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我が大きく変わったのはやはり100年前のあの戦争であろう。何世紀にも渡る秩序を捨て、かつて夷狄と見下していた西洋に屈服することは、皇帝にとって受け入れがたいものだった。我もあまりに不平等な条約を突きつけられたことへ確かな怒りを感じた。
しかし、我はそれよりも、英国の化身だと名乗る男に目がいった。きれいな男だった。豊作の稲穂のような黄金の髪、宝石を閉じ込めたような緑色の瞳。東洋では見たことがない美しい容姿に、見とれた。こんなに美しいものと出会えるなら開国も悪くはないとさえ思ったのだ。愚かにも我はそのとき、彼と仲良くなれるかもしれないと期待を抱いてしまった。まあ、当然そんな事はあるはずもないんだけれど。
次に会ったときの彼はひどく疲れているようだった。我も続く内乱と戦争で疲れ切っていたので彼の細やかな様子に心を配れる状態ではなかったが、そんな我でも気づくほどに、彼は荒んでいた。
国という生き物は厄介だ。政情や経済で自分のコントロールを失ってしまう。自分の意志などもしや内在していないのでは、ともがき、苦しむ。
彼は言った。我のせいだと。我が彼を狂わせたのだと。
全く同じことを、37年後に、弟に、言われた。
意味がわからなかった。じくじく痛む背中に、泣きたくなった。
国というのは厄介なものだ。泣きたくても涙なんか数世紀前に流れきって乾いている。
泣きたくても泣くことすらできやしない。
我が悪かったのか。何度も考えた。我が存在するから、我は何も得られないのか。失うばかりなのか。香港も、澳門も、韓国も、日本も。
そのうち、弟とは決定的に袂を分かった。やっぱり涙は出なかった。
これを書いている今はまた、弟との戦争中である。一体どれほどの血が流れれば、どれほどの犠牲を払ったら人は、世界は平和になるのだろうか。
我は、間違っていたのだろうか。我が死ねば平和は訪れるのだろうか。
しかし、歴史は終わらない。たとえ国が滅びようと、人間が生き続ける限り、歴史は続く。我は戦火が迫る1942年に、前線の兵士計32名から祖国と、そこに生きるすべての民へ捧ぐ手紙を預かった。歴史はここで終わらない。全ての名もなき兵士たちの戦いを、思いを伝えることが、残された者たちの役目だ。
我々を決して忘れないでくれ。我々の戦いを、自由を求めたあの日を、どうにもならず絶望したあの夜を、決して忘れないでくれ。
愛するすべての人民へ捧ぐ、全ての名もなき兵士の歌を。
愛するすべての人民へ
全ての名もなき兵士より」