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幾度目かの鬼ごっこそして譲れない駆け引き

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幾度目かの鬼ごっこそして譲れない駆け引き

8 - 第8話 ここがGFハウス かつて 私達の家だった場所

♥

299

2022年07月15日

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まず始めに,お詫び致します。


前ストーリーの最後,ユウゴが男と話していた(キレていた)時のことですが,警察官が英語を話すのはともかくとして,男と話しているとき,ユウゴが日本語で話すか,男が英語で話すかにしないと会話が成立しないことにあとで気が付きました。

申し訳ありません💦


結局のところ,男はハーフだとでも思っていただければ嬉しいです。


大変お騒がせしました。m(_ _;)m


次に,これから暫くの間のストーリーについてです。


まずは注意事項をご確認ください。



⚠注意

① 記憶の追憶です。苦手な方は回れ右をしていただけると幸いです。

② 「」が現実(?)のエマ達のセリフで,()が同じく現実(?)のエマ達の思考です。

③ []が記憶の中のエマ達のセリフで,〚〛が同じく記憶の中のエマ達の思考です。

④ アニメと漫画両方を加えていますが,アニメの方は,記憶が曖昧なので,おかしな部分もあるとは思いますが,ご了承下さい。

⑤ 原作にもアニメにもないセリフを,私が勝手に一部分,入れています。


それを踏まえて,本編へどうぞ!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

















「どうして私まで……。」

「仕方ねえって。ノリでそういうこと言っちまったんだから。」


東京都にある警視庁の前で,お互い溜息混じりに話している男女がいる。

無論,昨日の銀行強盗と鉢合わせたレイから連絡を受け,慌てて現場に直行したユウゴと,そのレイの母親であるイザベラだ。

イザベラは,ユウゴをあらかさまに睨みながら,「はあぁ……。」と,分かりやすく溜息をつく。


「………貴方なら分かっているでしょう?私は,レイのそばに居たいのよ。(あの子には気付かれないようにね。)」

「いや……そりゃあ分かってはいるが……でも,今回はノリでそう言っちまって……」

「だったらマチルダにでも頼みなさい。わざわざ私を引っ張ってこなくても……」

「いや。彼奴とレイは明らかに人種が違う。確実にバレる。」

「バレたって別にいいじゃない。何をそんな……」

「いや,よくねえって…。」


2人はそうやって押し問答をしながら警視庁の門を潜った。

ユウゴが自動扉の前に立っている制服警官に事情を話すと,話が来ていたのか,あっさりと通させてもらえた。

身分確認もしないで通して,日本の警察は本当に大丈夫なのか…?という疑問を抱きつつ,ユウゴとイザベラは同時に警視庁内のタイルを踏んだ。

ちらりと自身の左横を盗み見たユウゴは,もう一度大きく溜息をついた。

イザベラはまだブツブツと文句を言っているが,レイを撃って重症を負わせたクソ野郎……ではなく,人間のツラを拝んでおきたいのか,一瞬にして頭に叩き込んだ此処の地図を頭の中で広げながら先々と早足で進んでいっている。

それにユウゴはまたしても大きな溜息が出てきた。

というのも,


(そう思うくらいなら,ちゃんとレイと話せよな。)


という心情からである。

勿論,それは家族全員,例外なく感じていることだ。


ユウゴがそんなことを考えながら進んでいると,いつの間にか,『警視庁捜査一課 強行犯係』と書かれたプレートがある大きな扉の前まで来ていた。

ユウゴとイザベラは,頷き合うと,扉を開いて中に滑り込もうとする。

が,取手を握った瞬間,2人揃って動きを止めた。


中に居たのは,警察だけではなかったのだ。


「成程ね。それでコナン君は,彼らは何かを隠していると思ったのね。」

「うん。」


その部屋の中には,昨日の子供達とその親であろうちょび髭の男と髪の長い女子高生も居たのだ。

よく見ると,ちょび髭の男は空港で会った毛利小五郎,髪の長い女子高生はその娘の毛利蘭だと分かった。


ユウゴとイザベラは,会話の内容が,自分達にとって不利になるものだと即座に理解し,薄く開いた扉から気付かれないよう,気配を殺して盗み聞くことにした。


「でもまあ,確かに…。『睦月夏枝』っていう中学生の子は,昨日,念の為と思って調べたけれど,ヒットしなかったわね。」

「それに,あの少年…昨日,彼が病院へ行った後に思い出したのですが……空港で通報してくれた子じゃないですか?ほら。えーっと……僕と佐藤さんが会ったあの子ですよ。あのとき人質に取られた……」

「わざわざ言わなくてもいいわよ。見たことあるなぁって思ってたけれど,『ユウゴ』って呼ばれていた男の人が『レイ,レイ』って連呼してた時点で気付いてたもの。」

「あ……。そうですか。」


高木は,佐藤の厳しい一言に,しょぼんと肩を落としてしまった。

同時に,ユウゴは隣から鋭い視線を感じたが,気が付かないふりを決め込んだ。


(ミスったんだよ。仕方ねえって…。)


