気づけば文化祭の季節。
学校中がカラフルな装飾で彩られ、廊下にはクラスごとのポスターが賑やかに貼られていた。教室の窓からは文化祭準備をする生徒たちの楽しげな笑い声や、合唱の練習をする音が聞こえてくる。
今日は、文化祭のチラシや案内などのプリントがあって少し量があった。
ピーンポーン…
いつも通り如月くんのお家のインターホンを押す。
「はーい、少し待っててね。今開けるから」
あの日を境に如月くんはこうして顔を出してくれるようになった。
「プリントありがとう。毎回持ってくるの大変でしょ?」
彼は私の顔をじっと見つめながら、小さく微笑んだ。どこか申し訳なさそうな表情も浮かべている。その視線に、彼なりに感謝してくれていることが伝わってきた。
彼の言葉に思わず微笑んだ。確かに、毎週ここに来るのは少し手間かもしれない。でも、それ以上に、彼とこうして言葉を交わせることが嬉しかった。以前は顔すら見せてくれなかったのに、今はこうして直接受け取ってくれる。その変化が、何よりも私を励ましてくれる気がする。
「ううん、如月くんとこうして会話できるから全然平気!」
彼は一瞬、何かを考えるように視線を落とした。外の冷たい風が、彼の頬をわずかに赤く染める。
「…あのさ、寒いからうちにあがってく?」
「え…?」
彼の声には少しの戸惑いが混じっていた。言葉を発したあと、彼自身も驚いたような表情を浮かべている。ずっと人と距離を置いてきた彼が、今こうして自ら私を招き入れようとしている。もしかすると、少しずつ心を開き始めているのかもしれない。
「い、いや…迷惑だったらいいんだけど…!」
「迷惑じゃないけど…むしろ私なんかが邪魔しちゃって親御さんとか大丈夫…?」
「いや…親は今いないから大丈夫」
「じゃあ、お邪魔します」
家にあがるとリビングに通された。
壁にはシンプルなアートが飾られ、落ち着いた色合いのソファが部屋の中央に配置されている。窓際には本棚があり、様々なジャンルの本がきちんと並べられていた。その中には昔取ったであろう美術関係の賞もたくさん飾ってあった。
全体的に明るすぎない照明で、暖色系の柔らかい光が部屋を包んでいた。木目調の家具が配置され、シンプルながらも温かみのある空間が広がっている。ソファにはブランケットが掛けられ、小さなテーブルの上には読みかけの本と湯気の立つマグカップが置かれていた。
「そこのソファーに座ってて、今紅茶淹れてくる」
「うん」
周りの見渡していると一つの写真に目が止まった。
家族写真だ。
思わずじっと見つめてしまう。
「どうしたの?」
如月くんが紅茶を淹れて隣に座った。
「これ」
写真を指差した。
「あー、懐かしいな」
そう言って目を細めた。如月くんの視線は写真に釘付けになり、どこか遠い記憶を辿っているようだった。
「これ、小さい頃に家族で旅行に行ったときの写真なんだ。確か、夏休みに海に行ったんだよね…このときはすごく楽しくてさ、波打ち際で夢中になって遊んで…でも、今思うと家族みんなが揃った写真ってこれが最後かもしれない。」
彼の声が少し震えた気がした。
「最後って…?」
「その数年後にお父さんが病気で亡くなっちゃったんだ。お母さんも今は海外出張で家にいない」
そう言う如月くんの顔はどこか儚げで少し暗かった。
じゃあ、如月くん今は家に1人…
「困らせちゃったね。ごめん」
如月くんは視線を落とし、少しだけ苦笑した。その笑顔はどこか無理をしているようにも見えた。
「誰かにこんな話をするの、初めてかもしれない。今まで、話してもどうにもならないって思ってたから…でも、帆乃さんには話せた。なんでだろうね。」
その場に気まずい空気が流れたが、それは決して悪いものではなく、むしろ彼が少しずつ心を開こうとしている証のように感じられた。
「ううん、むしろこんな話をしてくれて嬉しい!」
彼の話を聞いて、胸がぎゅっとなった。どれだけ寂しかったんだろう。どれだけこの言葉を誰かに伝えたかったんだろう。そんなことを考えながら、私は優しく微笑んだ。
如月くんは、ふっと息を吐いて肩の力を抜いた。
彼の表情が少し柔らかくなり、静かだった空気が和らいだ気がした。
「もっと楽しい話しようか」
「そうだね」
それで、お互いの好きな曲や好きなことなどたくさん話した。
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