テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
沙織とシュヴァリエの足下には――ついさっき、二人で倒したばかりこ大きなドラゴンが、石の地面に沈んでいる。
ドラゴンの巣穴だったらしき場所。岩肌の壁が縦に裂け――瘴気を出し続けていた。
瘴気で視界が霞む中、ようやくその穴を見つけ出した。
「原因は、ここの亀裂ね……」
「その様です。これを塞げば魔物の凶暴化が止まるかと」
かなりの数の魔物は倒したが、次々と増えて行くので、根本を解決しなければ意味がない。瘴気の影響さえなければ、凶暴化はしないはずだ。
人の生活を脅かさなければ、魔物が迷宮に住んでいたとしても問題は無い。
魔物の素材が貴重だということは、沙織も学園で学び理解している。とはいえ、乱獲するのはいかがなものかと思っているのだ。
「さて……と、この亀裂をどうやって塞ぎましょうか?」
「何か穴を塞げる材料があると良いのですが」
シュヴァリエに言われて、きょろきょろと辺りを見回す。沙織の視線が――床に倒れたドラゴンの、硬そうな赤い鱗に止まった。
「このドラゴンの鱗……使えないかしら?」
「確かに、使えそうです。この鱗でしたら、武器にも加工できる素材ですね。やってみましょうか」
早速シュヴァリエは、ドラゴンの上に乗って鱗を引き剥がした。かなりの大きさだったドラゴンの鱗は、一枚で盾が出来てしまいそうだ。
何枚か渡された鱗を、亀裂の部分に当てて溶接のイメージを膨らませる。
高温の熱で溶けていく鱗は、亀裂の溝に流れ込み穴をどんどん塞ぐ。何度か繰り返して行くうちに、穴は綺麗に塞がった。
沙織のステータスプレートには、火属性は載っていないが。ステファンに言われた通り、やはり全属性だったみたいだ。
「これで、完全に塞がりましたね」とシュヴァリエは、もう沙織のやる事に動じなくなっている。
「……そうね、あっ。でも、念のため!」
塞がったばかりの壁に、両手を当てて魔力を流した。万が一、また漏れては困るので更に光のコーティングをしておく。これで、絶対に瘴気は通ることは出来ないだろう。
亀裂があった場所を、沙織はじっと見つめ、塞がったばかりの亀裂部分をそっと撫でた。
(きっと、この先にステファンのお母さんが居る……。次は、貴女に会いに行きます。あなたの息子を助ける為に)
沙織のそんな気持ちを察したのか……シュヴァリエは、ただ黙って見ていた。
「では! お土産を持って帰りましょうかっ」
クルッとシュヴァリエに向き直り、沙織は明るく言う。
「お土産……ですか?」
不思議そうな顔をしたシュヴァリエに、さっきのドラゴンを指差し、沙織は悪戯っ子みたいに笑って見せた。
そして――。
武器の素材になりそうな、ドラゴンの鱗、爪、牙を収納の魔道具に仕舞って、迷宮を後にした。
洞窟から出ると――。
今までの淀んだ空気が嘘のように、澄み渡っていた。森の出口に近付く頃には、いつの間にか夜も明けて、美しい朝焼けの空が二人を迎えているようだった。
途中で睡魔に襲われ、眠気が限界に達した沙織を背負って、シュヴァリエは森の出口に向かって歩いている。
背中に、沙織の温もりと重さを受け止めて、幸せを感じながら――。
◇◇◇
森を出たところで、シュヴァリエに気づいたアレクサンドルとオリヴァーが、慌ててやって来た。
一瞬、二人はシュヴァリエに背負われている沙織に、何かあったのかと青くなったが……。
あまりにも、気持ち良さそうな寝顔を見て笑みが溢れた。
うら若き令嬢の寝顔を、三人もの男性に見られた事が、あのアーレンハイム公爵やベテラン侍女にバレたら――……。
この出来事は、シュヴァリエ、アレクサンドル、オリヴァーだけの秘密にした。
それから砦に戻ると、幸せそうに寝る沙織を柔らかいベッドに寝かせ、シュヴァリエは、アレクサンドルとオリヴァーと共に報告に向かう。
シモンズ辺境伯に洞窟の中で起こっていたこと、瘴気の出ていた穴を沙織が塞いだことを伝えた。――あの山からの、呪いが影響していたであろう仮説は省いて。
証拠として沙織からの、お土産もしっかり渡しておいた。
まさかの、ドラゴンまで倒していた事に辺境伯は愕然とし、先の癒しも含めて――沙織を神々しく敬うようになってしまった。
シュヴァリエとアレクサンドルは、目が覚めた沙織の反応が想像ができ、顔を見合わせ……深い溜息を吐いた。
◇◇◇
――数時間後。
「んーーっ!」
と伸びをして、気持ち良くスッキリと目が覚めた沙織。
(あれ……私ってば、いつの間に眠っちゃったのかしら?)
軍服のまま眠っていたことに気づいて、以前カリーヌに教えてもらった、洗浄の魔法を自分にかけた。サッパリすると部屋を出る。
部屋の外ではシュヴァリエが待機していた。
「シュヴァリエはもしかして、ずっとここに?」
「はい。ですが、ちゃんと休んでおりましたので、ご心配には及びません」
先にそう言われてしまい、そのまま辺境伯の所へと案内された。
「サオリ様、アレクサンドル殿下、ステファン様。お陰様で、魔物も、レイジーナの暴徒も全て抑えられました。此度の事、誠に感謝しております」
シモンズ辺境伯から、丁寧過ぎるほど何度もお礼を言われた。あまりに大袈裟な態度に、沙織は首を傾げつつ……怪我人を全て癒して、三人でシモンズ領を後にした。
オリヴァーは、全てが片付いたら学園に戻るそうだ。
帰りも沙織はシュヴァリエの馬に乗って、今度はのんびりと王都へ向かった。
(なんだろう……。シュヴァリエが近くに居ると安心できる)
少しずつ大きくなる、シュヴァリエの存在に――沙織自身まだ気づいていなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!