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第五章 5〜6

昨夜の任務は結構手間取ってしまい、帰ると午前二時を回っていた。だから、この日の授業は、一時間目から睡魔との戦いが始まった。

辛うじて一、二時間目は勝つことが出来たが、三時間目の歴史の授業では早々に撃沈してしまった。歴史の浅利先生が、教科書を読み進めながら解説していく声が子守歌となって、見事に深い眠りへといざなった。

聖司は、教科書を机に広げて下を向き、真面目に聞いている感じの体勢で寝息を立てていた。イビキはなかったが、隣の席にも聞こえない小さな声で、寝言を呟いていた。

―――聖美。もうちょっとで自己新だ。

聖司は夢の中で、走り幅跳びをする聖美と対峙していた。

聖司のいる方へ助走してきて踏み切ると、三メートル程手前で着地した。そして聖美は、何も言わずに元の位置に戻り、何回も跳んでは戻ることを繰り返す。

―――聖美。もう良いだろう。

初めは黙ってみていた聖司だったが、何十回も見ている内に、いい加減に止めようと足を動かした。しかし、歩こうとする思考とは反対に、足はびくともしなかった。

―――なんだ?なんで動かないんだ?

手は動くのに足は、まったく動かなかった。

何とか聖美に触ろうとして、腕を伸ばしたり上下に動かしたりしている間も、聖美は黙々と跳び続けた。聖司は、跳ぶのを止めない聖美に向かって叫んだ。

―――やめろ!

声が届いたのか一度、聖司を見て足を止めた。が、少し口元を緩ませて微笑むと、再び助走を始めた。

―――あぶない。

聖美が着地する辺りが突然、真っ暗になった。暗闇が口を開いて、聖美を待ちかまえている。

―――来るなぁ!

しかし、構わずに跳んだ聖美は、その暗闇の中に消えていった。

―――聖美!

心の底から叫び、夢はここで終わった。

「わぁっ」

顔を跳ね上げた聖司の叫びが、授業中の校舎に響いた。

「はあはあ。やめろって……言ったのに」

寝汗で張り付いた前髪をかきあげて、激しく息継ぎをしていると、「何をやめるんだ?」と言う先生の声に反応して立ち上がった。

「は、はい」

「何を止めるんだと、聞いているんだ」

「え?え〜と。幅跳びです」

聖司の素っ頓狂な答えに、教室が笑いに包まれた。

「それは止めた方が良いな。ここは教室だからなぁ」

「は、はい。そうですね」

「座れ」

「はい」

聖司が座るとまた笑いが起こったが、聖美だけが冷静な目で見ていた。

その日の昼休みもまた、光画部の部室には聖美を含めた三人がいた。

「ふあ〜」

聖司は大きな口を開けて欠伸をした。普通の人は、部室から発せられる酢酸のニオイに眠気なんて吹き飛ぶのかもしれないが、聖司にとってはラベンダーと同じで安心する効果があった。

「鷹見先輩。眠いんですか?」

真衣香が心配そうに尋ねた。その目には、「あの役目が関係しているんですか?」という聖司だけが分かるメッセージも込められていた。

「ん?ああ。昨日はちょっと寝るのが遅くて」

聖司が小さく頷くと、真衣香は理解したようで口元が緩んだ。

「聖ちゃんたら、三時間目に寝ちゃって浅利先生に怒られたのに、四時間目も熟睡だったよね」

「見ていたのか?」

「すぐ後ろだもん。見たくなくても見えるよ」

聖美は不可抗力だと主張すると、真衣香が興味深そうに言った。

「よく授業中に寝られますね」

「瀬名はないのか?」

「はい」

「へ〜。聖美はあるよな」

「うん」

いきなり振られた聖美は思わず同意してしまい「わ〜。ないない。今のなし」と慌てて否定するが、後の祭りだった。

「遅いよ。良いだろ居眠りくらい」

「わ、私の場合は、部活の疲れが溜まっている時があるから、仕方ないの」

「そんなの理由になるか」

三人の笑い声で狭い部室の中がいっぱいになると聖司は、ふと思った。

―――聖美とまた、こんな風に楽しく会話が出来るなんて。

「そう言えば先輩。この間、部長が言っていたことですけど」

「夏休みの合宿だな」

「はい。昨年は海に行ったって言っていましたけど、今年はどうするんですか?」

「やっぱり山だろう」

毎年光画部では夏休みに、合宿と称して撮影旅行を決行する。これを機会に風景写真、人物のスナップ写真など、撮影の腕を上げるのだ。というのは建前で、楽しいキャンプというのが本音だった。もちろんカメラは持っていくのだが。

