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「あんたを縛っているのは事件じゃない」
篠崎の言葉を、私は何度目かもわからないほど頭の中で反芻していた。
私を縛っているのは事件じゃない。
じゃあ何だというのだろう。
私は一家殺害事件の被害者だ。
遺体も見つからず、この部屋に囚われている。
事件以外に理由なんてあるのだろうか。
意味なんてわからない。
わからないけれど、その言葉だけは妙に胸に残っていた。
けれど、あの男は胡散臭い霊媒師だ。
どうせ適当なことを言っただけだろう。
そう思うことにして、私は考えるのをやめた。
それから一週間が過ぎた。
相変わらず事故物件目当ての配信者やユーチューバーが入れ代わり立ち代わりやって来ては、勝手に騒いで帰っていく。
そんなある日の昼だった。
玄関の外から話し声が聞こえた。
珍しい。
配信者なら勝手に入ってくるし、内見にしては随分長い。
なんとなく玄関へ向かう。
私はこの部屋から出られない。
正確には、出ようとすると胸の奥から伸びる白い紐に引き戻される。
けれど玄関のすぐ手前までは来られる。
試しに扉へ顔を近付ける。
すると、身体は出られないものの、頭だけが扉をすり抜けて外を見ることができた。
なんとも幽霊らしい特技だった。
ただ、誰かに見られたら驚かれるのは間違いない。
いや──誰も見えないんだから気にする必要はない。
そのまま頭だけ外へ出した状態で周囲を見渡すと、アパートの前にハルさんが立っていた。その隣には見慣れない男がいる。
二十代後半くらいだろうか。肩からバッグを提げ、大きな段ボール箱を抱えている。
その姿を見て、首を傾げた。
引っ越し。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
まさか。
ここに住むつもりなのだろうか。
「ここで間違いありませんよね?」
男がアパートを見上げながら尋ねた。
「ええ、そうよ」
ハルさんが頷く。
「しかし、本当にいいんですか?」
「何が?」
「ここ、事故物件で有名ですよね」
男は苦笑した。
「普通なら隠そうとすると思うんですが」
「あら、私だって本当はそうしたいわよ」
ハルさんも苦笑する。
「でもね、澪ちゃんのことを思うと、そうもいかなくて」
私の名前が出て、思わず顔を上げた。
「澪ちゃん?」
「この部屋に住んでいた澪ちゃんって子よ」
ハルさんは懐かしそうにアパートを見上げた。
「事件のあと行方がわからなくなったままなの」
男の表情が少し曇る。
「あの子が小さい頃から見てきたんですもの。ここで生まれて、ここで育った子なのよ」
その言葉に胸が少し温かくなる。
生きていた頃から、ハルさんはいつも私を気にかけてくれた。学校帰りに顔を出せばお菓子をくれたし、両親の帰りが遅い日は夕飯までご馳走してくれた。
本当のおばあちゃんみたいな人だった。
「ユーチューバーとかもよく来ますよね?」
「ええ」
ハルさんは小さくため息をついた。
「本当は来てほしくないの。でもね、少しでも澪ちゃんのことを取り上げてくれたら、事件解決のきっかけになるかもしれないでしょう?」
男は納得したように頷く。
「だから受け入れているんですね」
「そういうこと」
ハルさんは肩をすくめた。
「もっとも、あの人たちは最初から住む気なんてないんだけど」
「ああ……」
「だから場所を貸してあげているだけ」
そう言って少し笑う。
「もちろん、お金はいただいているわよ」
「商売ですからね」
「それもあるけど」
ハルさんは真面目な顔になる。
「澪ちゃんのため」
ありがとう。
思わずそう呟いた。
もちろん誰にも聞こえない。それでも言いたかった。
私が死んだあとも、こうして覚えていてくれる人がいる。それだけで少し救われる気がした。
「僕で本当にいいんですか?」
男は抱えていた段ボールを持ち直した。
「家賃も随分安くしていただいていますし」
「だって事故物件なんですよ」
ハルさんは当然でしょう、と言わんばかりに笑った。
男は一瞬きょとんとしたあと、小さく吹き出す。
「それはそうですが」
「でしょう?」
ハルさんは肩をすくめた。
「むしろあなたで良かったわ」
「そうですか?」
「ええ。正直、もうユーチューバーにはうんざり」
男は苦笑した。
「それはなんとなく伝わりました」
「その代わりお願いがあるの」
ハルさんの声が少しだけ真剣になる。
「澪ちゃんのことを忘れないでほしい」
男の表情も引き締まった。
「事件のことも」
少しの沈黙が流れる。
やがて男は静かに答えた。
「そのつもりです」
迷いのない声だった。
「僕はオカルト雑誌の売れないフリーライターです」
少しだけ自嘲するように笑う。
「正直、怪奇現象は半分くらいしか信じていません」
「そうなの?」
「はい。でも事件は本当に起きたことですから」
男はゆっくりと私の部屋を見上げた。
なぜだろう。一瞬だけ目が合った気がした。
もちろん見えているはずはない。それでも、その視線は不思議とまっすぐだった。
「だから知りたいんです」
男は言った。
「ここで何があったのかを」
事件の話をしているのに、一度も面白そうな顔をしなかった。
思わず男を見つめる。
今までにもそう言う人はいた。
だけど誰も本気じゃなかった。怪談が欲しかっただけ。再生回数が欲しかっただけ。注目が欲しかっただけ。
けれど、この男は少し違う気がした。
「桜庭省吾です」
男は改めて頭を下げる。
「これからよろしくお願いします」
桜庭省吾。
それが男の名前だった。
オカルト雑誌のライター。
事故物件に住みたがる変わり者。
きっと今まで来た人たちと同じだ。
そう思った。
そう思ったはずだった。
けれど、なぜだか目が離せなかった。
男は段ボールを抱えたまま、こちらへ向かって歩いてくる。
もちろん私のことなんて見えていない。
それなのに妙に落ち着かなくなって、慌てて頭を引っ込めた。
いや、見えてないんだから隠れる必要なんてない。
そう思ったのに、なんとなく前髪を整える。
乱れてなんていないはずなのに。
──何やってるんだろ、私。
少し変わった人だ。
それが男への第一印象だった。
どうせそのうち帰る。
みんなそうだった。
そう思いながらも、なぜだか少しだけ期待している自分がいた。
都築七美
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#初心者だからつまんないかも....
海夏
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浪霧(らむ)
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ピデピー
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コメント
1件
うん、第3話読んだよ!新しい入居者・桜庭って男、オカルト雑誌のライターか…。これまでのユーチューバー連中と違って、澪ちゃんのことを「面白そう」じゃなくて「知りたい」って言ったのが印象的だったな。ハルさんが澪ちゃんのことをずっと気にかけてくれてるのも泣ける…。幽霊の澪ちゃんが無意識に前髪整えるシーン、ちょっと可愛くて笑ったわ。これからどうなるんだろう、続き気になる🔥