第11話:共鳴盗の旋律
都市樹の南側、通話樹脈帯(つうわじゅみゃくたい)。
このエリアでは、ハネラの命令歌が枝から枝へと伝達され、都市全体に命令が巡る。
通信の中心であるがゆえに、もっとも繊細で、もっとも制御が厳しい領域だった。
その日、その区域で――異常な命令信号が観測された。
「……コードが合ってるのに、枝が暴走してる」
ルフォは薄く羽を開き、枝先にとまっていた。
金色の羽は光を反射しながらも、先端がわずかに波打っている。
彼の尾羽は、焦げ茶の縁が重く沈んでいた。
隣にはシエナ。
ミント色の羽をきゅっと引き締め、尾羽を軽く上下に揺らす。
それは「感じている、でも言葉にできない」という信号だった。
ふたりの視線の先では――
一本の枝が、命令されていないのにうねり、都市樹に異音を伝えていた。
命令は合っている。
構造も壊れていない。
なのに反応が暴走する。
「命令そのものが……“盗まれてる”?」
ルフォが声を落とす。
それは、“共鳴盗(きょうめいとう)”と呼ばれる特殊な技術だった。
――共鳴盗とは
本来、命令歌は個体の羽音、発声のクセ、振動パターンを含んで認証される。
だが、ごくまれに、他者の命令歌を“共鳴のままに複製”する技術者が現れる。
それが、共鳴盗。
コードそのものは盗まず、“響きだけを真似る”ことで反応を誘導する。
それは命令ではない。
けれど命令のように都市を騙す。
その枝には、明らかに別個体のコードが刻まれていた。
そして、それが放つ旋律は――
どこか、古代歌の断片と似ていた。
「……この音。あのときの“無命令歌”に、すごく近い」
ルフォが息をのむ。
彼の中で、命令の正しさが、また揺らぎ始めていた。
そのとき、ウタコクシが震える。
シエナの肩で小さな翅を鳴らし、録音ではなく共鳴の音を響かせた。
途端に、枝の暴走が静かに収まり始めた。
「……虫の共鳴で、命令が解除された……?」
ルフォの金色の羽が震える。
都市を動かしているのは、本当に命令だけなのか?
それとも、“感じた存在”に反応して、都市そのものが判断しているのか?
都市が“命令”に盲目的に従っているわけではない――
その可能性が、ふたりの胸に刻まれた。
最後に、シエナは枝に反射光を送った。
尾羽で、短く、穏やかな間隔で。
「もう命令しなくていい。ここにいるよ」
その光に、枝がゆっくりと応えた。
命令でも命令盗でもなく、“気配”と“共鳴”への返事だった。
都市の奥に、
誰かがコードを真似し、
命令を装って、
ただ“つながり”を求めている存在がいる。
それが、真の共鳴盗かもしれなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!