ユウゴがそんなことを考えている間も,目の前の会話は続いている。


「ねえ,コナン君。空港って,コナン君が巻き込まれたって言ってたあの…?」

「ああ。実は,俺はそこであの人と会っている。昨日が初めてじゃねえんだ。でも……」

「あのときは確か,佐藤刑事達に名前聞かれたとき,自分で『レイ』って答えてたわよね?」

「でも今は『睦月夏枝』と名乗っている……。」


歩美の疑問にコナンが答えた。

と同時に,コナン,蘭,小五郎,それに加え,佐藤は顎に手を当ててうーんと考える。

朝美が,確認するように昨日の教室でのことを思い出しながら呟いた。


「えっと……確かに昨日,夏枝君は自分で『睦月夏枝です。』って言っていました。」

「そうなると,『睦月夏枝』は偽名になるわね…。でも,じゃあ一体どうして偽名を名乗っているのかしら?」


すると,悩んでいる佐藤にコナンが助け舟を出した。


「偽名を名乗ってるのは,何か理由があるってことだよね?そう,例えば……」


コナンは一度そこで言葉を切ると,眼鏡を反射させてニヤリと笑う。


何か犯罪を隠しているとか。」


コナンのその言葉に全員がハッとしてその場が静まり返った。

と,そこまで清聴していたイザベラは,耐えきれずにバンッ!!!!っと大きな音を立てて部屋に押し入る。


「!!!!!!?…な,何だね君は!!!!?」

「『レイ』の母親よ。それ以上でもそれ以下でもないわ。あとそれと,『レイ』を…私の可愛い息子を…勝手な妄想で犯罪者呼ばわりしないでくれるかしら?」


いきなり入ってきた見知らぬ人物に警戒した目暮の言葉にも臆することなく,イザベラは淡々とした口調で答える。

それに慌てたのは,中に入るときにイザベラによって突き飛ばされたユウゴだった。


「ちょ……!!!お,おい!!!イザベラ……!!!」

「ところで……『レイ』を撃ったのはどこのどちら様?写真くらいあるでしょう?見せてみなさい。」


慌てて入ってきたユウゴが止めるも,イザベラはそれを無視して,挑発的な笑みを浮かべて指示を出す。

指示,と言っても,その口調は有無を言わせないオーラを纏っているのだが…。


そのイザベラの様子に,ユウゴは純粋に驚いた。


(マジか……‥。『外』を生きてきた俺達なら兎も角,あの気配の隠し方といい,この威圧といい……ほんとに凄いな……。エマ達が言っていた通りだ。)


ユウゴは感心して,思わずイザベラを止めるのをやめて放心した。

ユウゴのそんな心情を知ってか知らずか,イザベラはもう一度言う。だが,今回は誘うような言い方ではなく,完全に命令口調だった。


「『レイ』を撃った男の写真を見せなさい。」


強行犯係の室内に,重苦しい空気が流れる。

その空気を破ったのはコナンだった。


「じゃあさ,教えてくれない?……『レイ』お兄さん達がどこの誰なのかっていうことを。」


ニヤリと笑って言ったコナンのその口調は,とても子供とは思えないものだった。

イザベラは,『達』というその言葉に目を細め,ユウゴは不快そうに眉を寄せた。

その様子を見たコナンが,更に追い打ちをかけようと口を開くが,音が発せられる前に,第三者の声に遮られた。


「教えたら,写真,見せてくれるの?じゃあ教えてあげる!」


女性特有の高い声が聞こえてきて,コナン達はバッと入口の方を向く。

するとそこには,オレンジ色の髪をした女の子,エマと,白髪の少年,ノーマンが立っていた。


(!!!!…こいつら!!!空港のときの…!!!そういえば,この女の人もそうだ!!!)


イザベラとエマについては,コナンは空港でしか見たことがなかったが,ノーマンの方は別のところでも見覚えがあった。

哀が調べてくれた会社の社長なのだ。

その会社は丁度レイ達が日本にやってきたのと同時に畳まれていることも調べ済みだった。

だが,怪しいのはイザベラとエマもそうだということが,コナンに分からない程ではない。

なんせ,イザベラは足音は立ってはいたが,エマは足音を立てていなかったどころか,気配すらしていなかったのだ。

突然の来訪者に驚いている人達を置いてけぼりにして,エマが話を続ける。


「私達は,この世界出身じゃないの!!!」

「………は?」


突然,わけの分からないことを言い出したエマに,全員がポカンとする。

そのみんなの気持ちを代弁するかのように小五郎が素っ頓狂な声を上げた。

エマは,それすら気にせず,さっさと話を進めていってしまう。


「私達はみんな孤児。でも,みんな幸せに暮らしていたの。それが偽りのものだって気付いたのは一昨年の10月12日の夜。本当は,此処は孤児院じゃなくて,のぅ……むぐっ…んーんん…?」


スラスラと噛みもせずに話していたエマの口を慌てて塞いだのはエマの後ろに居たノーマンだった。

ノーマンは,冷や汗をかきながら,にっこりと微笑んで「エ〜マ?」と言った。


「ダメだよ。良いかい?エマ。ものにはね,“順序”ってものがあるんだよ?」

「そうだエマ。早まるな。」

「そうよエマ。落ち着きなさい。ね?」


ノーマンの言葉にユウゴ,イザベラも乗っかるが,「落ち着いて。冷静に。」と笑顔で連呼している割に,イザベラは,その顔に青筋を立てているし,何よりも,きれいに笑っている顔のパーツの一つである目は,一切笑っていなかった。

エマは一瞬,自分が怒らせてしまったのかと思ったが,イザベラの怒りの矛先が自分に向いていないことが分かり,そっと胸を撫で下ろした。


やがて,ノーマンがエマを開放すると,4人は警察官を出来るだけ多く会議室に集めてほしいと頼み,(ほぼ…いや,完全に脅していた。特にノーマンとイザベラが。)所属している課に関係無く,警視庁内にいた人達を全員集めたところで,(その中には,降谷零を含む公安部も居たが,ギリギリ,佐藤達には気付かれなかった。)ノーマンが服につける小型のマイクを手に持って話し出す。

モニターも使って何か説明でもするらしく,ユウゴが,会議室に置いてあったパソコンを立ち上げて,何やら準備し始めていた。


「えーっと……。今から僕達の言うことは,全然信じられないと思うけど……まあ,知ってる人は知ってるから良いかな。………それじゃあ,準備もできたし,十分人も集まったから話すね。」


ノーマンが人の良さそうな笑みを浮かべて切り出すと同時に,会議室の大きなモニターに沢山の人物が写った写真が画面いっぱいに出された。

そこに写っている人達は全員,性別も年齢も肌の色も(国籍といったほうがいいだろうか。)様々だった。

そこには,ノーマン達も写っている。

ノーマンが愛おしそうに画面を見上げながら話し出した。


「これは僕達家族全員が写った写真だよ。ついこの間,インドで撮ったんだ。…幸せだったなあ。」


心の底から『幸せだ』と思っているような声色で,ノーマンが言う。

それに思わず警官達もしみじみしていると,ノーマンは,「まあ,それは兎も角。」といきなり話題を変えてきた。

あまりにあっさりとした態度に,本当は家族のことなんてどうとも思っていないのでは?という疑問が全員に湧いたが,ノーマンの手からマイクを奪い去ったエマが,警察官達の心を読んだかのように,怒り心頭で叫び出す。


