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高樹は、これ以上話が長びくのを恐れ、男性に礼を言うと、静子の手をひいて神社の境内へと歩き始めた。鳥居をくぐると、木材を階段状に設えただけの狭い参道が続いて、足元は苔が生えてぬかるんでいた。
竹藪に覆われた山は薄暗く、ノビタキやモズの鳴き声が響き渡り、風が吹くと若葉の匂いが鼻をついた。
高樹は歩きながら、黙ったままの靜子を気にかけていた。
夢に出て来る場所。
それがこの神社であり、靜子が出演したドラマのロケ地だった。
下弦の月のあの日から、高樹は毎夜、夢の中で参道を彷徨い、見知らぬ女と口づけを交わしていた。
高樹は、
「気になる場所」
としか、靜子には伝えなかった。
夢とはいえ、罪悪感があったのだ。
「靜子、やっぱり今日はやめようか…?」
高樹が言うと、
「あのね、私が殺されたのはもっと向こう。行ってみよっか!?」
「いや…なんかさ…」
「あ、怖気付いちゃってる?」
「まさか…」
「君代さんの供養も兼ねて…」
「てか、君代さんって誰?」
靜子は悪戯っぽい笑顔を向けた。
君代とは、靜子が演じた役名でそれは互いに知っていた。
高樹は、不意に靜子が愛おしくなって、力強く抱き寄せて言った。
「静子、今更だけどさ」
「なに?」
「やっぱり怖い」
「ええっ!」
「だから帰ろう、所詮夢だし…」
「いいの?」
「…うん、それより…」
「なに?」
「一緒にいたい、今夜は?」
「今夜はダメ…」
「…」
「あ、わからない、どうだろ」
「とりあえず、逃げよ、なんか怖いもんこの場所」
高樹と靜子は、来た道を手を繋いで下りて行った。
ふたりの後ろ姿を、3人の子供達が眺めている。
祠の陰には、女がひとり佇んでいた。
アゲハ蝶をあしらった鶯色の浴衣。
そこから伸びる細い腕。
首に出来た縄の跡。
色白の肌と黒髪。
右目から零れ落ちる涙。
白く濁った左目。
女は、左の手のひらを口もとへかざし、ふっと息を吐いた。
いっせいに飛び立つ、虹色の甲虫の群れ。
幽怨蟲。
それは、鳥居を囲いながら空へと舞い上がり、風と共に消えた。
女の口がゆっくりと動いている。
ヨガマサノ
キイトキレルヤ
カスラムシ。