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それから約半年が経ったある日。僕は毎日寝る間を惜しんで原稿を作る日々が続いていた。僕と君の物語。僕らが出会ってから、ノートに書いた夢を実現させるまでのサクセスストーリーだ。いつもはものの数日で原稿を完成させる僕だったが、今回ばかりはそう簡単にはいかない。君と作品を作ると決めた日から、僕は毎日日記をつけるようにしていた。
幸いにも記憶力はいい方だ。文字を見ただけで鮮明にその日その日を思い出す。それが転じて、情報量が多くなりすぎてしまってうまく物語にまとめることができない。完成に近づいた原稿も屑箱へ放り投げ、一から書き直すようなことが何度も続いた。
それでも、僕は諦めなかった。君との物語を作品にするということも、僕らが決めた夢だからだ。僕らの夢は、この作品が完成しないことには終わらない―――。
君と僕はあの日、最後の約束を書き足した。
大きな映画館。客席に座っているのは僕ら二人だけ。誰にも邪魔されない僕らだけの空間で、僕らで完成させた映画を誰よりも先に鑑賞する。
この夢を世の中の人間が聞けば、誰もが口を揃えて馬鹿げてるというだろう。叶うわけがないと批判し、後ろ指を指すだろう。でも、君は僕なら絶対にできると信じてくれた。その気持ちが僕の自信になり、それはいつしか確信に変わっていた。どうせやるなら世界に通用する脚本を作りたい。そう願いながら、今日もペンを手に取って原稿用紙へ綴っていく。
コンッ…
「お待たせいたしました。君専用のスペシャルコーヒーでございます。」
頭を抱えながらペンを走らせる僕を見て、君は珍しく僕にコーヒーを入れてくれた。
「ありがとう。君がコーヒーを入れてくれるなんて初めてだね。」
熱々のコーヒーが注がれたマグカップを冷え切った手で包みながら、ゆっくりと口へ運ぶ。
「どう?美味しい?」
「うん。絶妙なコーヒーの粉とお湯の分量。すっごく美味しいよ。ありがとう。」
鼻をすすりながら分かりやすく袖で口を隠す君。
「それにしても、僕がいつも砂糖入れてないのよくわかったね。」
「そんなの当たり前だよ。君がいつもコーヒー飲んでるとこ見てたんだもん。」
僕が砂糖を入れないことなんて一度も君に話したことはない。本当に君の人間観察力には感心するばかりだ。
「まさか君がコーヒーを入れてくれる日が来るなんて思ってもみなかったよ。」
「私だってちゃんとコーヒーくらい作れるんだよ?失礼しちゃうなあ、もう。」
不服そうに空気を口の中へ溜め込んで唇を尖らせる君。ここまで感情がわかりやすい人もそういないだろう。
「ごめん!悪気はなかったんだ。」
「いやだ。もう一生コーヒー作ってあげないもん。」
君がへそを曲げる時、僕は一つだけ攻略方法を知っている。
「じゃあさ、ちょっと提案があるんだけど。」
「提案?なに?提案の内容によっては、許す…かも…。」
もう恐らく君はすでに気付いているのだろう。指の先端を合わせながら体をくねらせ、早く言ってほしい気持ちが身体全体に表れている。
「気分転換にでもお寿司でも食べに行こっか!」
「お寿司?やった!よし!許す!」
笑顔で大きくガッツポーズをする君を見て、思わず僕も笑みが溢れてしまう。
「あ!今!扱いやすい女だなと思ったでしょ!」
「いや!そんなことないよ!相変わらず可愛いなと思っただけ!」
「ほんとかなあ?よし!全額君の奢りの刑に処す!」
「大丈夫。元からそのつもりだよ。お会計は僕に任せて!」
「元からそのつもりだったら罰の意味がなくなっちゃうな…。よし!あとでコンビニでスイーツも買ってもらう刑にしよ!」
コンビニスイーツなんていくらでも買ってあげるよ。君がそのスイーツで笑顔になってくれるならそれでいいんだ。その笑顔に救われて、僕も幸せを感じることができる。事実、今まで頭を抱えてすっかり塞ぎ込んでしまっていた僕は、君のおかげですっかり笑顔を取り戻すことができた。
この何気ないひとときも、僕らの作品の一部になる。僕ら二人の間に起こった出来事は全部、大切な二人の思い出であり、宝物だ。君の抱えている闇を二人で乗り越えて、幸せに暮らすサクセスストーリー。他の人間たちから見たらつまらない内容になるかもしれない。でも、それがもし誰の胸に響かなくても僕は構わない。二人の大切な思い出が詰まった物語を、二人で見ることができたならば充分だ。きっと君も同じことを思ってくれるはずだ。
その頃はまだ、僕は信じていたんだ。僕の思い描く作品と同じように、僕ら二人はこの先もずっと幸せに暮らしていけると―――。