「ノーマンが私達家族のこと,『どうでもいい』とか,そんなこと思ってるはずない!!!ノーマンのこと,私達のこと,何も知らないくせに知ったようなこと思わないで!!!!」

「エマ。」


マイクを通したエマの叫び声は,その場に居た全員の耳に響き,警官達が顔を顰めた。

だが,イザベラ達はさして気にすることもなく,寧ろ,エマを気遣うように見つめていた。

そんなイザベラ達を代表して,ノーマンが今度は優しくエマを止める。


「大丈夫だよ。エマ。僕は気にしてない。あっさり言ったのはわざとだしね。」


でも…とエマは苦しそうに眉を下げ,ノーマンを見つめた。


「ノーマン……。私やレイのことを…私達家族のことを…悪く言われたら,怒るでしょ?元に,今も怒ってる。…でも,優しいから我慢してる。…違う?」

「……………やっぱり,君にはバレちゃうみたいだね。エマ。」


エマの言葉に,ノーマンは眉を下げてぎこちなく笑った。

そして,くるりと回り,もう一度会議室全体を見回す。


「忠告しておく。……レイやユウゴ,ママ達のことを悪く言ったら容赦はしない。」

「勿論,ノーマンのこともね!」


エマが努めて明るい声で言ったのに対し,ノーマンは,先程までとは打って変わって,低い声でマイクも使わずに威圧高く言った。

それに会議室全体が重苦しい空気に変わる。

コナンだけではない。その場に居る全員が息を呑んだ。

ノーマンは,それには構わず,もう一つのマイクを手に取り,「話が逸れたね。」と今度は穏やかな口調で口火を切った。

先程と同じような優しい声にも,誰一人として気を抜かない。いや,気を抜けない。口調が穏やかで優しくとも,その笑顔や身体全体から発せられている空気は重苦しいままだからだ。無論,それについてはエマも同様だ。目が笑っていない。

ノーマンとエマが互いに目配せして,真剣な表情になると,更に会議室に緊張が走った。


「「……と言っても,説明が面倒なんだよね~。」」

「それな。」


会議室にいる全員が今,怒りを通り越して呆れた瞬間だった。

ノーマンとエマの言葉にユウゴが短く肯定し,イザベラは,口には出していないが,顔を上下に動かし,うんうんと頷いていることから,ノーマンの意見に賛成していることは明白だった。


と,その時。ドサッ!!!という,何かが崩れ落ちるような音が会議室に響き渡った。


「!!!!?…警部!!!?」

「目暮警部!!!」


突然,目暮が椅子から崩れ落ちたのだ。

慌てて佐藤と高木が駆け寄ろうとするが,立ち上がった瞬間,急に力が抜けて膝から崩れ落ちてしまった。


「!!!!…佐藤さん!!!」

「お父さん!!!しっかりして!!お父さん!!」


いつの間にか,会議室が修羅場となっていた。

次々と警官が椅子から崩れ落ちる。

コナンは必死に目を開けて気絶しそうになるのを堪えた。

すると,今この場には不似合いな,穏やかな声と明るい声が耳の奥に響いてきた。


「ごめんね。僕らが昨夜,徹夜してまで作ったある薬を充満させておいたんだ。なかなか効かなかったから,ちょっとヒヤヒヤしてたんだけど,問題ないみたいだね。」

「大丈夫だよ!!身体には何の害も無いやつだから!!安心して眠って!!」


コナンは,その声をぼんやりと聞いたのを最後に,意識を手放した。



















「……………………,………君!……コナン君!!!」


ぼんやりとした頭に鋭い声が響き,コナンはハッとし,ガバッと勢いよく起き上がった。

一気に覚めた頭と視覚でコナンが辺りを見回すと,蘭が心配そうに顔を覗き込んでいた。


「あ!コナン君起きたよー!」

「良かったです!皆さん,ご無事で何より!!」

「くっそー!何なんだよここ!!」

「コナン君,大丈夫?」


コナンが起きると,探偵団の子達が思い思いの反応を示しながらコナンの周りに集まってきた。


「…うん…。大丈夫だよ蘭姉ちゃん。」


コナンは,蘭の問いにニッコリと安心させるように笑って答えた。

それを見た蘭は,「良かった…。」とホッとして胸を撫で下ろす。

コナンは立ち上がって,辺りを見回した。

白い靄のような,霧のような空気に囲まれて,コナン達は立っていた。周りには,ここがどこなのかということを推測できるものは無い。兎に角,何も無いのだ。


「……ここって一体,何処なのかしら?」


コナンと同じことを考えていたのであろう,哀が鋭い視線を周囲に向けながら呟く。

それに反応を示したのは佐藤だ。


「そうね……。私達は全員,つい先程まで警視庁内の会議室に居た。なのに今は何故かここに居る………。どういうことかしら?」


この場にいる全員が顎に手を当てて考える素振りを見せる。

コナンは,気を失う前にノーマンとエマが言っていたことを思い出していた。

ここがどこなのかというのを知っているのは,恐らく,あの人達だけだろう。

そう,コナンが考え付いた時。


「あ!目が覚めたみたいだね。良かった。」


全員の耳にこびり付いている声がその場に響いた。

コナンは,反射で顔を上げると,そこには案の定,ノーマン,エマ,イザベラ,ユウゴの4人,もとい,こんな訳の分からない現象を引き起こした張本人であろう人物達が笑顔で立っていた。


「…ってめえら!!どういうことだ!?説明しやがれ!!」


普段からキレやすい小五郎がノーマンに掴み掛かる。

エマが眉を顰めて止めに入ろうとするが,ノーマンにやんわりと静止され,不満を覚えつつも渋々引き下がった。


「だからぁ,今からちゃんと説明するって。……ここはね…‥夢だよ。」

「…………はあ?」


胸倉を掴まれたままのノーマンの言葉に,小五郎が怪訝な顔をする。

ノーマンはニッコリとした笑みを崩さないまま続けた。


「ここは夢の中。正確に言えば,僕達の記憶の中だよ。」


心底訳が分からないとでも言いたげな顔をした小五郎を含めた全員に,今度はエマが一歩踏み出して話を引き継いだ。


「急遽,昨日の夜に作ったの。匂いを嗅ぐと気を失っちゃう薬。でも,これは睡眠薬とはちょっと違って,私達の記憶を見ることが出来ちゃうの。さっき,説明するのが面倒だって言ったでしょ?だから,わざわざ面倒な説明なんてしなくてもいいように,私達の記憶見せちゃったほうが早いよねってことで,開発したんだ。……だからさ……」


