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とりあえずサークル紹介コーナーを見てこようと、中島は背中を丸めたおかしな姿勢で建物の際のテントににじり寄った。
滑り止めと言っていたわりに気合十分じゃないかと呆れながら、梗一郎はその場に立ち尽くす。
案内係の学生らがこちらにチラチラと視線をくれる気配は伝わってくるものの、誰も近づいてはこない。
それもそのはずだ。
受験する予定のない大学、興味もない学科に講座。
梗一郎は無表情で俯いていたのだから。
人を寄せ付けない空気感をまとっていたとしてもおかしくはない。
自分が場違いなのは分かっていた。
周囲にいるのは一年後の自分を想像して胸躍らせる高校生たち。
そしてまさに学生生活を楽しんでいる大学生たちだ。
明るい表情と笑い声が、これほど似合う場所はない。
中島を放ってこのまま帰るか。
しかし日曜の昼という今の時間。
両親のいる家に帰っても楽しいはずがない。
ならばここで時間を潰すほうがマシか──通路脇に揺れる花を見下ろしながら、梗一郎は結論づけた。
くすんだ色合いの花を横目に、空いているベンチを探して振り向いたときのこと。
「わあっ!」
背に衝撃。大仰な悲鳴とともに、大きなリュックが梗一郎の周りを「おっとっと」と一周した。
とっさにつかんだのは、ブカブカのスーツに覆われた腕である。
「すみません。僕が急に動いたから」
「いや、俺がうっかり前を見てなかったから。うっかりというか緊張して。面接がもうズタボロだったんだ。ああ、終わった……すべて終わった。あっ、ケガはないかい?」
大事な受験生さんにケガをさせたら、就職どころか訴えられちゃうよ──なんて言葉が軽口に聞こえない。
緊張故か。
こんなところが何故濡れるのかと疑問に思うほどに、スーツ越しに触れる腕は湿っていた。
梗一郎が「大丈夫です」と頷くと、ようやく安堵したのだろう。
シワシワのハンカチをポケットから取り出すとせわしなく額を拭いだした。
何が入っているのやら。
大きなリュックを背負い直してこちらを見上げる人物は、どうやら講師の卵らしい。
面接がズタボロといっていたから、彼の将来のほどは分からないが。
「君、この学校を受験するのかい? うまくいったら来年、いっしょになれるかもね。ああ、でもダメだ。俺は面接がズタボロだった。ああ、きっとダメだ……」
頭を抱えてしまった。
情緒が不安定なその人物から、梗一郎は一歩身を引く。
高校生にも見える童顔なので、うっかり砕けた口調で話してしまいそうだ。
「僕は友だちの付き添いで来ただけなので」
この大学の受験生(ターゲット)ではないと分かると興味をなくすかと思いきや、童顔講師は「そうかい、そうかい」なんて笑って傍のベンチを指さした。
白いベンチに二人並んで座り、戸惑っているのは梗一郎である。
話題なんて何もないし、ひよっこ講師と仲良くなる必要もない。
彼の面接の結果がどうであれ、自分がこの大学に再び来ることはないだろうから。
童顔講師のほうは梗一郎の戸惑いなど意に介さない様子できょろきょろと辺りを眺めていた。
「この大学はずいぶん花が多いねぇ。来るときは緊張して気付かなかったけど、木もいっぱい植わっていて気持ちがいいねぇ」
「えっ? ああ、そうですね……」
言われてみればそうである。
ベンチの足元に揺れるくすんだ青い花に、手入れの行き届いた花壇。
頭上を振り仰げば木立にも白や黄色の花々が咲いている。
「君はどこの学校を受験するんだい? 何科を目指すとかあるのかい?」
「いや、僕は……」
言葉を濁すと、童顔講師は「違う違う」と両手を振った。
「別に勧誘しようとしてるんじゃないよ。俺が気になっただけ。だって高校生って、何だって選べるじゃないか」
「はぁ……」
気遣ってくれたつもりのようだが、何やら的外れな人物である。
「でも僕は選べないんですよ。親が会社経営なので、僕にも経営学部に行くよう言うので。他のところだったら学費は払わないぞって」
「えっ、どういうことだい?」
口にだしてから「しまった」と思った。
見ず知らずの挙動不審講師に話すことではなかった。
「べ、別にほかに行きたいところがあるわけじゃないんで。いいんです。大して興味はないけど経営学部で」
慌てて付け足すが、講師は大きな目でこちらを見返す。
「しまったな」という思いはますます大きくなった。
夢のない人間だ、つまらない奴だと思われたに違いない。
いや、別に初対面の講師にどう思われたって構わないのだが。
「そうかぁ。俺は苦学生だったから、親が進路を応援してくれるのはちょっと羨ましくもあるよ」
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「えっ?」
この講師、予想以上に天然だなと梗一郎は思った。
今の話は、どう考えても親が応援してくれているという内容ではないはずだ。
「あはは、そうですね」なんて愛想笑いを返したのは、若くして身に着けた処世術である。
さっさと切り上げようと、ベンチから立ち上がるタイミングを図っているときのこと。
童顔講師がふいにずるずるとベンチからずり落ちた。
「だ、大丈夫ですか?」
よもや気を失ったのかと慌てたが、彼は地面に座り込んで花をつついている。
「何がだい? 大丈夫だよ」なんて不思議そうに見上げる始末。
「ねぇ、この花なんだけど……」
ベンチの下にションボリと咲く青い花を摘むかどうか迷っているのだろう。
結局、手折ることを躊躇ったように花びらを撫でる。
「青い花なんて珍しいだろう。ネモフィラって名前なんだ。知ってるかい?」
「いえ、知らないです。たしかにめずら……」
しかし講師は梗一郎の返事など聞いてはいないようだった。
「よしよし」と撫でる手つきは柔らかくて優しい。
「花言葉があるんだ。知ってるかい?」
「いえ、知らないです」
講師のもつ独特の雰囲気に巻き込まれたくないと、梗一郎の声は少々硬かったろうか。
「どこにいたって成功する、だよ」
「えっ……?」
子どものような笑顔で、講師は彼を振り仰いだ。
同時に青の花が光に包まれる。
雲間から陽が顔を出したのだ。
胸に灯った温もりは太陽のおかげか。
「どこにいたって成功する……ですか」
「そうだよ。君はどこでだって大丈夫だよ」
軽やかに揺れるネモフィラに、梗一郎は目を細める。
未来には眩しい青がきらめいていた。