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「ただいま」


実家に帰ると、二階から美奈歩が下りてきた。


「おかえり! お兄ちゃん」


美奈歩とは四つ歳が離れているからか、喧嘩らしい喧嘩をした事がない。


周囲から『亮平はのんびりした性格だから』と言われるのもあるかもしれない。


美奈歩は朱里には当たりが強いらしいが、俺の目から見るとちょっと可愛い我が儘は言うものの、家族想いのいい妹だ。


だから知らないところで朱里が苦労していたのに、気づいてやれなかった。


「亮平くん、お帰り。朱里は延期みたいね。迎えに行ってくれたみたいなのに、ごめんなさいね」


若菜さんがリビングから出てきて、気遣う笑みを浮かべる。


「事情があったから仕方ないよ」


詳細を言う訳にいかず、俺は苦笑いして誤魔化す。


本当ならあのあと三人で上村家へ向かっても良かったが、速水さんがこう言ったのだ。


『予告せずいきなり俺が現れたら、ご家族に気を遣わせるでしょう。それに亮平さんだって、これから俺たちが挨拶に伺ったら落ち着かないんじゃないですか? 俺が朱里を呼んだと言っていいですから、一旦仕切り直ししましょう』


自分を悪者にしてでも周囲の事を考えられる彼が、とても大人に思えた。


『何より、朱里のメンタルを大切にしたいんです。彼女は今日の事で少なからず動揺していると思います。亮平さんとのわだかまりが解決したとはいえ、これから一緒に実家に帰る気持ちにはなれていないでしょう。誰も無理をせず、気持ちが整った時に晴れやかな気持ちでお話するのが一番です』


速水さんの言葉を聞いて、俺がいかに朱里の気持ちを考えていなかったか思い知らされた。


朱里だけじゃない。俺は元カノにも美奈歩にも、気持ちを確かめず『こうしたら嬉しいだろう』という推測だけで生きてきた。


本当は本人にきちんと確認し、何でも言い合える仲になるのが大切なのに。


速水さんに言われた言葉が胸を刺す。


『それで〝心の声〟が多いものだから、自分では納得して行動しているんですが、周囲からは『行動が突然』と言われませんか?』


自分では物事をよく考えるほうと思っていたが、第三者からそう指摘されるとは思わなかった。


速水さんははストレートに俺の本質を見抜いたが、決して〝攻撃〟してこなかった。


態度や言葉の底に敬意があったから、俺も彼の言葉を素直に聞けたのだと思う。


(敵わないな……)


横浜での事を思いだして苦笑した時、美奈歩が不満そうな声を出した。


「えー? 来るって言ってたのにドタキャン? あり得ないんですけど」


あとは俺が、きちんと美奈歩と話し合わないと。


「美奈歩、お土産」


そう言って、俺は用意していた高級ブランドのチョコレートを渡した。


四粒入りの小さな箱だが、味は確かなので土産としては上等なほうだろう。


「お継母さんも」


「あら、ありがとう~! コーヒー淹れるわね」


チョコレートのショッパーを見た若菜さんは、ウキウキしてリビングに向かった。


「美奈歩、ちょっと話があるんだけど」


「ん? 何?」


指で上を示すと、彼女は先に二階に上がっていく。


上村家は一般的な家の作りをしていて、両親は一階にある寝室で寝ていて、二階には洋室が四部屋とチェストや観葉植物を置いたホール、トイレがある。


二人で美奈歩の部屋に入ったあと、俺は床の上に座った。


「なに?」


彼女はソファに座って、ニコニコして尋ねてきた。


「……朱里の事だけど」


だがそう切り出すと、美奈歩の表情が分かりやすく曇る。


「……言いにくいけど、俺に見えないところで朱里を悪く言ってた?」


尋ねると、美奈歩は顔を強張らせて言った。


「あの人に言われたの?」


どう言ったらいいものか考えていると、みるみる美奈歩の表情に嫌悪が含まれていくのが分かった。


その表情を、俺は今まで何回も見ていた。


見ていながら理由を考えようとせず、目を逸らして自分の事だけを考えていた。


(……だから朱里が傷付いていたんだ)


反省すると同時に、美奈歩だけを悪者にしてはいけないと思った。


両者の意見を聞かずに、一方の言葉を鵜呑みにして誰かを糾弾するほど、俺も愚かではないつもりだ。


「……美奈歩、話し合おう。今まで耳を貸してこなかった分、美奈歩の言葉を全部聞く。両親が再婚したあと、お前は若菜さんや朱里をどう思っていたか、俺にあまり話さなかった。俺も忙しいふりをして向き合ってこなかった」


「……そう思うようになったのは、あの人のせい?」


美奈歩は拗ねた表情で尋ねる。

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