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プリントを机に戻しても、文字の感触が指に残っていた。
今回、ってなんだ。
見送る、って誰を。
考えようとすると、
頭の奥がきしむ。
先生の声が黒板にぶつかって、
教室に散る。
内容は入ってこない。
隣の席が、空いている。
さっきまで、
誰か座っていた気がする。
ミオじゃない。
ユウでもない。
もっと、
目立たない――
でも、確かにそこにいた誰か。
俺は、その席を見つめすぎたらしく、
ミオが小声で言った。
ミオ「どうしたの?」
「……いや」
言いながら、
自分の声が遠い。
ミオ「そこ、気になる?」
ミオは、
空いている席を見て、
首をかしげた。
ミオ「最初から空いてるよ」
即答だった。
迷いがなかった。
でも、
それが正しいかどうかは、
分からない。
俺は黙って頷いた。
否定する材料が、
俺の中にしかないから。
⸻
昼休み。
教室がざわつく中、
俺は窓際に立った。
ヒヤシンスは、 朝より少しだけ
色が濃くなった気がする。
いや、
そう見えただけかもしれない。
××「それ、好きなの?」
後ろから声がした。
振り返る。
知らない顔――
じゃない。
知ってる。
はず。
でも、
名前が出てこない。
髪の長さも、
声の高さも、
全部「ちょうどいい」。
記憶に引っかかるのに、
掴めない。
「……前から、いた?」
そう聞いてしまった。
相手は一瞬だけ、
目を伏せた。
××「前から、だよ」
その言い方が、
ミオと同じだった。
“そう答える練習をした”みたいな。
俺は、
喉まで出かかった名前を
無理やり飲み込んだ。
違う。
今、呼んじゃいけない。
呼んだら、
何かが確定する。
××「この花ね」
その子は、
ヒヤシンスを見て言った。
××「枯れるの、早いんだよ」
「……そうなの?」
××「うん。 ちゃんと見てないと」
ちゃんと、
見てないと。
どこかで、
聞いた言葉だった。
チャイムが鳴る。
その子は、
自分の席に戻っていった。
どこに座ったのか、
俺は最後まで
確認できなかった。
⸻
放課後。
ミオと帰る約束をしていたはずなのに、
気づいたら、
俺は一人だった。
昇降口で靴を履きながら、
周囲を見回す。
あの子がいない。
探そうとして、
立ち止まる。
探し方が、
分からない。
名前を知らない人を、
どうやって探す?
ユウが、
少し離れたところで
スマホを見ていた。
「なあ」
声をかけると、
ユウは顔を上げた。
「今日さ」
俺は、
言葉を選びすぎて、
失敗した。
「クラスに、
もう一人、いなかったか?」
ユウは、
眉をひそめる。
ユウ「……誰のことだよ」
その反応で、
確信してしまった。
俺は、
忘れているんじゃない。
忘れさせられている。
「いや、いい」
そう言って、
話を切り上げた。
ユウは、
俺の背中に向かって
ぽつりと落とした。
ユウ「思い出そうとするな」
足が止まる。
ユウ「それ、 お前が一番、 後悔するやつだ」
振り返った時には、
ユウはもう、
何も言わなかった。