業が始まる。
先生の声が、
教室に満ちる。
普通の光景。
普通の時間。
なのに、
俺の中だけが
置いていかれている。
机の中に、
手を入れる。
指先に、
紙の感触。
取り出す。
プリントの裏。
見覚えのない文字。
俺の字だった。
【今回は、 ちゃんと見送れ。】
息が、
止まった。
――やっぱり。
ここは、
戻ってきた場所じゃない。
やり直している途中の場所だ。
そして多分、
俺はもう、
一度目の俺じゃない。
窓際のヒヤシンスが、
かすかに揺れた。
風は、
吹いていないのに。
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