「ねえ。それって、いつ行くの?」

聖美が割って入ると、カレンダーをめくった真衣香が答えた。

「え〜と。八月の二十日から三日間ですよ」

「ふうん。ねぇ、私も行って良いかな?」

「「え?」」

聖司と真衣香は、顔を見合わせた。

「俺は良いけど、北上先生と多島部長が何て言うか」

「わ、私も良いですけれど。陸上部はいいんですか?」

「うん。その日は大丈夫。ねえ、聞いてみて。私にも撮り方を教えてよ」

聖美に上目遣いで見られて、聖司はドギマギした。

「じゃ、じゃあ、聞いてみるよ」

「やった。行けると良いな」

どうせダメだろうと聖司は思っていたのだが、先生と部長の二人とも、二つ返事で快諾してくれた。


土のグラウンドから立ち上る陽炎の中、陸上部部長の声が響いている。

「そこ!気を抜くなよ。怪我するぞ」

日中は熱中症を避けるために、朝早くから始まっているのに、すでに陽炎が出るほどに暑くなっていた。

「聖ちゃんの秘密か」

練習しているときは集中しないといけないのに、ちょっとした合間に、真衣香の言葉が頭をよぎる。朝が早いから、夏休みに入ってから一度も聖司とジョギングをしていなかったため、聞き出すことも出来ないでいた。

「あっ!」

上の空だった聖美は、何もないところで、つまずいた。

「大丈夫?聖美」

「大丈夫、大丈夫」

膝を押さえている聖美を心配して、走ってこようとする女子のマネージャーに心配しないでと手を振ると「保健室に行って来る」と告げて校舎の中に入っていった。

「中も暑いな〜。いたたた。もう。聖ちゃんのせいなんだから」

靴に履き替えながら、ブツブツと漏らす。言いがかりも良いところだが、聖美にすれば聖司のせいになるようだ。

「先生」

保健室のドアを開けると、保健の阿部先生が十時のおやつを食べていた。聖美の出現に驚き、飲んでいたお茶が変なところに入って咳き込む。

「ゴホッ、ゴホッ。み、観月さん。何かしら」

「膝を擦りむいちゃって」

苦笑いをしている阿部先生を見て、笑いを堪えながら目の前の椅子に座った。

「良いんですか?お仕事中に」

「い、いいのよ。おやつくらい。観月さんにも、一つあげるわ」

いいのよと言いつつも、聖美を共犯にしようとして勧める。

「え〜。一つですか?それって、限定品の生チョコですよね〜」

「え〜い。二つで勘弁して」

「内緒にしときます」

「うぅ」

阿部先生は泣き真似をしつつ、お返しとばかりに消毒液を多く塗って、しかめ面を楽しもうと顔を上げると、目に涙が溜まっていた。

「ごめん。痛かった?」

「ううん。そうじゃないんです。子供の頃を想い出しちゃって」

聖美は、犬に襲われて聖司に助けられたとき同じように、膝に消毒液を塗られたことを想い出していた。

「先生。幼馴染みって、難しいですね」

「なにか、悩み事でもあるの?」

「え?え〜と。私の友達の話なんですが。幼馴染みの男の子がいる友達で、去年の秋頃から、男の子がよそよそしくなったそうなんです。何とか元の関係に戻りたいと思っているらしいんですが、どうすればいいかなって相談されたんです。それで、どう答えたらいいのかなって」

頷きながら聞いていた阿部先生は、ちょっと考えた後に話し始めた。

「そうなの。参考になるか分からないけれど、こういった話があるわ」

「はい」

「幼稚園、小学校、中学校と一緒で、ずっと仲が良かった男友達がいたんだけど、中学三年生の時に何故か、少し距離が出来たの。その後、同じ高校に進学したんだけど、何ヶ月か経った頃、男友達の方に彼女が出来たって噂を聞いたの。そうしたら、涙が出てきたって」

阿部先生が遠い目をして窓の外を見ると、生暖かい風がカーテンをなびかせた。

「その娘は、男の子のことが、好きだったんですね」

「そうね。その友達には、自分の気持ちを良く考えてみてって、答えると良いわ。もし好きなのなら、待っていないで行動した方が良いって」

「そうですね。ありがとうございます」

阿部先生は、いまの話が自分のことだと察して励ましてくれたんだなと思い嬉しかった。

「なんか、しんみりしちゃったわね。チョコでも食べて、元気出して」

「はい」

差し出された箱から三個取り、ひょいひょいと口に入れた。

「あ〜、二個って言ったのに。待ちなさい」

阿部先生が箱を見て嘆いている隙に廊下に出た聖美は、中に向かって右手だけ見えるようにひらひらと振った。


想いでは写真の中に 〜sinner return〜

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