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今よ、想ちゃんに話して助けてもらって💦
実家にはこういう設備がなくて、最初は戸惑った結葉だったけれど、このマンションを買ってすぐ、偉央と出向いた先で業者から「お二人に赤ちゃんが生まれた時、粉ミルクの調乳にも安心してお使い頂けますよ?」と言われてほだされてしまった。
今思えば赤ちゃんのことなんて考える必要はなかったと分かるのだけれど、ちょっと温かい物が飲みたい時なんかに、お湯を沸かす手間が省けるのは有難いな、と思っている。
「ミルクキャラメルティーにしてみようかな」
甘い香りに包まれて、癒されたいと思ってしまった結葉だ。
茶色いパッケージを開けたと同時、とろりとしたキャラメルの香に包まれてほうっと吐息が落ちる。
ミルクティーにすると美味しいと書かれていたので少し迷って。結局いつも使っているマグを棚から出してミルクを入れると、電子レンジで温めた。
湯気のくゆるマグから、半分くらいお湯を注ぎ入れたティーバッグ入りティーカップに、そぉっとミルクを注ぎ足して。
そうして出来上がったミルクキャラメルティーに、ひと匙お砂糖を落として甘く仕上げたら、何となく想のことを思い出してしまった。
(想ちゃん、連絡先渡したのに電話しない私のこと、不義理な幼馴染みだと思ってるかな)
ふぅーっとカップに吐息を吹きかけて冷ましながら口に含んだ甘めのフレーバーティーは、ガチガチに固まっていた結葉の心をほんの少しだけ、甘くふんわり解してくれる。
半分くらい飲んだところで不意にチャイムが鳴って。
結葉は「宅配かな?」と席を立った。
***
「はい」
結葉がインターフォンで応答すると、画面に来訪者の姿が映し出される。
「――っ!」
その姿を確認した途端、思わず声が出なくなってしまった結葉だ。
『――結葉、朝早くからごめん』
モニター越し、エントランスに立っていたのは、作業着姿の想だった。
このタワーマンションのインターフォンは、入り口にある一つ目の自動ドアをくぐったところに設置されている。
マンションの入り口は偉央の働いている『みしょう動物病院』から道路を挟んだ真向かいにあるから、きっと院内からでも意識すれば想の後ろ姿が見えるはずだ。
診察時間に差し掛かっているし、診察室にいる偉央が、マンションの入り口を気にしているとは思えなかったけれど、思わず心臓がバクバクしてしまった結葉だ。
「想、ちゃん……どうして?」
それで、本来なら「どうしたの?」とか「何かあったの?」と続ける所なのに、結葉は思わず「どうして来たの?」みたいに想を責めるような物言いになってしまった。
***
「すぐ降りるから下のホールで待ってて?」
結局物凄く迷った末に結葉は、カップなどはそのままに上着だけ羽織って下に降りることにした。
想がそのままマンションのエントランスにいるのは偉央に見られてしまいそうで怖かったので、入り口ドアを開錠して、コンシェルジュがいる一階のロビーで待っていてくれるように告げる。
さすがに部屋まで来てもらうのは怖かったから――。
***
『ごめんな、結葉』
結葉が急いで下に降りると、暖房のきいたエントランスホールの、日当たりの良い窓辺に置かれたソファーから立ち上がって、想が片手を上げた。
コンシェルジュに小さく会釈をすると、結葉は急いで想のそばに駆け寄る。
ここは窓に面してはいるけれど、角度的に動物病院からは死角になっている。
街路樹も植えられていて、外からは中が見えないよう配慮もされていた。
それを目視で確認して想の正面のソファに腰掛けると、「うちに……何かあったの?」と恐る恐る問いかける。
わざわざ想がここを訪ねてくる理由なんてそれ以外に考えられなかったし、あってはいけないと思ったから。
「ああ、そうなんだ。今朝は急に冷えただろ? それで結葉ん家の庭にあるガーデンシンクんトコの水道管が破裂しちまったみてぇで」
実家は、山波建設に管理を任せているから、掃除などに備えて水道や電気を止めていない。
それが裏目に出てしまったみたいだ。
申し訳なさそうに眉根を寄せると、
「夜のうちにほんの少し水を出しっぱなしにしとけば良かっただけなのに。ホントすまねぇ」
管理を任されていたのに、配慮が足りなかったと頭を下げてきた想に、結葉はふるふると首を振った。
「想ちゃんのせいじゃないよ。顔あげて?」
言うと、想は申し訳なさそうに結葉を見た。
「俺の管理責任だから修理代はこっちが持つ。だからそこは安心してくれ」
言われて、本当にそこまで責任を感じてくれなくてもいいのに、と結葉は焦る。
「それを伝えときたくてさ――」
想は水道の異変に気付くなり自分の携帯から、小林夫妻に教えられていた御庄家の固定電話に連絡を取ろうとしてくれたらしいのだけど――。
「何か分かんねぇけど『この電話はお受けできません。ご了承ください』っちゅーアナウンスが流れるばっかで全然繋がんなくてさ」
大雪が降ったら電話回線もおかしくなんのかな?と付け加えた想に、曖昧に「どうかな」って返しながら、結葉は偉央が想の携帯番号を着信拒否リストに加えたんだろうなとぼんやり思う。