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息が、肌の上を這う。

蓮司のそれは、優しさに似ていた。

けれど遥には、それが何よりも恐ろしかった。


「……ほら、もう震えてんじゃん」


蓮司がそう呟いたのは、遥の腰骨のあたりにそっと手を置いたときだった。

押さえつけるわけでもなく、撫でるわけでもない。

ただ“触れている”というその事実が、遥の心をじわじわと焦がしていく。


(いやだ)


(いやだ……なのに……)


喉の奥で言葉にならない音が溶けていく。


蓮司は、遥の拒絶も羞恥も──すべて計算済みのように受け止めながら、動きを止めない。

肌をなぞる指先は、まるで遥の「弱さの地図」をなぞるように、確実に埋めていく。


「……壊されたいって思ったこと、ある?」


蓮司の問いかけは、柔らかい。


でも、その言葉の輪郭は、鋭かった。


遥は目を閉じた。

涙がにじんで、まつ毛の間を濡らしていく。


(こんなとこ、触れられたくない)


(でも、もうどこも、触れられたくなかった)


(オレの全部が……誰のものでもないって、思いたかっただけなのに)


「──言えば?」


蓮司の声が、首筋に触れる。


「壊してって。……そう言えば、ちゃんと壊してあげるよ?」


遥の背中がぴくりと反応した。


逃げなきゃ、と思った。

でも、もうその思考も鈍っていた。


何もかもが遠くて、やわらかくて、ただ惨めで。


「……っ、や、め……」


嗚咽のような声が、口からこぼれ落ちた。


その瞬間、蓮司の手が止まった。


遥は震えていた。

涙で濡れた頬を隠すようにうつ伏せて、それでも声を殺すように、何かを呟いた。


「……たすけて、なんて……言いたくなかったのに」


「ずっと……言わないって……決めてたのに」


「オレ……誰にも……触られたくなかったのに……」


遥の喉から、熱を含んだ嗚咽が漏れた。

そのまま、ぐしゃぐしゃに顔を歪めながら、ぽつりと、落とすように呟いた。


「……オレ、ほんとは……誰かに、信じてほしかったんだよ」


「でもさ、……誰も、信じてくれなかったから……ずっと……オレ、自分のこと、信じないで……」


言いながら、遥は唇を噛んだ。

血が滲むほどに。


こんなものを蓮司に見せるつもりじゃなかった。

こんな本音、言うつもりなんてなかった。


でも、言ってしまった。


それがどれほど──取り返しのつかないことか、遥は理解していた。


蓮司は何も言わなかった。

ただ、遥の髪を一度撫で、それからゆっくりと背を離した。


その沈黙が、何よりも残酷だった。


“もうおまえは俺のものだ”と、

“おまえの本音は、もう俺の掌にある”と、

それを言葉にせずとも、蓮司の背中は確かに語っていた。


遥はただ、声を殺して泣いた。


みっともなくて、汚くて、どうしようもない自分を抱えて。


そして──


この夜、遥は確信した。


「誰にも触られたくない」ではなく、

「誰にも触れられる資格なんてない」と。


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