テラーノベル
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教室の窓際、斜めの光の中で、蓮司がひとり、机に座っている。足を組んで、煙草を吸うふりだけして、指先で空を弾いていた。
「お疲れさま」
声だけは、いつも通り柔らかい。
振り返らなくても、誰が来たかはわかっている。
日下部は黙って立ち尽くしていた。
窓の外を見ているふりで、視線はどこにも定まっていない。
「……知ってるんだろ?」
日下部の声が低く落ちた。
「遥が、昨日……」
蓮司は、わざとらしく首をかしげて笑った。
「……ん? なにが?」
その笑みが、「全部知ってるけど、おまえが口にするのを待ってる」ことを告げていた。
「おまえ……」
言葉が出てこない。
喉の奥に、怒りとも嫌悪とも違う何かが溜まっていた。
「いやさ、昨日って、どの“昨日”? “俺と遥”の昨日? それとも、“おまえが見て見ぬふりしてきた全部”の昨日?」
静かな声だった。
けれど、その一言で、日下部の胸にずしんと何かが沈んだ。
「……おまえ、ほんとに、」
「なに? “最低”とか言う? それとも、“遥を返せ”とか言う? ねえ、それ、どの立場で言ってんの?」
蓮司は立ち上がり、日下部の目の前に来る。
その距離は近すぎて、殴ることも拒絶することもできない間合いだった。
「おまえさ──“優しいふり”するの、やめたら?」
「俺よりマシなつもり? それ、いちばんタチ悪いよ」
日下部の目が、一瞬だけ揺れる。
けれど拳は握られたまま、動かない。
蓮司はそれすらも“見透かした”ように、ゆっくりと肩を叩く。
「なにがしたいわけ? “遥を救いたい”とか言って、
あいつの中に入ること、許されるとでも思ってる?」
「おまえが“触れたい”と思った瞬間から、あいつ、壊れ始めてたよ」
「俺は、壊れるのを手伝ってるだけ。──きれいに、ね」
その瞬間、日下部の拳がわずかに動いた。
けれど、殴らなかった。
蓮司はにやりと笑った。
「ほら。やっぱり、無理だよ。おまえには」
「だから──」
蓮司は、耳元で低く囁く。
「これからも、見てるだけでいなよ」
「おまえが“守りたい”って思ってるあいつ、
俺の中で泣いてたよ、昨日」
「声、すっごいかわいかった」
その言葉に、日下部の顔から血の気が引いた。
「冗談だって。ほんとに? どうだろね。
……でも、“見たくなった”でしょ? あいつの、ほんとの顔」
「じゃあ、俺がもう一度見せてあげるよ。──俺のやり方で」
そして、蓮司は背を向ける。
「……あいつが泣きたくなったら、また俺のとこ来るよ」
「だって──おまえのとこには、“助けてもらえなかった日々”しか、ないんだから」
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