テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
鷹岸視点
ピーッピーッピーッ!!
セルフレジからけたたましい警告音が鳴り響き、僕はハッと我に返った。
「あ、すいません。まずはお会計を……」
「そうだな、すまない」
彼が慌てた様子で支払いを済ませると、再び僕と向かい合い、真剣に期待の眼差しを向けてきた。
針の筵のような居心地の悪さだ。かつての祖母にもその眼差しが向けられていたのだろうか。
正直に言ってしまえば、その期待に応えられる自信なんてこれっぽっちもない。でももし何かしらの形で、役に立つなら、生まれて初めて、誰かのためにこの「能力」を使ってみたい――不思議と、そう思えた。いや、登坂さんにはそう思わせるだけの力があった。
それはきっと、彼の目に嘘がなかったからだろう。
いくら他の客がいないとはいえ、まだ僕は勤務中だ。シフト上がりに従業員用の裏口で待ち合わせることを約束し、一旦は彼と別れた。
本当に不思議な人だ。初対面でいきなり死者に干渉する能力があると、手の内を明かすなど逆の立場なら決してまね出来ないことだった。
言い方を一歩でも間違えれば、オカルト思想持ちの変な人扱いされてもおかしくない。それでも躊躇いなく彼は打ち明けた。一体今までどんな世界で生きてきたのだろうか?
幸い僕には祖母という、味方がいた。その一方で僕にとっての祖母は複雑な存在だった。人として生きざまが格好いいし、肩書きの霊媒師を抜きに、能力者としても敬愛すらしている。その気持ちに嘘はない。
だが、彼女ほどの血筋を有していながら、僕はどうして、半分以下の半端な能力しか手に出来なかったのだろう。祖母は「あなたらしく生きて、私を無理に追わなくていい」と微笑んでくれた。
しかし、それが決定的な追い討ちとなり、僕は素直にその言葉を受け取れなかった。初めて偉大すぎる祖母を妬ましく思い、狂おしいほどに嫉妬した。
無理に背伸びをして、背中を追わなくていい。きっとそう言いたかったのだろう。その優しさが却って、僕に期待はしていないと言われたみたいで、刺のように僕の心に根を下ろしてしまったのだ。
つまり祖母は唯一の味方であり、どう足掻いても超えることが叶わない、絶対的な存在だった。
(じゃあ、登坂さんは?)
既に店を出た、彼を思って出入口を見る。
彼にそういった、味方と呼べる存在がいるのだろうか。ふと考えてみたが、あの切実な目を思い出し、少なくともいたらあんな目はしないはずだと気づいた。
それなら彼はずっと、味方が誰もいない常闇に呑まれた世界で、屈強にも一人で生きてきたことになる。思わず僕の体にゾクリとした悪寒が走った。寧ろ気付かないでいればよかったとさえ思ってしまう。そんな薄情な自分に自己嫌悪して、一人で自嘲気味な苦笑を浮かべた。
「お疲れ様でした」
数十分後、入れ替りで出勤してきた先輩に声をかけ、ゆらゆらと白い息を吐きつつ裏口から外へ出る。
既にそこには、彼が車をつけて待っていた。いよいよ逃げられないのだと覚悟を決め、ゆっくりと近づく。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。僕は鷹岸優斗(たかぎしゆうと)です」
やっと言えた。
思わず僕は深く深く息を吐いた。
僕にとって祖母は唯一の理解者であり、到底超えられない「壁そのもの」だった。そのためしれっと名乗れた登坂さんとは違い、名前負けした血筋という足枷があるため、軽々しく鷹岸姓を口にすることは憚られた。
これが初対面に関わらず、すぐに身元を明かせない、最大の理由だと自覚していた。
何となく気まずさから頭を下げて、彼の顔を見ないようにした。
#異能者
綾瀬リナ
32
のりまる
454
ゆ ぅ ナ . 【 🫧☔️ 】
202
期待はずれだとガッカリされるのが、きっと怖かったのだ。
頭上から感じる視線でおそるおそる顔を上げると、僕を労るようでいて、どこか後ろめたさが滲むような複雑な視線を投げかけていた。
おそらく僕の覚悟のほどを推し量るような目だったが、品定めするような下劣さがなかったため、何故か不快ではなかった。
「車内で話せないか?」
「分かりました」
そう促されて助手席のドアに手をかけたものの、急に不安が押し寄せる。僕はまだ彼のことをよく知らない。本当に応じていいのだろうか。ほんの少しの躊躇いが重くのしかかり、寸前で足がすくんでしまう。
覚悟していたはずだろう?
今さら怖じ気ついてどうする?
