登場人物
七瀬 帆乃
如月 湊
「帆乃さん、ちょっと」
放課後、帰りの支度をしていると先生に呼び止められた。不安げに先生の顔を見上げる。
「はい…?」
先生は少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「実はお願いがあるの。隣の席の如月くんのお家に、毎週金曜日にプリントを届けてもらえないかしら?」
先生の言葉に、私は思わず戸惑った。如月湊くんの席は、入学以来一度も埋まることがなかった。クラスメイトの間では、彼の話題はほとんど上がらない。姿を見たことがある人もいないし、どんな子なのか誰もよく知らない。
「彼、入学してからずっと来てないの。家にはいるみたいなんだけど、なかなか学校に足が向かないみたいで…」
先生は少し心配そうに言葉を続けた。私はふと、窓の外を見つめながら考えた。見たことも話したこともない彼に会いに行くなんて、少し緊張する。でも——どんな子なのか、知りたい気持ちもあった。
それに、力になれるのならなりたかった。
「私でよければ、いいですよ」
「本当に?助かるわ!」
先生は安堵の表情を浮かべ、私に数枚のプリントを手渡した。
「じゃあ、早速これお願いね!」
そうして私は、毎週金曜日の放課後、如月湊くんの家を訪れることになった。
「また来たんだね」
「うん。プリント、持ってきた!」
顔は出してくれないけど、こうして声だけは聞かせてくれる。彼の声には、少しの緊張と迷いが混じっているように聞こえた。私の存在を受け入れたい気持ちと、それでも壁を作ってしまう自分との間で揺れているのかもしれない。
「ポストの中入れといて」
「おっけー」
こうしたやりとりが日課になっていた。
ある日、いつも通りプリントを持って行った時だった。
「あ、ちょっと待ってて」
不思議に思っていると、玄関の扉が開いた。
身長180㎝くらいの、透き通るような白い肌と整った鼻筋、切れ長の瞳を持つ男子が顔を覗かせていた。
「あの…プリントありがと…」
消え入りそうな声で言った。
「もしかして、如月くん…?」
「そうだけど…」
驚きよりも安堵の方が大きかった。
「よかったー…」
「え…?」
「いや、思ったより元気そうだったから」
「心配してくれてたんだね」
「うん。それより、ご飯ちゃんと食べれてる?」
そう言うと彼は軽く笑った。
「あはは、ちゃんと食べてるよ」
「そっか…!顔出してくれて、ほんとに嬉しい!」
胸がじんわりと温かくなる。ずっと顔を見せてくれなかった彼が、こうして少しだけでも心を開いてくれたことが、何よりも嬉しかった。
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