離してくれない?その手…。


明るい口調で説明したエマの声は,最後の方でトーンが少しづつ下がり,少しの間を置いて言ったその言葉に,先程までの明るさは一切無かった。

小五郎はエマのその圧に,思わずノーマンを掴んでいた手を引っ込める。

それを確認したエマは,満足したのか,ニッコリと笑うと,それ以上は何も言っては来なかった。

ノーマンはというと,対して気にした様子もなく,小五郎に掴まれたことにより,少し乱れてしまった襟を直している。

ノーマンが襟を直したのを見計らって,ユウゴが背中を向けて歩き出すした。

それに乗じてイザベラ,ノーマン,エマも全員に背を向けて霧の奥へと歩き出していく。

その行動が,「ついてこい。」という意味だということは,子供達にさえも理解できるものだ。

ここに留まっていてもしょうが無いので,コナン達はノーマン達に大人しく付いて行くことにした。
















暫く進むと,前方に,霧が晴れているところが見えた。

ノーマン達は,何の躊躇いもなく明るい光が漏れているところに消えていく。

一瞬,迷いはしたが,コナン達もその明かりに誘われるように吸い込まれていった。

コナン達の視界に広がったのは,深い夜の森の中だった。


「わぁー!!懐かしい!!ハウスの森だー!!」

「うん。そうだね。1ヶ月と少しの間だったのに,もう何年も昔のことみたいだ。」


エマとノーマンはとても嬉しそうに顔を綻ばせが,次の瞬間には,寂しそうな,悔しそうな,そんなやり切れない感情のこもった顔になる。

ユウゴが慌てて咳払いをして,「ほら,行くぞ。お前らが行かないと分かんねえだろ。」と声をかけてくれた。

ノーマン達はそれに頷くと,先陣を切って森の中を進んでいった。




















大分進んでいったところの開けた場所に,大きな建物があった。

エマがくるりとコナン達を振り返ると,手の平を上にして建物を示す。


「ここがグレイス=フィールドハウス。かつて,私達の家だった場所。何度も言うけど,私達,貴方達に説明をするのが面倒なの。意味はあると思うけど。だから,私達の記憶を見てもらう。………運命の,あの日からの記憶を。…………の前に,ちょっと良いかな?一つ見てもらいたい記憶があるの。」


エマがそう言ったと同時に,辺りが明るくなった。朝日が登ったのだ。

すると,場面が急に変わる。大きな門らしきそこは,森の奥深くにあるようで,そこに,3人の子供達が門の前に立っていた。

よく見ると,その3人の子供達は,エマ,ノーマン,レイにとてもよく似ていた。

エマらしき子供が門に近づいて柵を掴む。


[……これ,何?]

[門だよ。外と中を繋ぐもの。]

[外かぁ。]


エマ(ということにした byコナン)の言葉にレイ(ということに以下省略)が答える。

エマはノーマン(以下省略)とレイを見て,[一度も行ったことないね*!* ]と明るく言った。

それに答えたのは,今度はノーマンだった。


[僕達,生まれてからずっとここだもんね。]

[そういえばママ,言ってたよね*!*『門と森の奥の柵だけは危ないから近寄ってはだめよ』って。]


そのエマの言葉に,レイは一瞬,考えるように目を伏せたが,すぐに顔を上げて,門の奥を睨むような目で見ながら反論する。


[あんなの,嘘に決まってるだろ。]

[そうかな…。]


レイの言葉に,ノーマンがきょとんとして聞き返した。

だが,それにレイが答えるよりも早く,エマが[ねえレイ*!* ]と話しかける。


[外に出たら何したい?]

[…わかんね。エマは?]

[キリンにのりたい*!* ]

[がんば……。]


エマの質問に曖昧に答えたレイは,エマに聞き返した。

だが,返ってきた返答が子供そのもので,レイにとっては呆れしか出てこないものだったらしく,思ってもみない応援だけを口にして門に背を預けた。

その2人の様子を見ていたノーマンは,ふと門に手を伸ばす。


[…これ……これ,一体何から僕らを守ってるんだろう…?


ノーマンの疑問には,エマもレイも答えない。答えを持ち合わせていないからだ。

レイは門に預けていた背中を起こして門の奥を探るように見つめた。

ノーマンも,自身の疑問の最適解を探すように門の中をじっと見つめ続ける。

エマも,不思議そうに首を傾げながら門の中を見ていた。




















「さっきのは私達の幼少期の思い出の一つ。あれが後になって重要になる。」

「知らなかったら,僕らが説明しなくちゃならないしね。」


ノーマン達の幼少期の記憶を見終わったあと,すぐにまたGFハウスの前にワープし,時間帯も夜に戻ってしまったことにコナン達が驚く暇も与えられず,エマとノーマンは真剣に話し出す。

すると,言い終わると同時にまた朝日が登り,コナン達はまたワープした。

だが,今度は先程とは違い,門の前ではなく,ハウスの中の一室のようだ。

どうやら建物の中らしいそこは,沢山のベッドが並べられており,入口の一番近くのベッドでエマが仰向けで寝ていた。

だが,今コナンの前に立っている本物(?)のエマを見てもそうだが,寝ている他の子供達は,写真で見たときよりもどこか幼さが残っており,いやでもこれは過去の光景なのだと認めざるを得なかった。

すると,カランカラン!!!!と大きな鐘の音が建物中に鳴り響き,ベッドに眠っていたエマは,少し身動ぎすると,手も使わずにバッと起き上がり,子供達の方を向いて両手を上げた。

そして,とても寝起きとは思えない元気な声で部屋にいる子供達を起こす。


[おっはよー*!* みんなー*!* 起きてー*!* 朝ごはん遅れるよー*!* ]


エマの声に身動ぎした子供達は,ほとんどの子供が素直に起き上がったが,エマとは違い,眠そうに欠伸をしながら身を起こしている子ばかりだ。

だが,エマに負けず劣らずの元気いっぱいの子供が2人。元気に部屋の中を走り回っている。


[待て待てーい*!* ]

