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約束の金曜の朝・・・・
くるみは過労と睡眠不足で頭がまともに働かなくなっていたが、やけに早く目が覚めてしまったのでシャワーを浴び、身支度に念入りに時間をかけた
あれから洋平とは少しLINEで連絡を取り合って、金曜日の朝にくるみの家に彼が車で迎えに来ると連絡をうけた
結婚式に帰省するための荷造りをしながらぼんやり考える
あの韓国カフェで二人ディナーをした時から・・・
なんだか自分はおかしい
忙しく仕事をしていてもフとした時に、洋平の笑顔が生き生きと脳裏に浮かぶ
それはクルミの中で思いがけない瞬間に幻となって現れて・・・・どういう訳か頬が熱くなる
彼のあの笑顔はチーズフォンデュを食べた時のように、とても暖かくて抵抗できない何かがあった
なんだか今は洋平の事で頭がいっぱいで誠や麻美・・・あの二人を思っても胸はそんなに痛まなかった
今週末は彼が自分の盾となってくれる、それに彼はとても人懐こくて愛想が良い、今では彼の内面もとても好感が持て、あの時のディナーは彼と一緒にして楽しいと思わせてくれた
結婚式に連れて行けば、年配の叔母やロさがない近所の母の主婦仲間達に見せびらかして 、その反応を見る事を楽しめそうだ
きっと彼はとても上手くやってくれるだろう
なんだか気が重い結婚式が少しだけ楽しくなってきた
フフフとくるみは笑い
ささいな満足感に浸っているとLINE電話が鳴った
「洋平君!」
『おはよう!ちょっと早いけど今車で下まで来てるよ!』
くるみは慌てて壁の時計を見た
「本当に!約束の時間よりも30分も早いわ!すぐに降りて行くから待っててね」
『早く着すぎた僕が悪いんだから、くるちゃんはゆっくりして来てね!車で待ってるよ!』
「ほんとにすぐ行くから!」
胸が高鳴って口が渇いた
くるみは込み上げる嬉しさに彼とLINEを切ってから
慌てて荷造りをしゴロゴロスーツケースを引きずった
「くるちゃん!こっち!こっち!やぁ!可愛いな」
マンションのエントランスから飛び出ると、クルミはびっくりしてその場に立ち尽くした
洋平が真っ白で素敵な高級車「TOYOTAレクサス」にもたれて手を振っていた
今日の彼はブラックの襟付きポロシャツで、上質な生地のスラックスは、控えめな茶色縞模様がわずかに彩を添えている
そしてブラックの皮のローファーは先がとがってとても高級感がある
くるみは一瞬彼を見て口を開けていた事に気が付いた
こんな格好の洋平をいつも見ていたら、バカげた提案を持ちかける気など、毛頭起こらなかっただろう
いつも韓国カフェに現れるジョギングパンツと、よれよれのTシャツ姿の彼は、人懐こくて気安い男性に見えた
こんなキチンとした服を着ると、彼は卓越した成功者、うちの威張っている副社長よりずっと他人を足元にひざまずかせる強者のように見える
本当にどこから見ても億万長者の国際金融家みたいだ
くるみは急に胸がときめくのを感じた
今の彼は遠目から見ても一段と威厳がある、瞳はいつもの様に茶色に輝いているが、それは気軽ないたずら好きの青年などではなく、むしろ権力や無慈悲な不敵さを感じた
「よ・・・洋平君!車のレンタカー代っていくらだった?私50万円の報酬以上の経費は・・・お支払いできるかどうか・・・」
くるみは焦って言った
クスクス・・・・
「大丈夫だよ!これは祖父の車なんだ、借りてきちゃった、報酬以外に経費がかかっても、君には請求するつもりはないよ」
「ここへきて・・・なんだか不安になって来たわ・・・私達・・・それらしく見えるかしら・・・
もっと話し合っておいた方がいいんじゃない?」
「ビジネスの取り決めなら今週の最初のディナーの時に全部終わったと思っていたけど?
―億万長者の第一条件その1―
簡単な取り決めを何度も繰り返したりしない!時間を無駄にしない」
「簡単どころかもし失敗したらって思ったらこの一週間、気が気でなかったわ・・・・ 」
ついキツイ口調になってしまった
まるで彼が自分に今の今まで連絡をしてこなかったのを咎めているみたいだ、一瞬の沈黙の後、彼が誠実な声で言った
「・・・・今週連絡できなかったのは、予定外の仕事でニューヨークに行ってたからなんだ
祖父とブロードウェイで新しい劇場のスポンサーに会わないといけなかった、これから仕事をするのにどうしても彼の顔つきや雰囲気を見極めて欲しいと
祖父に言われてね・・・不安にさせてごめんね」
「まぁ!それは凄いわ!洋平君!ミュージカルの役がもらえるのね!おめでとう!きっとその仕事があなたの人生の転機になるに違いないわ!
運が向いてきたのね!凄い!凄い!」
くるみは洋平の出世を自分の事のように喜んだ
つい嬉しくてはしゃいで彼に詰め寄った
洋平の瞳が感動したように輝いた
「うん・・・まぁ・・・そんな所かな?・・・ありがとう
ところで君のアドバイスが欲しいんだ、 どのスーツにしようか決めかねてね、実業家らしい紺のストライプか気取らないくだけた感じのグレ―の格子柄か・・・
2パターン持ってきたんだんだけど・・・君の家族はどっちが好みかな?あとで見てくれる?」
くるみは感動で涙が出そうだった
ここ一週間連絡がない時は不安だったけど
彼はこんなに自分の事を考えてくれていた
「もちろんよ!色々考えてくれてありがとう!
