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薫は昔から人と関わるのが苦手だった。
必要のない人間関係には踏み込まなかった
男が話しかけてきても、軽く相槌を打って終わる。
女も同じ。
距離を詰めてくる人間が苦手だった。
由美だけは、特別だった。
机に腰をかけて、肩が触れる距離で笑う。
小動物みたいに無防備で、無邪気で、境界線を軽々と越えてくる。
「薫、今日一緒に帰ろ」
「……いいよ」
由美は誰とでも仲がいい。
男とも女とも、自然に距離を縮める。
薫は横でそれを見ながら、
何も思っていないふりをした。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ある日、由美が男と楽しそうに話しているのを見て、
胸の奥が急に苦しくなった。
理由は分からない。
ただ、息が詰まる。
視線を逸らしても、
由美の笑い声が耳に残る。
その夜、ベッドに倒れ込んでスマホを開く。
TikTokのストーリーズ。
指が勝手に動いた。
「距離近い。」
投稿してすぐ、
由美が閲覧した表示が出る。
それだけで、
胸の奥の圧が少しだけ和らいだ。
数分後、また投稿する。
「別に。
特定の人の話じゃない」
自分でも何をしているのか分からなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
翌日から、由美の様子が変わった。
男と話すとき、以前ほど近づかない。
女にも同じ。
笑顔は変わらないのに、
一歩分、距離を残すようになった。
その代わり、
薫の隣にいる時間が増えた。
昼休み、静かな教室。
「最近さ」
「なに」
「薫といる方が、落ち着く」
胸が跳ねる。
返事ができない。
由美はそれ以上何も言わず、
ただ隣にいた。
その日の夜,通知が来た
由美がストーリーズをあげている
「距離とかわかんないよ」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
クラスメイトが聞いてくる。
「ねぇ薫、由美となんかあるの?
最近二人おかしくない?」
「由美と薫距離近いし,由美は薫にしか話しかけなくなったし」
「そんな事ないでしょ」
声が少し裏返る。
目を合わせない。
由美は少し離れたところで、
その様子を見ていた。
何も言わなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
放課後。
夕焼けの帰り道。
「昨日の私のストーリーズ見た?」
「見た」
「誰に対してのことだと思った?」
「将来さ」
由美が言う。
「一緒にいたら、どうなると思う?」
足を止めかけて、
薫はまた歩き出す。
答えは出せない。
でも、その問いは胸に残った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
時間が進む。
進学して、
住む場所を決めて、
気づけば「一緒」が前提になる。
同居する。
同じ家。
同じ生活。
夜は同じベッドで眠る。
たまに一緒に風呂に入り、
由美が後ろから背中を流す。
「薫ってさ」
「なに」
「限界くると、すぐ泣くよね」
「泣いてない」
「嘘だよ、前泣いてたでしょ?」
由美は笑う。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
その日々を、
疑わなかった。
指輪を選んで、
書類を揃えて、
準備を進める。
結婚式の日。
白い光。
ウエディングドレスの由美が、こちらを見て笑う。
「薫」
手を繋ぐ。
シャッター音。
永遠だと思った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
目を覚ます。
カーテン越しの朝の光が、
見慣れない角度で差し込んでいる。
天井が違う。
壁の色も、音も違う。
体を起こすと、
隣のベッドは空いていた。
触れても、温度がない。
胸がざわつく。
手を見る。
指輪はない。
テーブルの上にも、
ドレスも、写真もない。
スマホを手に取る。
由美からの通知は、何もない。
代わりに、
いつものクラスのグループ通知。
そこでようやく気づく。
あれは、
夢だった。
全部。
胸の奥に、
言葉にならない痛みが残る。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
夕焼けの帰り道。
現実の由美が、
隣を歩いている。
距離は近い。
でも、あの夢ほど近くない。
薫は足を止める。
由美も立ち止まる。
「ねぇ、由美」
「なーに?」
「由美は、私の事どう思ってるの?」