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朝、目が覚めたとき。
世界から、人がいなくなっていた。
カーテンの隙間から入る光が、やけに静かだった。
蝉の声も、車の音も、誰かの話し声もない。
少年――蒼(あおい)は、ベッドの上でしばらくぼんやりしていた。
スマホを見ても、通知はゼロ。
ニュースアプリも更新されない。
「……寝坊、した?」
独り言だけが、部屋に小さく響いた。
リビングへ行っても母はいない。
テレビをつけても砂嵐。
窓を開けても、マンションの駐車場には車だけが並んでいる。
まるで時間だけが止まって、世界から人間だけ切り取られたみたいだった。
最初の数日は、不安で仕方なかった。
コンビニへ行った。
スーパーへ行った。
駅へ行った。
どこにも人はいない。
けれど不思議と、荒れてはいなかった。
レジには温かいままのコーヒー。
駅の電光掲示板には、止まったままの時刻。
誰かが「ちょっとだけ席を外した」ような世界だった。
蒼は夜になると、屋上へ行った。
街の明かりはまだ生きている。
でも誰もいないビル群は、海の底みたいに静かだった。
その日も、蒼はフェンスにもたれて空を見ていた。
「……星、多すぎだろ」
すると後ろから声がした。
「わかる」
蒼は飛び上がるほど驚いた。
振り返ると、黒いパーカーを着た少年が立っていた。
同い年くらい。
少し眠そうな目をしていて、片手にコンビニのアイスを持っていた。
「……人?」
「たぶん」
「たぶんってなんだよ」
「いや、俺も確認できないし」
少年はそう言って、小さく笑った。
彼の名前は悠真(ゆうま)だった。
二人は、それから一緒に暮らし始めた。
理由は単純だった。
一人より、二人のほうが静けさに飲まれなくて済んだから。
朝は適当に起きる。
コンビニで朝ごはんを選んで、
今日はどこの家に行くか決める。
ゲーム屋で遊んだり、
誰もいない映画館で寝転んだり、
ショッピングモールのマッサージチェアを占領したり。
時々、自転車で遠くまで行った。
信号だけが律儀に赤と青を繰り返す道路を、二人並んで走っていく。
「なあ」
「ん?」
「もしさ、人類が俺らだけだったらどうする?」
悠真はペダルを漕ぎながら言った。
蒼は少し考えてから答える。
「……じゃあ、世界一人口密度低い親友だな」
悠真は吹き出した。
「なにそれ」
笑い声が、無人の街に遠くまで響いていった。
夏が来た。
38
二人は川辺で花火をした。
誰も怒る人がいないから、スーパーの一番大きいやつを持ってきた。
火をつける。
ぱちぱち、と音が鳴る。
その光が、悠真の横顔を照らしていた。
「綺麗だな」
蒼が言う。
「うん」
「でもなんか、すぐ消えるな」
悠真は少しだけ黙った。
「……だから綺麗なんじゃね」
火花が夜空へ散っていく。
誰もいない世界で、
その一瞬だけが確かに生きているみたいだった。
秋になるころには、二人とも「人がいないこと」に慣れてしまっていた。
慣れてしまったことが、少し怖かった。
本当に昔は、人がいたんだっけ。
学校とか、満員電車とか、コンビニの店員とか。
夢みたいに思える日があった。
ある夜、蒼はふと聞いた。
「なあ悠真」
「んー?」
「もし明日起きたら、人が戻ってたらどうする?」
悠真はソファで寝転びながら、少し考える。
「……たぶん安心する」
「うん」
「でもちょっとだけ、寂しいかも」
蒼は笑った。
「わかる」
静かな部屋。
冷蔵庫のモーター音だけが聞こえる。
窓の外では、風が落ち葉を転がしていた。
世界は終わったのかもしれない。
でもその終わりは、思ったより穏やかで。
少しだけ、優しかった。
蒼は眠くなって、目を閉じる。
隣では悠真が、もう寝息を立てていた。
明日もたぶん、静かな朝が来る。 続く