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第12話:詠唱士たちの誤命令
都市樹の中層、“律機核帯(りっきかくたい)”。
この層は命令歌の正確さを確認・分解・再構築する領域であり、
高位詠唱士(えいしょうし)たちが都市の中枢命令を調律している。
今日も、金属のような音と透き通る高音の歌が空気を揺らしていた。
「コードに異常はない。なのに、反応が遅延している」
詠唱士カイフが眉を寄せる。
濃い緋色の羽根に黒紫の縁取り、尾羽は扇形で大きく目立つ。
その威圧感は、操作士見習いだったルフォにとって、近寄りがたい存在だった。
そのルフォも今日は、律機核帯に呼ばれていた。
彼の金色の羽はしっかりと手入れされ、反射のムラもない。
だが、枝を踏む足取りには、どこか迷いの影が混じっていた。
「この命令歌、“音”は正しい。
でも、虫がまったく反応しない」
カイフの一言に、場が静まり返る。
虫が反応しない──それは、命令の“命”が通っていないということ。
「共鳴盗の影響か?」
「いや……それより、“命令の意味”が失われている」
そう語ったのは、別の若い詠唱士。
声には焦りがあり、翼の内側が湿っていた。
ルフォはその歌を聴いた。
確かに旋律は完璧だ。
でも──“響いてこない”。
命令歌は、意味だけでは動かない。
“感じ取る対象”がいなければ、命令として成立しない。
それに気づいた瞬間、ルフォの背筋が冷えた。
「……都市が、“命令を聴きたがっていない”?」
彼の問いに、誰も答えなかった。
そこへ、シエナが現れる。
ミント色の羽に、透明な尾羽。
彼女は静かに、ウタコクシを肩に乗せたまま、中央の枝へと降り立つ。
彼女は歌えない。
だから詠唱士たちは、彼女を招いた覚えはない。
だが、彼女の光が、
尾羽から反射されて、律機核帯の枝をわずかに震わせた。
反応したのだ。
詠唱士の歌では動かなかった枝が、
命令でも音でもない光の気配に、わずかに揺れた。
「……命令じゃない“関係”が、この都市を支えていたのかもしれない」
ルフォが、呟くように言う。
カイフは黙ってその様子を見ていたが、やがて翼を下ろした。
「詠唱は、響かなくては意味がない。
音だけで動く都市など、どこにも存在しない」
それは、詠唱士たちの時代が、終わり始めているという静かな宣告だった。
そして、都市樹の奥深くで──
記録されなかった誰かの歌が、もう一度目を覚まそうとしていた。