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秘密のお茶会から2日後、ティアから伺ってもいいかと手紙が届いた。貴族寮と庶民寮と別れていて、貴族寮の上に庶民寮がある。どちらも行き来できるのだが、無用な争いを避けるため、基本的に庶民寮から貴族寮へと足を運ぶものはいない。
私は、あのお茶会の夜に、ジョージアへ贈るための懐中時計のデザインを作っていた。
アンバー領の者が作る場合、公爵家の家紋を入れることは特に問題視されないので、アンバー領の商人の子であるニコライを通じて頼もうと思っている。
お茶を飲みに来てというくらいの軽い感じで共同の客間へ明日の夕方来れるかとティアに手紙を送ったら、すぐに返事がきて、落ち合うことになった。
部屋に入ると、伺いを立ててきたティアと商談の話を店主に通してくれると言ったニコライ、ニコライの父であろうそっくりなそれでいて油断ならなさそうな男性が立っている。
「お初にお目にかかります、アンナリーゼ様。アンバー領にて商いをさせていただいていますビル・マーラと申します。以後お見知りおきくださいますようお願い申し上げます」
商売用の笑顔を貼り付けているが、初めて会う私に対して多少の緊張はあるようだ。なんせ、貴族の令嬢なんて、無理難題を言うものと相場が決まっている。それに応えられないでは、商会は潰れてしまうこともあるのだ。全く繋がりのない私に警戒するのはいいことだ。
「そんなに緊張しないでちょうだい。ニコライとは友人なの」
そういうと、にわかには信じられないという表情を向けたあと、ニコライの方を見た。頷く息子にやっと話を信用をしたようだ。当たり前だが、貴族がニコライを友人だというのは極めて稀なので、心配もしていたのだろう。
「それでね、少しお願いを聞いてほしくてニコライに相談したのよ。私と商談に乗ってくれるかしら?」
ビルに視線を向けると、父親からの合図があり、ニコライが前に出てきた。ニコライが私との商談をし、ビルがそれの判断をするというようだ。
「私が、今回の商談に応えたいと存じます。お許しいただけますか? アンナリーゼ様」
「もちろんよ! ニコライは今回の商談のきっかけになった方ですもの!」
「ありがたき幸せ」と言っているニコライが少しおかしい。貴族との初商談なのだろう。とても慎重だった。
「では、進めてもいいかしら?」
「はい。どのようなモノをご所望でしょうか?」
ニコライに言われ、私は持ってきたポーチの中から、自らがデザインした懐中時計のデザイン画を見せる。ティアは職人らしく、そのデザイン画に釘づけだったし、ニコライは感嘆の声を上げている。ビルは、とても厳しい目を向けていた。
「これを作ってほしいの。アンバー公爵領の人間が作るなら、公爵家の家紋は入れられるはずよね?」
私に返事をしたのはニコライではなくビルであった。ビルは、とても難しい顔をしている。何か問題があるのだろう。
「確かに、アンバー領の人間であれば公爵家の家紋を入れることは可能です。しかし、それができるほどの技術を持った職人が今はアンバー領にいません。なので、こちらは……」
ビルは、悔しそうに言っている。用意できるものなら、用意したいのだろう。
「では、代替品です。これならどうですか?」
代替品のデザインは薔薇であった。これならできるだろうと思ったが、これも難しいというビルの話になる。
目の前でうずうずしている職人がいるのだけど……と、おかしくなる。
「では、そちらで、時計職人を用意できますか?」
「時計職人ですか? もちろんそれはできますが、でも、デザインは……」
無理だとニコライも言い出す。そう、ニコライにはよく考えてほしい。あなたの隣には、素晴らしいデザイナーであり宝飾職人がいるのだから。
「時計職人に時計の部分だけ請け負ってほしいのです。あとは、こちらの指定する宝飾職人を一時的に雇ってくだされば、これくらいのものならできます」
優秀であろう二人がわからずにいるが、隣でティアがうずうずしてきた。いまかいまかと、デザイン画に飛びつきそうな勢いである。
