テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
息が、肌の上を這う。
蓮司のそれは、優しさに似ていた。
けれど遥には、それが何よりも恐ろしかった。
「……ほら、もう震えてんじゃん」
蓮司がそう呟いたのは、遥の腰骨のあたりにそっと手を置いたときだった。
押さえつけるわけでもなく、撫でるわけでもない。
ただ“触れている”というその事実が、遥の心をじわじわと焦がしていく。
(いやだ)
(いやだ……なのに……)
喉の奥で言葉にならない音が溶けていく。
蓮司は、遥の拒絶も羞恥も──すべて計算済みのように受け止めながら、動きを止めない。
肌をなぞる指先は、まるで遥の「弱さの地図」をなぞるように、確実に埋めていく。
「……壊されたいって思ったこと、ある?」
蓮司の問いかけは、柔らかい。
でも、その言葉の輪郭は、鋭かった。
遥は目を閉じた。
涙がにじんで、まつ毛の間を濡らしていく。
(こんなとこ、触れられたくない)
(でも、もうどこも、触れられたくなかった)
(オレの全部が……誰のものでもないって、思いたかっただけなのに)
「──言えば?」
蓮司の声が、首筋に触れる。
「壊してって。……そう言えば、ちゃんと壊してあげるよ?」
遥の背中がぴくりと反応した。
逃げなきゃ、と思った。
でも、もうその思考も鈍っていた。
何もかもが遠くて、やわらかくて、ただ惨めで。
「……っ、や、め……」
嗚咽のような声が、口からこぼれ落ちた。
その瞬間、蓮司の手が止まった。
遥は震えていた。
涙で濡れた頬を隠すようにうつ伏せて、それでも声を殺すように、何かを呟いた。
「……たすけて、なんて……言いたくなかったのに」
「ずっと……言わないって……決めてたのに」
「オレ……誰にも……触られたくなかったのに……」
遥の喉から、熱を含んだ嗚咽が漏れた。
そのまま、ぐしゃぐしゃに顔を歪めながら、ぽつりと、落とすように呟いた。
「……オレ、ほんとは……誰かに、信じてほしかったんだよ」
「でもさ、……誰も、信じてくれなかったから……ずっと……オレ、自分のこと、信じないで……」
言いながら、遥は唇を噛んだ。
血が滲むほどに。
こんなものを蓮司に見せるつもりじゃなかった。
こんな本音、言うつもりなんてなかった。
でも、言ってしまった。
それがどれほど──取り返しのつかないことか、遥は理解していた。
蓮司は何も言わなかった。
ただ、遥の髪を一度撫で、それからゆっくりと背を離した。
その沈黙が、何よりも残酷だった。
“もうおまえは俺のものだ”と、
“おまえの本音は、もう俺の掌にある”と、
それを言葉にせずとも、蓮司の背中は確かに語っていた。
遥はただ、声を殺して泣いた。
みっともなくて、汚くて、どうしようもない自分を抱えて。
そして──
この夜、遥は確信した。
「誰にも触られたくない」ではなく、
「誰にも触れられる資格なんてない」と。