あれから、半ば強制的に泊まる事になってしまった。
「大分、お疲れですね」
「まあ、ね……僕、ああいった女性は苦手なんだ。どうにかして取り入ろうとしているのが見え見えで、本当に嫌になるよ」
食事の最中も、テオドールの隣を陣取り、仕切りにこちらに視線を向けてきた。しかも食事そっちのけで、ベラベラと自慢話をしてくる。
如何に自分が、綺麗だとか、ダンスが上手い、教養があり品がある、妃には自分の様な人間が相応しいとまで言う始末だ。
呆れて物が言えない。
本当に教養や品のある人間は、自分自身の事をひけらかす様なまねはしない。
彼女なら……少なくとも、そんな事はしない。謙虚、いや違う。そもそもそんな考え自体が、彼女の中には存在しない気がする。
優しく、温かい。人の痛みを理解でき、無邪気で純粋で……彼女こそ妃に相応しい。いや、自分の妻に相応しいと思う。
離れていても、頭の中には、いつもヴィオラの姿が浮かんで来る。
彼女の、笑顔も、悲しむ顔も、困り顔も、苦しそうな顔も、どんなヴィオラも……全て愛おしい。そんな風に思う自分は、やはり変態なのかも知れない……。
ヴィオラ……今頃、どうしているだろうか。まだ、離れてそんなに経っていないのに、随分と時間が経った様に思えた。
「では、私は休ませて頂きます」
ニクラスは、そう言って自分に充てがわられた部屋へと向かった。
暫くテオドールは寝付けないまま、ベッドの上に横になっていた。
コンコンッ。
不意に扉を叩く音がする。
こんな時間に誰だ。
テオドールは、不審に感じながらも扉を開けた。
「アドラ嬢?なっ」
「テオドール殿下っ!」
扉を開けた瞬間、アドラは勢いよくテオドールに抱きついて、無理やり部屋の中へと入って来た。
「アドラ嬢⁈こんな時間に、一体……」
察しはつくが、念の為確認をする。
「テオドール殿下……アドラを、抱いてください……」
やはりね。
お手付きになり、そのまま妃に収まろうという魂胆だろう。あわよくば、子供を孕めば尚もよしとな。差し詰め、ランヘル伯爵もグルといった所か。親子揃って本当に浅はかだ。
アドラは、城で開かれる舞踏会などには一切出席しない。理由は、簡単な所で遠いからだろう。後は、無駄足になるからだろうか。
アドラは、テオドールが舞踏会などでは、全く女性を相手にしない事を理解している。会話くらいはするが、テオドールが誰とも踊らない事は、社交の場などで噂話になっている。故に、アドラが知っていた所でおかしくない。
だから、こうして数年に1度視察に来る時を敢えて狙っているのだろう。社交の場と違い、2人になる事も容易く、敵もいない。絶好の機会と言える。まあ、数年に1度だけなので、かなりの賭けとも言えるが。
女性の適齢期など短い。アドラと前回会った時は、確か15歳くらいの筈。適齢期を20歳とした場合、機会は精々多くて3回程だ。そう考えると、この親子は結構の食わせ者かも知れない。
噂に聞いた話では、アドラは全ての縁談話を断っているそうだ。理由は、テオドールと結婚する為だとか。
その話を聞いた時は、鳥肌が立った。
「申し訳ないけど、それは出来ない」
「な、何故ですか⁈アドラ、テオドール殿下の事を誰よりもお慕いしておりますの。テオドール殿下……触ってみて下さい。アドラ、こんなに胸が脈打ってるんです」
アドラはそう言って、テオドールの手を掴み自分の左胸へと持っていこうとした。
「っ……離せ」
「きゃっ!」
だがテオドールは手を振り払い、アドラを突き放した。そんなに力を入れた覚えはないが、アドラは後ろによろけて尻餅をつくと、涙目でテオドールを見遣る。
「ごめん、でも僕は君を抱くつもりはないから」
その言葉にアドラは、顔を真っ赤にして何か喚きながら立ち上がると、そのまま部屋から出て行った。
アドラは、身体の線が透けて見える程薄いネグリジェを纏っていた。元々、容姿端麗ではあるアドラだ。普通の健全な若い男なら、我慢出来ずに抱くだろう。
本人も、それを自覚しているのだと思う。故に、この少ない機会しかないのにも関わらず、ものに出来ると信じて疑わない。でなければ、縁談話を断り続けるなどしないだろう。
もし、テオドールの妃になる事が出来なければ、アドラは行き遅れになってしまう。適齢期の過ぎた貴族の娘は哀れだ。社交の場では、好奇の目に晒されて、実家では肩身が狭く居場所がなくなる。そうして、最後には皆一様に修道院へと入る。例外は殆どない。
アドラも数年後、その道を辿るだろう。だが、テオドールには関係のない話だ。同情から、アドラを娶る事などはしない。そんな義理はないし、アドラに対して関心も無い。
「残念だけど、僕が欲しいのは……君じゃない」
テオドールは、1人になった部屋でそう呟いた。
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