この結婚式を乗りきって帰ってきたら必ず報酬をお支払いするわ、それに今日のあなたの服装とっても素敵!」
ハハハと彼は笑った
「気に入ってくれた? いかにも昼食前にウォール街と中央銀行を相手にやり合う国際金融家みたいだろ?そしてもちろん勝つ!成りきって見せるよ」
そう言うと彼はクルミの助手席のドアを気取って開けてくれた
くすくす笑いながらスーツケースを彼に渡し
しとやかにお尻から助手席に乗り、脚を閉じて回して乗り込んだ
くるみがあまりに気取って乗ったものだから
洋平はふざけてわざと「バンッ」と大きな音でドアを閉めた
「キャァ!」
とクルミは叫び、車の中から洋平を睨んだ
彼はケラケラ笑っていた
また彼に会えるのがとても嬉しい
さっきまであんなに気持ちが暗かったのにそれが嘘のように晴れた
もしかしたらこの計画はとても上手く行って、月曜日の今頃は私はとても良い状態になっているかもしれない
そう希望に胸を躍らせ、くるみは微笑んだ
「朝からイメージコントロールしてきたんだけど、くるちゃんの顔を見て時間が経つにつれて、どんどん自分が億万長者のように思えてくるよ
君の両親の家に着く頃には、屋敷に召使いを残して来た愚痴をこぼしているかも」
彼は軽快にハンドルを握って車を走らせ言った。さっきから自然と笑みがこぼれる
乗り心地の良いレザーのレクサスのシートは、すっぽりくるみの体を包んでくれる
ヒーターが良く効いている
シートはお尻が温かくて眠くなる
ウッド調のいかにも高級な内装、二人の間にあるヒーター式のカップホルダーには、さっきコンビニで買ったコーヒーがささっている。
不思議だがいくら時間が経っても冷めない
クスクス・・・
「あなたは優しいフィアンセだって言ってあるのよ?傲慢だと困るわ」
「リアルを追求すると、やさしい億万長者なんていないよ、みんな揃いも揃って傲慢なヤツばかりだ」
「そうかもしれないけど
おめでたい席なんだから気を効かせてね」
「努力するよ」
そう軽口を叩きながらも
くるみは麻美の事を考えて気持ちが沈んだ
麻美と誠は似合いの夫婦になるだろう・・・・
考えないようにしてきた現実が頭の中を締める
誠は父に忠実で働き者の医者だし、麻美は気の優しい看護師だ。ちょうどくるみの母親と父親のように
麻美は母ほどの専業主婦にはならないだろうが、それは性格の違いというより時代の差だ、色々な事柄に照らしても麻美と誠はうちの両親に似ている夫婦に仕上がるだろう
だけど・・・・
誠はなかなかの優柔不断だ・・・
くるみと付き合っていた頃、浮気した相手の女の子が気の強い子で、強引に一晩泊まらされたと言い訳した
あの時はくるみも彼が好きだったから、その言い訳を信じ、浮気をしたのはその女の子のせいだと彼を許したけど・・・
今でも誠の性格が変わってなかったら
いつか麻美が泣くかも・・・
くるみはいろいろ思い悩むのがうとましくなった
何か気楽な話題を洋平に提供しようと彼に意識を向けた
「あなたがお祖父様を凄く尊敬しているのは分かったわ、次にあなたのご家族の話を聞かせて?ご兄弟はいるの?」
「3歳下の弟がいるよ?アイツは僕達の家系では少し変わっていてね、今は大学の教授をしているよ」
「まあ、すごい、何を教えているの?」
「アイツ・・・隆って言うんだけど植物学者で、教鞭を取っている、見た目は僕の方か遥かに若いかな?」
「さぞかしお花には詳しいのでしょうね~」
「花ももちろんだけど、植物全般だから食える草とかに詳しい」
クスクス・・・
「そうなの?」
くるみの心の暗雲がわずかに消えて心から洋平の弟に興味を持った
「弟さんは結婚してるの?」
「母も父も、僕と弟が結婚するのはもう諦めてるね
この間なんか(あなた達、いい娘を見つけて同棲しなさい)と母が言うんだ
結婚となると僕達が尻込みするからさ、おかしかったよ 、僕には結婚する資格もないらしい」
洋平に資格が無いとは思わないが、結婚したくない気持ちはくるみにも理解できる
独身生活が長すぎると一人が気楽で楽しくなる、
そして誰にも迷惑をかけていないのに、どうして結婚なんかしなきゃいけないんだと開き直ってしまう
「お母様はあなた達に本当は結婚して欲しいのね?
それで?お母様に何て返事をしたの?」
洋平はハハハと笑っては無邪気な茶色い目を輝かせた
「もちろん弟と口を揃えて(とんでもない)!と言ってやったよ!」
クスクス・・・
「可哀想なお母様・・・別に結婚じゃなくても
一人の人に決めて幸せになりなさいと、おっしゃってるんじゃない?」