[待た〜ん*!* ]

[コラ*!* 遊んでないで支度しな*!* ]


コナン達がその様子を観察するように見つめていると,エマがとても懐かしそうな顔で子供達の名前を教えてくれた。


「あの子達は7歳のトーマとラニオン。その2人に注意したのは私達の1つ歳下のギルダだよ。相変わらず,トーマもラニも,元気いっぱいだよねー!」


あんたもな。という言葉を,コナンは寸でのところで飲み込んだ。

コナンがエマをちらりと見ると,エマはコナンのその様子には気付いていないようで,目を細めて目の前の光景を見つめていた。

すると,ベッドに座って妹の服のボタンを閉めていた映像の中のエマがニコッと笑って,[はい*!* 終わったよ。]と言った。

すると,その瞬間を狙っていたかのように,今度は2人の弟妹が涙目でエマに近寄ってくる。

2人共が,その手に,茶色のブーツを持っていた。


[エマ。 くつはけない〜。]

[ひも むすべないー。]

[分かった*!* 今行くー*!* 泣かないで〜*!* ]


涙目でエマに寄ってきた2人の子供は,同じことを言っているようで微妙に違っていた。

この子供達の名前も,エマが教えてくれた。


「女の子のほうがマーニャで,男の子のほうがフィルだよ。可愛いでしょ?」


そう言うと,エマはニコッと微笑んだ。




















タタタッ!!!という軽い音を立て,エマは,フィルを抱えて廊下を走る。

その間も,コナン達は全く動いておらず,まるで映画やドラマなどの映像の中に入り込んでしまったかのようだった。思えば,エマ達の記憶を見てからは一度も動いていない。場面だけが切り替わって動いている。

コナンがそんなことを考えていると,エマは急に足にブレーキを掛け,笑顔で家族に挨拶をしていた。


[おはよう*!* ドン,コニー*!* リトルバーニーも*!* ]

[おはよう。]

[おはようエマ。]


エマと同年代らしい色黒の男の子と幼い色白の女の子が,エマの挨拶に思わず笑顔になりながら返した。


「今の子達は,ドンとコニー!コニーが持ってたぬいぐるみは,リトルバーニーだよ!」


と言って笑っている,現実(ではないが,一応そうしておく。)のエマと,ドンとコニーの挨拶を聞くなり,もう一度スタートを切った映像の中のエマ。

コナン達は早くも混乱してきそうだった。

映像内のエマは,すぐに沢山の子供達がいる,広い部屋に辿り着いた。


[よし*!* 間に合った*!* ……わっ*!!* ]


エマがフィルを降ろすと同時に,突然,後ろから何かに押される。

エマが無言で振り返ると,そこにはトーマとラニオンがにたぁーとした表情でエマを見ていた。


[鬼さんこちら♪]

[手の鳴る方へー♬]


ぴょこぴょこ跳ね,ケタケタと笑いながら,トーマとラニオンがエマを挑発する。

すると,エマは右手で頭を抱え,[お前達…]と低く笑いながら低く呟くと,突然,ガオーと襲いかかる素振りを大袈裟にしてみせ,トーマ達へと突進する。

だが,その表情はとても楽しそうだった。


[食ってやるーッ*!!* ]

[[キャハハハハ]]


一度,大きな広間……食堂を出たエマを追いかけて,フィルも食堂の外へと飛び出して行った。

その一部始終をそばで見ていたギルダが呆れたように[やってるやってる…。]と小さく呟く。

と同時にトーマ,ラニオンを捕まえたエマが食堂の入口の方を向き,それと一緒に,フィルは自分でエマの背中によじ登り,エマの頭上からひょこっと顔を出した。

そして,4人で思いっきり笑い合う。

[[[[アハハハハ*!!!* ]]]]


暫くして,エマはトーマとラニオンを開放すると,その2人を先に行かせ,フィルをおんぶしたままもう一度食堂の中に入った。


[ほっはよー*!* ノーマン,レイ*!*]


エマは,背中に抱えたままのフィルに口を引っ張られながらもさして気にすることなく,寧ろ,先程と同様に,満面の笑顔を浮かべて,食事の支度をしている友人2人に朝の挨拶をした。

その友人でもあり,家族でもある2人は,台車を押しているノーマンと,飲み物の入ったポットを運んでいるレイだった。

2人の内,最初に挨拶を返してくれたのはノーマンだった。


[おはようエマ。]

ほっはよー*!* エマ。]

[…*!!* ]


ノーマンは普通に返してくれたが,レイはエマの発音をマネした挙げ句,からかうように歯を見せて,笑いながら挨拶を返してきた。

ノーマンはニコリと微笑むと,


[相変わらず元気だねぇ。まだ朝ごはん前なのに。]


と言って台車を押した。

それに続いて,ポットを持って進むレイは,笑顔を消して,至って真面目そうな顔をするが,エマを揶揄ることについては消さなかった。


[お前,歳いくつだ?5歳?]

[2人と同じ11歳*!!* 最年長ですけどー!?]


レイの言葉にムッとしたエマは,フィルを下ろしながらその後ろ姿に文句を垂れる。


[レイの意地悪〜*!* ]


エマがそう言うと,クスクスと微かな笑い声が背後から聞こえてきてきた。

その笑い声の正体はイザベラだった。


[ママまで〜*!* ]

[エマ。こっち手伝って。]


イザベラは口元に手を当てながらエマを見た。

エマは,[ママぁ…*!* ]と甘えるようにイザベラに抱きつく。


[もっかい入り口入ってくるところからやり直すー*!* ]

[どうして?私は好きよ?エマのそういうところ。]

[中身5歳のところ!?]


