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と思って提案に乗る形になってしまったあの時の自分に、もうちょっとよく考えろと今は言いたい。
私がいま緊張しているのは、恋人同士を演じるからだけではないのだ。
「これ、おかしくない?」
「似合ってるって。何回も言っただろ」
倫之は迷いなく言うが、私は不安でしかたない。
こんな華やかな色とデザインのドレスなんか着たことないし、値段を思い出すと震える。
仕事用のスーツで行こうとした私に、もっと着飾った方がいいと言ったのはこいつだった。
『どうせ芝居するなら、それ用の衣装を着た方がいいだろ』
などと述べて、ひと月ほど前の休日に私を、顧客に紹介してもらったというドレスショップに連れて行った。
どうやら予約していたらしく、待ち構えていた店員さんたちに取っ替え引っ替え「似合いそう」なドレスを着せられ、ようやく決まったと思ったら次はアクセサリーの選択。
ほぼ一日がかりの作業にぐったりして、どんなコーディネートを選んだ(というか倫之と店員さんに決められた)のか、家に届くまで忘れていたぐらいだった。
色合いこそ抑えめながら、ワインレッドのコードレース生地に、同系色のチュールが重ねられているドレス。スカート丈はギリギリ膝下でノースリーブ。季節を考えて藍色の半袖ボレロを合わせている。
露出は少なめだけど、友達の結婚式でも着たことのないデザインとカラーは、自分だったら絶対に選ばなかっただろう。
そこに、二連のパールネックレスとビジューイヤリングの組み合わせ。全部レンタルではあるけど、私の知るレンタル価格とは桁が違った。
お似合いですよと店員さんには言われた気がするし、倫之も尋ねるたびにそう言うけれど、何度鏡を見ても「服に着られている」感覚が消えなかった。
変な目で見られたらどうしよう、うっかり汚したらどうしよう。
この期に及んでもじもじしていると、倫之にぽんぽんと背中を叩かれる。
「大丈夫、由梨は元がいいから。自信持てよ」
「あんたに言われても信じられないんだけど」
「ほんとだって。ほら、受付行くぞ」
手を握られ、ホテルの中へと足を踏み入れる。
この「芝居」をすることになって、不自然に見られないように何度か「練習としてのデート」をした。手を繋いだこともあるけれど、いまだに慣れるところまではいかない。