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「その前に」と、ジルが俺に頭を下げる。
フィル様のことを詫びているのだなと、俺は冷めた目でジルの頭を見つめた。
「今回のこと、俺が発端です。よく確認もせずに第一王子の言葉を信じてしまい、リアム様に伝えた。そしてフィル様に襲いかかろうとしました。フィル様は、ラズール殿が死んだという俺の言葉を聞いて激怒されたのだと思います。だから咄嗟に魔法を使って俺を攻撃した」
「それで?ジル殿は死にかけたのですか?」
「いや、あの程度の魔法では死んだりしません。身体を拘束され圧迫もされましたが、苦しくはなかった」
「え?」とゼノが驚いた顔をする。
「俺はリアム様から、おまえが死にかけたと聞いたが?口から泡を吹いて…」
「そういう魔法をかけられたのだ。口内で泡が作られ口から溢れ出た。あと声を発せないようにも。…たぶん、リアム様に襲われるよう、フィル様がわざとそうされたのかと」
俺は全身に力を込めた。そうしないと今すぐに隣の部屋へ駆け込んで、第二王子を殴りたい衝動をおさえられないからだ。
フィル様はどこまでもお優しい。自分は殺されてもいい覚悟で、そんな芝居を打ったのだ。フィル様の真意はわからないが、呪われた運命に疲れたのか。もしくは王である自分の命をもって、国を救おうと考えていたのか。
そんなフィル様の意図もわからずに、第二王子はまんまと騙されて愛する人の腕を斬り落としたのだ。フィル様と違って、なんと愚かな男だ。
俺は絶対に認めない。フィル様と第二王子が結ばれるなど、許せるはずがない。
「ラズール殿?」と呼ばれて顔を戻す。俺は隣の部屋に駆け込みはしなかったが、無意識に扉に向かって立っていたようだ。
ゼノが俺に椅子に座るようにすすめる。
俺が「すぐに出るからいい」と首を振ると、困ったように笑って、ゼノとジルも立ったまま話を続けた。
「ジルの話では、フィル様には殺意がなかった様子…。それを見抜けず冷静に判断をされなかったリアム様に非がある。本当に申しわけなく思っている。その代わりと言ってはなんだが、安全に国に戻れるよう手配させてもらう」
「…追手がいるのか?」
これにはジルが答えた。
「第一王子が他にも追手を差し向けているはずです。俺は未だフィル様の正体が信じられないのだが…」
「なに?フィル様をバカにしているのですか?」
「違うぞ!まあ確かにこのように若く可愛らしい方がと驚きましたが、そこではありません。王がほぼ単身で敵国に潜入することが信じられないのです」
「フィル様は王になられたばかりで、まだ自覚が足りないだけなのです」
「それと、リアム様に会いたかったからでは」
「断じて違うっ」
ゼノは賢く善人だと思ったが、いらぬことを言う。
俺の剣幕に驚いた顔をした二人だったが、すぐにゼノが謝った。
「話が逸れてしまった、すまない。ジルの話によると、第一王子は薄々フィル様の正体に気づいておられるらしい。ただの捕虜なら捨ておくだろうが、敵国の王かもしれないフィル様を逃がしはしない」
「第一王子とはどんな男だ。お気楽な王子様ではないのか」
「違う。リアム様と並ぶほどに賢い。剣と魔法の腕は少々劣るが。そして王に似てとても冷酷だ」
「冷酷…か」と呟いて、俺は前王を思い出した。
フィル様の母親である前王も、冷酷な人だった。実の息子のフィル様を殺そうとしたくらいだ。フィル様に愛情のカケラも見せなかった。フェリ様に対しては少しは優しかったが、それでも笑った顔を見たことがない。
「強大な国の頂点に立つ者は、そうであらねばならないのかもしれない」
頭の中で思っていたことを、つい口から出してしまった。
ゼノとジルが俺を見て、小さく頷いている。
「ラズール殿の言う通りだ。だが俺は、リアム様やフィル様が作る国を見てみたいと思う」
そう言ったゼノの口を、ジルが慌てて手で塞ぐ。
「おい、不用心なことを言うな。第一王子の耳に届いたらどうする」
ゼノがジルの手を外して笑う。
「大丈夫だ。ここには第一王子の息のかかった者はいないだろう?」
「あの医師は?」
「彼ほど徳の高い人物が、告げ口をするなど考えられないが。ラズール殿」
「なんだ」
ゼノが俺をまっすぐに見てくる。
俺は早く逃げる段取りを教えてくれと、思わずため息をついた。
「俺はフィル様は優しすぎると思う。他国と渡り合えると思うか?」
「そうだな。だが本当のあの方は強い。そのことを俺はよく知っている。それよりも、俺達を逃がすことで第二王子の立場が悪くなるぞ。そちらの方が心配ではないか?」
「まあ…そうだな。バレないようにするが、バレると拮抗しているクルト王子とリアム王子の王城での力が傾いてしまう」
「どうする?気が変わったか?」
「とんでもない。一度、あなた方を無事に戻すと言ったのだから、約束は守る」
「では話を進めてもらおうか」
「わかった」
その時、扉の外から足音が聞こえてきた。あの大きな足音はトラビスだ。
俺はゼノとジルに断って扉を開け、俺に気づいたトラビスを呼ぶ。
トラビスは訝しげに首を傾げながら中に入ってきた。ゼノとジルを見て驚き、俺を見る。
「これは、どういう状況だ?フィル様は?」
「フィル様の傍には、第二王子がいる。二人きりにしてほしいと頼まれた」
「へぇ、よく許したな」
「…許してはいない。ところでもらって来たのか」
「ああ、たくさんくれたぞ」
トラビスが小さな白い袋を持ち上げて、揺すってみせる。
ゼノが「それは?」とトラビスに聞く。
「栄養や体力がつく薬だ。フィル様が目を覚まさないので食事がとれない。この国を出る前に少しでも体力を回復してもらいたいと思い、医師からもらって来た」
「なるほど。見せてもらっても?」
「ああ」
トラビスが差し出した袋を受け取り、ゼノが中をのぞく。時おり匂いを嗅いだりして注視している。
俺は不審に思い「なにか?」と尋ねた。
ゼノは袋のヒモを引っ張って閉じると、トラビスに返した。
「いや、俺も薬に詳しいので念の為に確認させてもらった。これらを飲めば食事の代わりになるだろう。だが数日だ。やはり食べねば体力が戻らない」
「わかった。ならばやはり一刻も早く国に戻って養生させたい。これからどうすればいい?」
敵国にいてフィル様を守れるのは俺とトラビスの二人だけだ。ゼノやジルのことを心から信用しているわけじゃない。だが今は協力がなければ無事に国に戻れる気がしない。
俺とトラビスは、ゼノの説明を聞き深く頷いた。