エマの不安そうな眼差しを受けながら,イザベラは首を左右に振ると,優しい笑顔を浮かべる。


[家族みーんなをとても大切に思っているところ。]


そう言って微笑んだイザベラは,エマの頬を両手で包み込んだ。

それにつられてエマも嬉しそうにニッコリと笑った。


[ありがと。ママ。]




















カランカラン!!!とイザベラが,手にしたベルを鳴らした。


[おはよう。私の可愛い子供達。今日も38人の兄弟みんなで幸せに暮らせることに感謝して……]


イザベラはそこまで言って一旦言葉を切ると,目を閉じて両手を組む。

同時に,子供達もイザベラと同じようにして手を組んだ。


[いただきます。]

[[[いただきます*!!!* ]]]


食事の挨拶をすると,みんな,一斉に食べ始める。

特に食いつきが良かったのは年少者らしい男の子だ。

コナンが見ていると,今度はノーマンが説明してくれた。


「あの子は5歳のマルク。誰よりもご飯が大好きなんだ。」


ニコニコとしてマルクを見つめるノーマンは,本当に幸せを感じていたのだろう。

すると,映像の中のノーマンが急に斜め向かいの席に座っているフィルを見て笑った。

キョトンとするエマとフィルは,お互いに顔を見合わせて,エマが目を剥いた。

フィルは口元に大量のクリームをつけて食事していたのだ。

布巾でエマがフィルの口元を拭くと,みんなで笑い合った。

みんな,美味しそうにご飯を食べているが,イザベラ以外は全員,真っ白な制服だった。

そして,その首筋には,一人一人違う,5桁の番号。

例えば,エマに口元を拭いてもらっているフィルは34394,フィルと笑い合っているエマは63194,食事を再開したノーマンは22194,コップに注がれた飲み物を飲んでいるレイは81194だった。

そして,なんとなくイザベラの方を向いたコナンは,小さく首を傾げた。

コニーの小さな口にスープを掬ったスプーンを運んでいるイザベラのその光景は,微笑ましいものだったが,その会話の意味が分からなかったのだ。


[もう。コニーったら。甘えん坊さんね。]

[だっていいでしょ?今日は…。]

[……‥そうね。]


イザベラはしょうがないという風に眉を下げて笑うと,コニーも嬉しそうにニッコリと笑った。

「今日は…。」の後に何か言葉が続くのだろうが,コナンには見当もつかない。なんせ,まだまだ分からないことだらけなのだ。

コナンがそんなことを考えていると,ふと,ノーマンの笑顔が唐突に消えた。

エマも真剣な顔で映像を見つめる。


「母と慕う彼女は親ではない。……共に暮らす彼らは兄弟ではない。」

「ここグレイス=フィールド ハウスは孤児院で,私達は,孤児。………そう,思っていた。」


ノーマンとエマの真剣そのものの雰囲気に,コナンだけでなく,その場に居る全員が二人を見つめる。

だが,イザベラだけは違った。イザベラは,悔やむように,唇を噛み締めて自身の足元を睨み付けていた。


















Age 11 Type 1

各問10秒以内に答えなさい。

それでは始めます。




耳につけたヘッドフォンから女性の声がしてテストが始まる。

エマとノーマンから聞いた話だと,これは,ハウスで毎朝,必ずやっているテストらしい。

全員,ヘッドフォンをしてテストの画面を見つめているが,記憶を見ているコナン達には音声が聞こえるようになっていた。

“将来のために” “貴方達のために”

イザベラはこのテストを「学校」の代わりだと言ったらしい。

だが,イザベラを見ると,不快そうに顔を顰めていた。

コナンは,ノーマンを見上げる。


「ねえ。このテストの画面,見てもいい?」

「勿論だよ。………解けるものならね。」


意味深にノーマンが小さく呟いた。

解けるも何も,このテストは4歳から始まるのだという。そして,ハウスの最年長は12歳。

対して,コナンは,見た目は兎も角,17歳なのだ。解けないわけがない。

“10秒”という厳しい制限時間に眉を寄せつつも,コナンだけでなく,この場に居る誰もが,解けるだろうと,そう思いながら,近くにいる子供の画面を見つめた。

コナンが見たのは,ずっと目をつけていたレイの画面だ。

灰原は,同性であるエマの画面を見つめる。

そして,驚愕に目を見開いた。




第1問 立体Aの展開図として正しくないものを選 びなさい。





難しすぎる。

そう,全員が思った。


立体Aというものですら,ほんの一瞬しか見せてもらえなかったのだ。

おまけに,展開図は複雑でもないのに,大きさも変えられていて,しかも,問題が読み上げられている間も時間に含まれているらしく,考えるだけで10秒使い切ってしまいそうだった。

だが,エマもノーマンもレイも,迷うことなく選択肢の下にあるバーコードのようなものにペンを走らせる。




第2問 次に描かれた立方体の総数を……

ピッ!!

第3問 この数列の第50項目に来る数を……

ピッ!!

第18問 次の不等式の表す領域を……

ピッ!!





「……嘘だろ…………。こんな問題……何で分かるんだよ……。」


コナンは思わず声に出して言った。

本当に,分かるわけがない。

難しすぎる。

『現役の高校2年生+現役の高校生探偵』であるコナンでも分からないような問題を,エマ達12歳未満の子供達はスラスラと解いていっていた。

所々,眉を下げて問題を睨みつけている子もいるが,ほとんどの子供達が,迷うことなくペンを走らせる。

ノーマン,レイ,エマに至っては別格だ。

問題を途中までしか聞いていない子供は他にもいるが,その問題自体を見ただけで何が問われるのかを予測し,その解に適するもののコードの上に素早くペンを走らせている。

しかも,凄いのが,その選択肢のところから一切,ペンを動かしていないのだ。つまり,問題を途中まで聞いて,そこでその解を確信しているということだ。それも,予測していたものに。

コナン達には,それが本当に正解なのかが分からない。そもそも,問題を最後まで聞けない上,問われていることの意味は分かっていても,その問題自体が難しすぎるし,その答えがあるはずの選択肢でさえも,凝っていてわけが分からない。コナンが絶句してレイのテストの画面と,真剣な表情でテストを受けているレイとを交互に見ていると,ノーマンが後ろからそっと近づいてきた。

