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話を聞き終えて部屋に戻るために扉の前で声をかけた。しかし反応がない。俺は無礼を承知で音を立てて扉を開ける。
「フィル様!」
「ラズール殿っ、待っ…」
中へ駆け込もうとして、動きを止める。俺だけじゃなく、トラビスや俺を止めようとしたゼノも動きを止めて、目の前の光景にくぎ付けになる。
灯りを点していない薄暗い部屋の中、ベッドで眠るフィル様と、フィル様を抱きしめる第二王子の周りが白く光っている。その光景があまりにも美しくて、声をかけてはいけない気がして、しばらく見とれてしまった。
しかしすぐに気づく。あれは魔法ではないか?第二王子がフィル様に魔法を使っているのでは?何の魔法か知らないが、余計なことをするな。
俺は腹に力を込めると、フィル様と第二王子に近づく。
「もうよろしいでしょうか?十分に二人きりで過ごせたと思いますが」
俺の声に反応して、第二王子がようやくフィル様から身体を起こす。目の縁が濡れ、青白い顔をしているが可哀想などとは思わない。自分のしでかしたことに苦しめばいい。だがこの先、もっと辛いことが待ち受けているぞ。フィル様に憎まれるという地獄が。
「リアム様…そろそろ」
「ゼノ…」
ゼノが第二王子を支えて立ち上がらせ、扉へと向かう。
第二王子の顔は、ずっとフィル様に向けられたままだ。
俺は内心で早く行けと悪態をつき、第二王子とゼノが部屋を出るなり結界を張った。そして急いでフィル様の様子を調べる。
「フィル様、大丈夫でしたか?」
特に変わったところはない。記憶が戻った第二王子がフィル様を傷つけるようなことはしないと思うが、明らかに何かをしていた。一体何をした?
トラビスも同じことを思ったらしく、疑問を口にする。
「なあラズール、二人の周りが光ってたよな。なんだあれは?」
「たぶん、第二王子が魔法を使ったのだろう」
「なんの?」
「さあな。国が違えば魔法のかけ方も違う。あの光だけでは何かわからない」
「そうだな。でもまあ、フィル様のためになることだろうな」
俺はトラビスに気づかれぬよう小さく舌を打つ。
トラビスは寛容すぎる。俺は第二王子を許せないのに、仕方がなかったと許している。バイロン国に入ってからのフィル様に対する第二王子の態度を見ていないから、おまえは怒るのだと言うが、だからなんだというのだ。しかも何もしないという約束で二人きりにしてやったのに、何かをしてたではないか。第二王子は信用ならない。
俺はフィル様の赤く染まる頬を撫でて名前を呼ぶ。
ピクリとまつ毛が動いたが、まだ目を覚まさない。
「ラズール、これを」
「ああ」
トラビスが差し出した白い袋を受け取り、数種類の粒を手のひらに出した。
二日間城に滞在した。薬のおかげでフィル様の顔色が少しよくなってきたので、いよいよ国に戻るために動き出した。
医師に礼を言って、まだ夜も明けきらぬ暗い中を出発する。
ゼノが話してくれた脱出方法は、王城の騎士が知らない道を進むというものだった。そんな簡単な方法でうまく逃げられるのかと不安でたまらなかったが、ゼノの言うことを聞く他ない。
城を出て一つの小さな村を通り過ぎ、次の街も通り過ぎた先にある森の中で、ゼノが馬の足を止める。ゼノの後ろにいる第二王子も、俺とトラビスの後ろからついてきたジルも止まる。
俺は腕の中のフィル様を抱きしめて「なんだ?」と低く聞く。
ゼノが馬を降りて俺の傍に来た。
「ラズール殿、あそこに小さな家が見えるだろう。あの家に住む少年は、フィル様の友達だそうだ。彼に協力してもらって国を出る」
「は?王城の騎士が知らない道を行くというのは」
「ああ、あれはウソだ。医師を騙すための」
「なに?あの医師は素晴らしい人物ではなかったのか?」
「確かに腕はいい。志も素晴らしい。だが金に汚くてな。俺達が城を出た直後に、第一王子に報せるために城を飛び出していったよ」
「…ジル殿が遅れて来たのは、医師を尾行していたからか」
「そうだ」
俺はフィル様を抱く腕に力を込める。
人とは信頼できないものだ。どれほどの優れた人物でも、何かしらの欠点がある。俺がこの世で信頼できるのはフィル様だけだ。
「それで?」とゼノに話の先を促す。
「あの家に住む少年はノアと言って、フィル様がバイロン国で腹を刺された時に助けてくれたそうだ」
「ああ…おまえがやったあの時のことか」
ちらりとトラビスに目をやると、「深く反省している」と言いながらトラビスも馬から降りてきた。
「ノアには先に手紙を届けて話してある。ノアが合流した後は、俺だけが国境までついて行く。リアム様が一緒だと目立つので、ジルと共に王城に戻ってもらう」
「そうか。それがいい。いつ俺が剣を抜くかわから…」
「ラズール!それ以上は言うなっ、不敬だぞ」
「なぜ?俺の主はフィル様だけだ」
「ラズール殿、もう少しの辛抱を。あの家の前に馬を並べると目立つ。ここに置いて行くぞ」
「わかった」
俺はフィル様に振動を与えぬよう、注意を払って馬を降りる。馬の手綱を木に縛りつけようとしていると、第二王子が傍に来た。そして「フィーを…」と腕を出してくる。
絶対に渡したくなかったが、相手は他国の王子。散々失礼な態度をとってはきたが、ここで無視をしてフィル様を返さないと態度を変えられては困る。
俺は渋々とフィル様を第二王子の腕に預けた。
第二王子はフィル様を抱きかかえると、愛おしそうに目を細めて頬を寄せる。
そのような顔をするほど好きなら、なぜ頭を打ったくらいで忘れたのだとまた腹が立った。