テラーノベル
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「――それ、そんな、溶けにくいミルクだったのか?」
あんまり激しくかき回し続けたもんだから、柳川に怪訝な顔をされてカップの中を覗き込まれて……。
思いのほか顔が近くに寄せられたことにビックリした私は、「ひゃっ」って小さく声を漏らして、スプーンを持つ手をぎこちなく離した。
途端飛び跳ねたティースプーンがコーヒーの表面を叩いて、カップから小さな飛沫が上がった。
それはあろうことか柳川の白いTシャツを濡らして。
「はわわわわっ、ごめっ」
白いTシャツに、コーヒーの茶色いシミ。
早く洗わないと落ちなくなっちゃう!
テンパる余り「早く脱いで!」とか、とんでもなく大胆なことを言って柳川の服を引っ張って。
襟首の隙間から胸の辺りがちらりと見えたことに驚いて「きゃっ、ごめんっ!」って真っ赤になって手を引いてのけぞった。
慌てふためきすぎて、グラリと傾いだ身体が後ろに倒れそうになったところで
「わ、バカっ! 危ね!」
寸でのところで柳川にグッと腕を引っ張られて救われる。
「あ、ありがと……」
お礼を言いながらも、頭の中では触れられた所がものすごく熱くて「どうしよう!?」ってひゃーひゃーなってるの。
ドキドキしすぎて馬鹿みたいに騒いでいる心臓の音を柳川に聞かれてしまいそうで、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「本っ当、鳴宮ってドジ」
クスクス笑いながら、「お前、今日はまだ素面だよなー?」って頭に手を乗せられて、ゆるゆると撫でられた。
柳川の大きな手の感触に、私、もうキュン死する寸前で。
限界を迎えた心臓が、キューッと小さく音を立てて、極限まで縮こまってしまった気がしたの。
どうしよう、柳川。胸がものすごく痛いよ……。
「や、ながわの、せい……だもん……」
心臓が壊れてしまうんじゃないかと思って、無意識にブラウスの胸のところを片手で握って小さく抗議の声をこぼしながら柳川を睨んだら、存外近くで目が合ってしまった。
お互いの前髪の毛先が触れ合ってしまいそうなぐらいの距離に、ぶわりと頬が熱を帯びる。
途端、柳川が慌てたように掴んだままだった腕を離して、顔を背けてしまった。
「わっ、悪ぃ、頭撫でたりして。俺、すっげぇ軽率だった」
柳川は私のことを4つ歳の離れた双子の弟たち同様、歳の近い妹か何かみたいに思っているのかな?
今みたいに無意識に頭をポンポンッてされたこと、よく考えてみたら1度や2度じゃない。
その度に、私は恥ずかしさに硬直したり、照れ隠しで憎まれ口を叩いたり。
けど、喜びこそすれ、私はそれを嫌だと思ったことは、ただの1回もないの。
寧ろ柳川に触れられるのは大歓迎だよって切ない吐息を落として。
そこでハッとした。
私、まだそのさんと付き合ってることになってるんだ……。
そういえば、フリーの時に触れられたことはあったけれど、そのさんと付き合うようになってからはこういうスキンシップ自体なくなっていたんだと、今更のように気がついた。
柳川が幼馴染みちゃんにフラれた直後というのもあったと思うけれど、考えてみたらあの飲み会以後、私たちは不自然なくらいギクシャクしていて。
私が幼馴染みちゃんの陰に怯えまくっていたように、柳川は柳川で、そのさんと私の関係を意識していたのかも。
――それに気付かないとか……私の、バカ、バカ、鈍感!
重くなった空気を誤魔化すみたいに
「服……」
言って柳川のTシャツの汚れを指さしたら、「ああ、これ。結構目立つな。――なぁ、鳴宮。俺、一旦家に帰って着替えてきていいか?」って聞かれて。
私はコクン……とうなずいた。
さすがにこのままの格好で行動するのは柳川だって嫌だよね。
「20分ぐらいで戻って来れると思うから。洗濯終わったら、すぐ出れるように支度して待っといてくれ」
そう言って玄関を開けた柳川を、「あ! ちょっとだけ待ってて」と引き留めると、私はさっき出したのとは別にしてあったクッキーを、可愛い絵柄の入ったジップロックに移し替えた。
そうして、誰かに何かを渡すときに使えたら、と棚のすみっこによけてあった小さな手提げの紙袋に入れて差し出す。
「えっと……私が焼いたクッキー。あんまり数がないけど……一応チョコと紅茶とプレーンのが入ってる。――よかったら……弟さんたちに」
綺麗にラッピングして、とまではいかなかったけれど、急ごしらえにしては上々かな。
本当は「弟さんたちと」って言いたかったのに、何となく恥ずかしくて「に」って言っちゃったの、ちょっと残念だったな。
私が1番食べて欲しいのは柳川だったのに。
差し出された紙袋を見て、柳川は一瞬瞳を見開くと、「サンキュー。みんなと一緒に食べさせてもらうよ」って言ってくれた。
私は、言えなかった言葉を柳川に汲んでもらったような幸福感に包まれて、ほわりと胸が温かくなる。
梅雨の長雨と、親友のお節介のおかげで、ほんの少しだけ柳川と久々に〝心が〟近付けた気がする。
このまま進展していけたらいいな。
それもこれも、そのさんとの集まりがどうなるかに掛かってくるのかな?って思いながら、柳川の姿が見えなくなるまでアパートの外廊下で見送った。
コメント
2件
ことりちゃんが柳川くん好きなのひしひしと伝わってくる!
わあ、もう胸がいっぱいです……!コーヒー飛ばしちゃうドジな鳴宮さんと、それに戸惑いつつも咄嗟に手を引く柳川さんの距離感が絶妙でした。心臓がキューッとなる描写、すごく共感しました。クッキーを「みんなと」って言い直してくれるところ、グッときました……!このまま2人の距離が縮まる展開、すごく応援したくなります🤍
水羽凛
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