そして,コナンの肩に,ポンッと手を置く。


「どう?解ける?」


しゃがんでコナンの目線に合わせたノーマンは優しそうに笑顔を向けているが,コナンはその視線から目を逸らすと,悔しそうに唇を噛み締めた。

それを見たノーマンは,嬉しそうに笑うと,コナンの耳元に唇を寄せる。

そして,コナンにだけ聞こえるよう,小さく呟いた。


「だからレイにずっと言われていたじゃない。……『俺には一生敵わない』って。」

「!!!!!?」


その言葉を聞くと,コナンはバッとノーマンを振り返った。

コナンから顔を離したノーマンは,もう,優しそうな笑顔を向けていない。挑発するような,そんな笑顔だった。

コナンは悔しさで歯を噛み締めるが,頭では敵わないと今思い知ってしまったからこそ,何も言い返せない。そんなこんなしているうちに,コナンの耳に機械音が響いた。




続けて,Type 2………




まだあるのかと,コナンは感じた。


















[ハー……終わったぁ…。]

[つかれたぁー…。]


長い長いテストが終わり,子供達は机に突っ伏するなりなんなりしてやっとリラックス出来たようだった。

すると,トーマが自信ありげにニッと笑う。


[まぁ,半分は行ったろ*!!* ]

[え〜!?半分も!?すごっ*!!* ]

[いいな〜。私なんか全然…最近ずっとだよ。]


トーマの言葉に最初に反応したのは隣に座っているマルクという少年だと,エマは言った。

マルクは驚いてトーマを見る。

そのマルクを挟んでトーマの右横にいるコニーは肘をつき,その両掌に顔を乗せると,羨ましそうに眉を下げて溜息混じりにトーマを褒め称えた。

3人がそんな会話をしていると,テストルームの前に立ったイザベラが紙を持ってみんなに呼び掛ける。


[結果を返すわね〜。………ノーマン,レイ,エマ…。]


イザベラはそこでパッと顔を上げると,嬉しそうに顔を綻ばせた。


[すごいわ3人とも*!* また満点*!* フルスコアよ*!* ]

[イエーイ*!!* ]


イザベラの結果報告にエマが両手を上げて大喜びした。

それで部屋中にざわめきが起こる。



コナン達も,驚愕に目を見開いた。


(満点…だと!!!?しかもまたって…‥‥あのテストで!!!?)


コナンが心中でそう考えていると,赤髪の男の子が溜息混じりに3人を順々に見つめていた。


[あ~あ。やっぱ違ぇな。あの3人は。]


まず,目を向けたのは2つ前の席で年少者と談笑しているノーマンだ。


[中でも断トツの頭脳を持つ天才ノーマン。]


次に目を向けたのはノーマンの後ろに座って自身の長い前髪をわざと吐き出した息で靡かせているレイ。


[その天才と唯一互角に渡り合える博識知恵者のレイ。]


最後に目を向けたのはレイの隣の席で子供達と笑顔で話しているエマだ。


[抜群の運動神経と驚異的学習能力で常に他2人に追随するエマ。]


赤髪の男の子は溜息を一気に吐き出すと,敵わないとでも言いたげに頭を抱える。


[マジ何食ったらああなるんだよ*!!* ]

[食べてる物は同じよ♡きっと私達とは神経系の出来が違うんだわ。]

[シンケーケー?]


赤髪の男の子の言い分にギルダがチッチと人差し指を振って否定する。

フィルはあのテストを受けているとはいえ,まだ4歳故だろう。神経系という言葉を知らないようだ。

ギルダはエマ達を羨ましそうに,尊敬するように見つめると褒め称えるように言った。


[あのレベルが一度に3人…ハウス史上初だって。]

[あ〜そりゃママも喜ぶわ…。自慢の子って。]


赤髪の男の子は3人を観察するように見る。


[勉強も運動も異様にとび抜けてるもんな。]

[そうね。]


赤髪の男の子の言葉に,ギルダも肯定する。

それをそばで聞いていたクリーム色をした髪を三編みにしている女の子もうんうんと頷いた。


「あの赤い髪の子はナット,クリーム色の髪の子はアンナだよ!2人共,9歳なの!」


エマがニコニコとしながら教えてくれるが,すぐにノーマンの方を見て「でも,そんなことないよね!」と言う。


「ノーマンとレイは確かに物凄っく頭良いけど,私は全然駄目だもん!」

「そんなことないよ。エマも十分,賢いじゃない。ハウスのテスト,いつも満点だし。」

「そうだけどー。でも,3人の中じゃ,私が一番頭悪いじゃん。鬼ごっこで2人に勝てたことないし,チェスでも!!あ〜!くやしぃ〜!!」

「ふふっ。まあね。でも,僕でも難しいよ。レイを騙すの。……まあ,騙せたときはすっごく楽しいんだけどね。」

「…ノーマン。それ,今レイがいたら間違いなく怒られてるやつだよ。」

「分かってるよ~。今だから言ったんじゃない。」


ノーマンとエマはコナン達そっちのけで笑い合う。

すると,ずっと黙っていてコナン達が存在すら忘れていたユウゴが唐突に口を挟んだ。


「……おい。お前らが喋る度にお前らの記憶の映像が止まるんだが?」

「え…?あ,ごめんユウゴ!」

「いいからさっさと黙っとけ。時間の無駄になること以外は喋んな。」


ノーマンは苦笑し,エマは「無駄なことなんて無いって言ったのに…。」と文句を垂れながらも口を閉ざす。

すると,止まっていた映像が再生し出す。


テストが終わって気が抜けている子供達の耳に,突然,ガタッと勢いよく椅子から立ち上がった音が響いた。

その音を立てた犯人は,先程から肩を震わせていたドンだった。

ドンは,立ち上がると同時に[ノーマン*!!* ]と叫ぶ。

呼ばれた本人はキョトンとしてドンを見つめた。


[鬼ごっこで勝負だ*!!* ]


それを聞くと,ノーマンは仕方がないと言いたげ眉を下げて笑った。


「………何で鬼ごっこ…?」

「ハウスでいつもやってたからだよ。」


小五郎の問いに,ノーマンは簡潔に答えると,そのまま口を閉ざしてしまった。

ほんの一言だと映像が止まることは無いようだが,それでも,ユウゴに目線で「あんまり言うな。口を挟むな。黙っとけ。」と言われているのでそれ以上はお互い,何も言わなかった。






















[レイは?]

