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#シリアス
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昨夜の「掃除」の疲れか、今朝は少し体が重い。
やが、ひまりが朝から
「おじさん、見て見て! お医者さんの本、和幸さんに買ってもらったの!」
と目を輝かせて駆け寄ってくる姿を見れば、眠気なんぞ一気に吹き飛ぶ。
和幸の奴、ワシの指示を待たんと気の利くことをしおった。
あとで缶コーヒーの一本でも奢ってやるか。
「……ほう、図鑑か。難しい言葉ばっかり並んどるな。わかるんか?」
「ううん、全然!でもね、この赤いところが心臓で、ここをトントンってすると元気になるんだよ。おじさんのトントンも、私がしてあげるね」
そう言って、ひまりが小さな拳で俺の胸を軽く叩く。
昨日まで人を殴り倒し、怒号を浴びせとったこの胸が、今はひまりの温かい「手当て」に晒されとる。
皮肉なもんやが、不思議と悪くない心地や。
そんな平和な朝の時間をぶち壊すように、事務所の電話が鳴り響いた。
和幸が恐る恐る受話器を取り、すぐに青い顔をして俺を見る。
「…兄貴、小学校の担任の先生からです。『ひまりちゃんのことで、少しお話が……』って」
俺は眼鏡の奥の目を鋭く細めた。
蛇頭会の連中を昨夜シメたばかりや。
まさか、まだ何かちょっかいを出しとるんか。
「……ひまり。学校、遅れるぞ。車乗れ」
ひまりを学校へ送り届けた後、俺はそのまま校長室へ向かった。
迎えた担任の先生は、俺の姿を見た瞬間、椅子から転げ落ちそうになっとった。
「こ、黒龍院さん……今日はお一人ですか?少しひまりさんのことで…」
「……すんませんが、単刀直入に聞かせてもらいますわ。ひまりが何かしたんでしょうか」
俺が低く問うと、先生は震える手で一枚の絵を差し出した。
それは、昨日ひまりが授業中に描いた『大好きな人の絵』らしい。
そこには、全身を真っ黒な模様で覆われ、背後に何人もの黒服を従えた男が、小さな女の子と手を繋いで笑っている姿が描かれていた。
「……あの、ひまりちゃん、お家でどんなお仕事をされているか、よく見ていらっしゃるようで…他の親御さんからも、その、少し不安の声が……」
俺は絶句した。
ひまりは、ワシの正体を隠しているつもりやったが、子供の観察眼を甘く見とった。
あの子にとって、俺の「極道」としての姿は、恐怖ではなく
「大好きなおじさんの日常」として映っとったんか。
「……先生。…この絵、貰うてもええか」
「えっ? あ、はい、もちろんです。ですが、教育上の配慮として……」
「……わかっとる。家で、よう言うて聞かせますわ」
俺はひまりの描いた、歪で、だが温かい俺の姿をポケットに仕舞い込んだ。
帰り道、和幸が運転する車内で、俺は一人、眼鏡を外して目元を覆った。
「……和幸。…ワシ、そんなに怖かったか?」
「へ? 兄貴、何がっすか? ……あ、その絵…いや、兄貴、めちゃくちゃカッコよく描かれてるじゃないっすか!背景の黒服、これ俺っすよね!?」
「……アホか…。こりゃもうちょっと、真っ当に見えるように努力せなあかんな」
ワシがこの子の「父親」として生きるなら、あの子にこんな絵を描かせてるうちは、まだまだ二流や。
「和幸、スーパー寄れ。……今日はコロッケ、3個買うぞ。…あの子の分と、ワシの分、それと……お前の分や」
「ええっ! 兄貴、俺の分まで!? 明日は雪でも降るんすか!?」
夕暮れの街。
ポッケの中の『刺青だらけの俺』が、少しだけ誇らしく、そしてそれ以上に切なく、俺の胸に刺さっていた。