コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
車のハンドルを握る高樹の目には、交通安全祈願のお守りと、その下に申し訳程度に飾られたハリネズミのキーホルダーが、左右に大きく揺れながら、駄々をこねる子供のように映っていた。
ー何かに急かされている。
そう感じた高樹は、助手席の静子に不安を悟られないように平然を装いつつ、
「何処の神社だったっけ?」
「忘れたわ」
「嘘だ…」
「ほんとよ」
ぶっきらぼうな返答に高樹は慌てた。
不安を帯びた声は隠しようもないのだ。
静子は気を使ってか、あえて不愛想を装っている。
そう思いたかった。
車をコインパーキングへ停めると、高樹と静子は徒歩で根本神社へと向かった。
住宅地の密集するこの一角は、ひんやりとした空気が流れ、まさに異空間と云った様相を呈していた。
曇天の空の下、先導する靜子の背中を眺めながら高樹は思った。
「やっぱ、忘れてないじゃん…」
しばらくの間、ふたりは車の通れない細道を歩いて、使われなくなった公民館を右に曲がった。
点在する古民家や文化住宅、学生向けの真新しいワンルームマンションを通り過ぎる。
すると、目の前に鬱蒼と生い茂る竹林が見えた。
冷気はそこから流れていたのだ。
朱塗りの鳥居。
荒れた竹藪の中に延びる参道。
停車している一台のパトカー。
赤色灯が、辺りを不気味に照らす。
中を覗き込む、ハスキー犬を連れた初老の男性に、高樹はそっと話しかけた。
「すみません、何かあったんですか?」
男性は、背後からの声に驚いた顔をした。
ハスキー犬は吠えることもせずに大人しくしている。
動物嫌いの靜子は安堵して、
「おとなしいワンちゃん…」
と、笑った。
それに気を良くした男性は、つらつらと話し始めた。
「ほら、あそこの部屋でさ、学生さんが死んでいたんだよ。自殺らしくてさ、もう堪んないよな、ばあ様友達が見つけたんだけどさ、扉から血が流れてたらしいよ、恐ろしいったらありゃしない」
男性は、参道から横にずれた、脇道奥の古いアパートメントを指差した。
砂利道の緩やかな坂のふもと。
黄色い規制線の張られた開閉門の脇に、ひとりの警察官が立っている。
靜子は思わず呟いた。
「やだ…」
男性は笑顏を浮かべて、明るい口調で話を続けた。
「いやね、あそこのアパートはダメだよ、自殺なんてこれで2人目だもん。おっかねえな、無理矢理作ったような建物だもん。だってさ、こんな急勾配の山ん中だぜ。しかも、神社の敷地内にアパート建てるかね?私だったら建てねえなあ、バチ当たりじゃないかね。それともなんかアレかな、封印しとるのかな。とにかく、曰く付き物件だよ。事故物件ってやつ?オーナーもたまったもんじゃないよ。冗談じゃないよ…」