「その宝飾職人の手間賃、材料費、時計職人の支払について私が全て払います。これくらいのものだと……どれくらいが相場かしら?」
完成したものは売ったことがあるようだが、職人を雇って作ってそれを売るという発想はなかったらしい。少し考えているビル。
「そうですね。相場は、500万というところです」
ニコライが相場をいう。王都での大体の相場はわかっていたので、その値段は安すぎだと思った。
「わかりました。手間賃も合わせて600万お支払します。今は、手持ちがないので、今度来てもらった時に用意するということで大丈夫かしら? 」
「大丈夫です。あの、失礼を承知で……」
「えぇ、わかってるわ。証文ね。書きますよ。契約書、出してくださる?」
貴族令嬢がそんなことを知っているわけがないとビルは説明をしようとしたが、遮って証文を出すように先に言うととても驚いている。
「アンナリーゼ様は博識なのですね?」
ニコライに言われたが、たぶんそうなのだろう。勉強は苦手だけど、こういう知識は豊富だ。でも、あえて言葉にはしないでほんわりとほほ笑んでおく。
「そうね、宝飾職人の名前もここに入れましょう。ティア、もちろん受けてくれるわよね?」
デザイン画をうっとり見ていたティアは呼ばれて驚いている。
「えっ!? 私が作るんですか?」
「そうよ? 私、あなたほどの職人見たことないもの。とても大切な方への贈り物なの。お願いできないかしら?」
ティアは私が描いたデザイン画と私を見比べている。
「アンナリーゼ様、さすがにティアでは力不足ではありませんか?」
ニコライに指摘されるが、ティアの職人としての技術と探求心、向上心を知らないのかと残念に思う。
「ティアの腕が心配なら、ニコライとビルにティアの作品をお見せしましょうか?」
なんとなくティアの実力を軽く見られそうな気がしたので、先日頼んでできたばかりの髪飾りを私の髪から抜き、目の前に置く。それを見た二人の目が商売人特有の光をともしたのがわかった。私は、勝ち誇った気分だ。
「こちらは、先日納品されたばかりのもの。ティアがデザイン画を描き、職人として作ったもの。商人の娘である彼女は、商売よりこちらの方に才能があるようね……」
流行の先端にいないといけない上級貴族として、常に新しいものを社交の場へ行くときは身に着ける。今の流行りは真珠。髪飾りにはふんだんに真珠をあしらったものを作ってもらった。エリザベスの宝飾品のアイディアの元となったものだ。要所要所にきちんと宝石も入れてあるので、真珠の白さも照りもぐっと上がってほんのり光り輝いている。
「これが……まさか……」
「ティアは宝飾商人の娘ですので、交渉はそちらでしてください。出来上がったものを買い取ってもいいですしね」
「いやはや、アンナリーゼ様がされていた髪飾りはとても素敵なものだと、一目見たときから思っておりましたが、こちらのお嬢さんが作られたものだったのですか……名だたる名工のものだと勘違いしておりました。感服しました!!」
ビルもティアのセンスに気づいたようだ。これなら、任せられると太鼓判を押す。
「交渉につきましては、こちらでさせていただきます。先ほどのお値段で揃えさせていただきますので、今後とも、息子ともどもマーラ商会をよしなにお願い申し上げます」
「こちらも交渉できてよかったわ。今後も、定期的に取引させていただけるようで何よりです。私、とってもわがままなので、要求ももっと厳しくなるかもだけど、取引したくないなんて言わないでちょうだいね?」
ホホホ……と笑むと、「もちろんでございます」とビルが悪い笑みを浮かべている。ちなみに、今回の相場、材料費込、人件費込で1000万はくだらないだろう。だから、赤字なはずだ。
「あっ! そうそう、職人の人件費は削らないでね。宝石類もいいものにしてくださいね。公爵様も見られるかもしれませんので……」
少し、脅しておこう。なんせ赤字の仕事をさせるのだから。ビルとニコライは、「畏まりました」と快く返事をしてくれるのであった。