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詩音の前で俯いて泣いていると二階堂さんが来てくれた。


「荒井さん、大丈夫?」


私のすぐ傍に座って肩を撫でて慰めてくれる彼女は、とても心配してくれた。

辛く受け止めきれない現実がのしかかる。

うまく息ができない。


「ひっ……。う、う、うう……」


声にならない嗚咽が漏れる。二階堂さんは黙って私の背中をさすってくれた。

どのくらいそうしていたのだろう。彼女も仕事があるのに迷惑をかけてしまっている。これ以上迷惑をかけられない。


「すみません、二階堂さん。お忙しいのに……私のために時間を……」


「いいよ、気にしないで。今、一番辛いのは荒井さんでしょ」


「……」


「それに、これからのことをいろいろ説明しなきゃいけないの。今、付き添ってくれている方、旦那様じゃないのね。お話しようと思ったら代理の者だから、勝手に自分が話を聞くわけにはいかないって言われたの。……だから荒井さんに聞いてもらわなきゃいけない」


「混同させてしまってすみません」


「ううん、みんな色々事情があると思うから」


彼女はそう言って私に寄り添ってくれた。夫である光貴がいないことや、その代わりに新藤さんがいることについてなにも言及さなかった。

私は二階堂さんから説明を受けた。

医師から詩音の死亡診断書をもらえるので、それを役所にもっていって手続きをしなければならないこと、詩音を安置できるのは最低でも明日の昼くらいまでということだ。


「辛いときに力になってあげられなくて、本当にごめんなさい」


今、詩音を安置している場所は予備の処置室らしい。ここを明日の昼以降に利用するのだとか。

また、私が眠っている場所も処置室に入るための準備部屋で、本来入院する部屋ではないそうだ。


産科病棟へ移れば継続入院もできるが、詩音を安置しておける場所がない。個室に空きはないため、自宅などへ連れていくかそのまま火葬の手続きをするのがよいと勧められた。


ここは基本的に『こどもを治療する専門の病院』であるため、子供を産む産科がメインではない。わがままを言ってもどうにもならない。ただでさえ色々と配慮してくれることに感謝しなければ。


「ご配慮ありがとうございます。家族と相談してみます」


そうは言ったものの、明日まで光貴に頼れない。準備部屋の方ならスマートフォンの利用許可が出ているので、そちらに戻って早速手続きをすることに。

時間がないため、まずは火葬場に連絡を取った。

近々予約をできる日時がないかどうか聞くと、明日はひと枠空きがあるがそれ以降は予約がいっぱいで、しばらくは予約が取れないと言われてしまった。明日を逃すと詩音の火葬が結構先になってしまう。


明日……。急すぎるし、光貴にもなにも言えていないのに。


じゃあ、このままの状態で詩音を置いて光貴を待つ?

そうしたら詩音はどこへ置いておけばいい?

明日の昼にはなんとかしないといけないのに。


自宅に戻る?

それを火葬の予約が取れるまで続けるの?


そんなのいや。

ちゃんと空に還してあげたいし、このままになんてしておけない。



それより多分私が耐えられない。



冷静になれずに私はそのまま明日の予約を入れてしまった。しかも午前中の十一時しか空いていないから、至急退院手続きなどもやらなきゃいけない。できるかな……。


遠慮がちにノックがかかった。この部屋を訪ねてくれるのは新藤さんしかいない。そっと横開きの扉が開けられ、新藤さんの秀麗な顔が覗いた。


「大丈夫ですか?」


全く大丈夫ではないがそれを新藤さんに伝えるわけにもいかず、なんとか、と伝えた。


「すみません、成り行きで事情を聞いてしまいました。お困りですよね?」


どうやら新藤さんは二階堂さんに詩音の状況を聞いたらしい。しかし勝手に自分が決めたりできないから、私の伴侶ではないことを打ち明けたと詫びられた。


「どうされるか決められましたか? よければお手伝いしますよ」


困っているがこれ以上新藤さんに頼るわけにはいかないだろう。


「ご家族にお伝えできないからお困りなのでしょう? 私が最後までお手伝いいたしますよ」


「新藤さんっ……!」


「律さんのアーティスト気質な意思は、恐らくご家族には理解いただけないでしょう。このことをご相談すればすぐに光貴さんの耳に入ってしまう。それをあなたはいちばん恐れている。違いますか?」


ぐうの音もでなかった。新藤さんはすべてお見通しなのだ。


「……おっしゃる通りです。しかも火葬の予約が明日しか取れなくて。これを逃すと次はかなり先になるみたいで……思わず予約を入れてしまいました」


「それは……律さん、やはりご家族に相談された方がいいです。火葬までとなれば……」


「でもそうしたら光貴に伝わります!! 明日がライブ本番です。そんな日にわが子の葬儀なんて……っ。そのあとデビューライブで演奏するなんて無理です。絶対に失敗します。あの人のことは、私が一番よくわかっています。繊細だから最高のコンディションで挑まないと……潰れてしまいます。だから絶対言いたくないんです……」


どうするのが正解なのかわからない。

こんな大変な時にひとりで決断を迫られるなんて。


決して光貴を蔑ろにしようとか、そういうことではなかったけれど。

結果的には意図せずそうなってしまったわけで。



この決断がわたしたち夫婦に決定的な亀裂を入れてしまった。




そのことを知るのは、もう少し先のこと――


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