まるで最初から登坂さんに、僕の覚悟の弱さを見抜かれていたみたいだ。
チラッと視線を向けると、それでも、彼は黙って見守るだけだ。決して急かさない。会った時から常に僕の歩幅に合わせてくれている。そんな彼が差し出すさりげない静かな優しさに、妙なくすぐったさと、新鮮な安心感を覚えた。
「お邪魔します」
助手席に腰を下ろすと、彼もそれを見届けてから運転席に座った。
すぐに事件の凄惨な話が始まるかと思いきや、彼は僕の緊張をほぐすように、他愛のない雑談を始めた。最近のドラマ、好きな動物、趣味の話。
なんだかんだと、世間話に興じるうち、徐々に「話を聞かなければ」という、目には見えないプレッシャーが消えていくのが分かった。本来なら、すぐにでも事件の概要を突きつけて協力を仰ぐことも出来たはずだ。そうしなかった彼の気遣いに、僕は誠実さを感じていた。
(だったら、僕の答えは一つしかない)
僕はあえて自分から水を向け、事件の概要を切り出してもらった。
事の始まりは、ある母親から寄せられた「中学生の娘が帰ってこない」といった一本の通報だ。学校側に問い合わせても、部活の顧問が下校を見送ったのが最後。家族関係も友人間も良好で、家出をする理由がどこにもなかった。
当初は通常の失踪事件として捜査されていた。しかしある日、公園の砂場から少女の「上体」が見つかったことで事態は一変する。科学鑑定の結果、行方不明の少女のものだと断定され、さらに後日、人工芝が敷き詰められたドッグランの地面から、彼女の「頭部」が発見された。
「それは……妙ですね」
僕は思わず口を挟んでいた。
ドッグランの地面に埋め、その上から人工芝を被せていたというなら、明らかな隠蔽工作だ。しかし、公園の砂場に遺棄するというのは、あまりにも杜撰すぎる。まるで見つかっても構わないと言わんばかりのいい加減さに強い違和感を覚えた。なんだか、殺害した犯人と、遺体を捨てた犯人が別人のように噛み合わない。
「やっぱりそう思うか?君はなかなかいい勘をしているな」
彼によれば、署内でも意図的に隠されていた頭部は本犯、隠す意思が見られない上体は模倣犯や共犯者によるものではないか、という見立てで捜査が進んでいるらしい。
狭い車内。僕のすぐ後ろ、後部座席の辺りから、かすかに衣擦れのような音と、小さく震える吐息が聴こえていた。例え視ることが出来ずとも、彼女がそこにいることは分かった。
本人がいる前で「残りの死体パーツはどれくらいあるのか」を堂々と聞くのは、さすがに躊躇われ、僕は重要度の高い部位について尋ねることにした。
「どこが見つかれば、捜査が進展しますか?」
「やっぱり……腕だな。防御創や生活反応が確認できたら、一気に動き出せる可能性がある」
僕はバックミラー越しに後部座席を見た。やはり僕の目には何も映らない。自分にもその姿が視えたらいいのに。もどかしさと悔しさが込み上げる。けれど、そこにある彼女の「確かな気配」だけは、肌にピリピリと伝わってきた。
溜め息を一つ吐き、胸の中の覚悟が逃げ出さないようにしっかりと閉じ込めてから、僕は隣の彼をまっすぐに見つめた。
「分かりました。僕はあなたに――登坂さんに、協力します」
半端者の僕に何が出来るかなんてわからないけれど、やらなくて後悔するよりはずっといいはずだ。新たな一歩を踏み出すために、ようやく揺らいでいた覚悟が定まった。
コメント
2件
ちなみに本文の「ゆらゆらと白い息を吐きつつ」は、実際の吐息。明確には書いていないけど冬の景色+αで、協力するかしないか定まらない心情を描写。 それに対してラストシーンの「揺らいでいた覚悟」は、捜査に関わることを明確に決定する意思表示。だからあえて「いた」で過去形にしました。
読み終えました。第3話、とても良かったです。 鷹岸くんの「祖母という絶対的な壁」と「半端者の自分」という内面の葛藤が、登坂さんの誠実さと静かな優しさでゆっくり解けていく流れが丁寧で、じんわり来ました。特に「彼には味方がいなかったんだ」と気づくシーン、ゾッとすると同時に、それでも前に進もうとする覚悟に胸を打たれました。 猟奇殺人パートも、遺体の捨て方の違和感から「本犯と模倣犯が別」という仮説を導く展開が巧みで、続きが気になります。設定の核である「死者に干渉する能力」の描写も、無理がなくて自然です。次話も楽しみにしています。