けれど今の職場では出会いはないし(会計士の男性二人は既婚者で事務は全員女性だ)、男性を紹介してもらえるような知人友人の当てもない。自分からアクションを起こさないとどうにもならない状況なのだ。
だったらさ、と倫之が実に気軽に聞こえる口調で言ったのは。
「俺と付き合えば?」
「────はい?」
数秒、頭が空白になるような提案だった。
同窓会会場のホテル入口前で、立ち止まって深呼吸した。
「めっちゃ緊張してんな」
隣の倫之が、気軽な口調で言ってくる。この提案をしてきた時と同じような。
「緊張するわよ。当たり前でしょ──あんたは気楽そうね」
「昔の同級生と先生に会うだけだろ。なに緊張すんだよ」
それはそうかもしれないが、これからすることを思うと、緊張せずにはいられない。倫之と二人して、同窓生たち相手に、大芝居をしようというのだから。
……二ヶ月前、三月のあの日。
呆然としている私に、倫之は提案の理由を説明した。
『俺もいま相手いないしさ。フリーだってわかるとめんどくさい相手が寄ってくる可能性あるし、ちょうどいいんだよ』
『めんどくさい?』
『まあ、いろいろな』
彼は濁したが、想像はつく。
勤め先は一部上場の大企業、そこの営業部でトップの成績を出し続け、三十前で係長になり、来年あたりには課長への昇進もあり得る(本人談)──となれば、結婚における優良物件として狙う女性が少なからずいるだろう。
『でもあんただったら会社で出会いもあるだろうし、中にはいい人もいるでしょ。付き合ったりする気ないの』
『いい人だからって好きになれるとは限らないんだよ。俺だってこの歳になったら考えることもある。これから付き合うなら結婚を視野に入れた付き合いをしたい』
思いがけず真面目に語られて、毒気を抜かれた。
けれどすぐに、矛盾を感じて尋ねる。
『だったら、私と付き合うってのはおかしくない? 結婚を考える対象にならないでしょ』
『けどおまえだって、彼氏いないと同窓会でカッコつかないって思ってんだろ』
『……それは、否定しないけど』
『利害の一致ってやつだよ。お互い、これからそれ用の相手探すよりよっぽど良くない?』
私は周りからの好奇の目を、こいつは外見や肩書きで寄ってくる女性を避けられる、ということか。
『──それは、そうかもね』