[パス。]


ピシャン!!と,心の扉が閉まる音がした。

もう何度目か分からないエマとレイのやり取りに,映像の中のノーマンはエマの肩にポンッと優しく手を置いた。


[エマ。仕方ないよ。レイだもん。]

[チェッ…たまには混ざればいいのに…‥。]

[中身5歳児の相手をするのはごめんだ。]

[なっ……*! レイひっどーい*!!* 私だって最年長なのに〜!* ]

[あははっ*!* ]

[ちょっと*!* ノーマンまで笑わないでよ~*!!* ]


3人で集まっていると,ドンから声がかかった。


[おーい*!* ノーマーン*!* 始めようぜ*!!* まずはお前が鬼な*!!* ]

[うん。いいよ。全員捕まえるから。]


ニッコリと笑って参加者全員を捕まえると宣言したノーマンに,みんなが一斉に森へと逃げていった。


[今日は絶対に逃げ切るからね*!!* ノーマン*!* ]

[うん。僕も,いつも通り,絶対に捕まえるからね。エマ。]


エマとノーマンは先程までの仲良しさを何処へやったのか,お互いに挑発し合った。

エマを含め,森に逃げて行った子供達を見たレイは,興味なさげに本に視線を落とした。……すると,


〚無理だろ……。確実に。せめて新記録出すかどうかくらいだろうな。〛


と,口も開いていないのにレイの声が聞こえてきた。


「!!!?…どういうこった!?」


全員を代表して声を上げたのはまたしても小五郎だった。

すると,ノーマンがまた簡潔に答える。


「単純な話だよ。ここでは僕らの心の声…思考を読むことも出来る。…因みに,ここでは僕とエマ,ママの記憶の中ってことになっているけど,ちゃんとレイの記憶も,他の兄弟達の記憶も見れるんだよ。勿論,必要に応じて,だけどね。」


ノーマンはまた,それ以上は何も言わずに口を閉ざした。

そして,同時に映像が再生される。


[……]

[……ん…]


ノーマンは,木に背を預けて静かに読書しているレイに視線を向けた。

その視線に気付いたレイは,顔を上げると,ノーマンの物言いたげな目で何を求められているのかに気付き,一旦本を膝の上に置くと,ポケットを探って懐中時計を取り出した。


(あ…!あの懐中時計って確か……)


コナンは,昨日のかくれんぼでレイが時間を指定してきたことを思い出した。

その時に取り出していたのが,この懐中時計と同じ物だったのだ。

懐中時計の針が時を刻む。

秒針がXll (12)のところに来たところでレイは顔をあげてノーマンにアイコンタクトで合図した。

それを見たノーマンは,お礼を言うように微笑むと,森に散っていった兄弟達を捕まえるべく,走り出す。

走っていったノーマンをなんとなく目で追ったレイは,懐中時計を地面(と言っても原っぱという方が正しい。)に置くと,そのまま読書を再開した。




















[よ~し*!* ノーマン驚かせるためにも,最後,絶対逃げ切ってやろうぜ*!!* コニー*!* ]

[うん。]


鬼ごっこ中のドンとコニーは,一緒に森の中で意気込んでいた。

ドンの言葉に,コナンは違和感を覚える。


(?……最後?何が?)


だが,勿論,答えが出てこないまま,映像が続く。

コニーは少し恥ずかしそうに[ドン…。]と言った。


[いつも,助けてくれてありがとう。]

[なぁに言ってんだ水臭ぇ*!* 助けてやるよ*!* お前が困った時はいつでも*!* ]


そう言ってドンがコニーの肩に手を回すと,ドンは,何かに気付いたように地面を見つめた。


[あれ?これは……]


つられて,コニーもドンの足元を見ると,そこには,一つの足跡があった。

それを見たドンは,ニヤリと勝ちを確信したように笑った。


[ノーマン隙あり*!* ]


ドンを見上げたコニーは,ふと,背後を振り返ると,嬉しそうに微笑んだ。

だが,ドンはそれには気付かず,喋り通している。


[なっ…!?]


ドンが足跡とは逆の方向にくるりと振り返ると,ゲッとなって目を剝いた。

そこにいたのはノーマンだった。

ノーマンはニッコリと笑うと,ゆっくりとドンに近づいていった。


[ドン,隙だらけ。]


と,言いながら。

ドンが悔しそうに歯噛みするが,ノーマンは気にせず,寧ろ笑みを深めてドンの肩にポンっと手を置いた。


[ドンの弱点はすぐに決めつけて熱くなってしまうところ。もうちょっと冷静に判断できると良いかもね。]


そう言い残すと,ノーマンはさっさとその場を離れていってしまう。

捕まってしまったものはしょうがないので,ドンはコニーの手を引いてレイがいつも居る大きな木まで歩いていくと,そこで起きている光景に目を見開いた。


[げっ……*!* 何コレ!?既にほぼ全滅じゃん*!* ]

[ハハハ…ノーマン鬼だとこうなるよ。]


ナットが仕方がないという雰囲気を隠しもせずに言うものだから,ドンも今度こそ項垂れてしまった。

そんなドンがコニーに慰められていると,それを見ていたギルダとアンナが互いに目を合わせる。


[あーあ…。これでドンも捕まっちゃったし。]

[あと生き残ってるのはエマ1人。]

[最後はやっぱり…‥]


ギルダがそこで一旦言葉を切ると同時に場面が切り替わって丁度エマとノーマンが鉢合わせたところが映し出された。

ギルダの声が引き続き聞こえてくる。


*[ノーマンとエマの一騎打ち!!* ]**


エマとノーマンは,一瞬,目を合わせると,お互いにニコッと笑い合った。

だが,そこからはお互い,鬼ごっこに神経を注ぐ。

暫く走ったところに,崖とまでは言わないが,岩肌が見えていて,こちら側から向こう側までの距離も数メートルほどあるところが見えた。

だが,エマはそれに気付いても,スピードを落とさないどころか,寧ろ加速していく。

ノーマンもそれを止めようともしない。


「危ない!!」


蘭が思わず叫ぶ。

その肩にポンッと手が置かれた。ノーマンだ。

ノーマンはニッコリと笑うと,「大丈夫だよ。」と安心させるように言った。

それに思わず返す言葉も無くし,大人しく映像を見ていると,エマがその勢いのまま,分かたれてしまっているところよりも少し手前でぐっと踏み込んで,大きく両手を振り上げて跳躍し難なく飛び越えてた。


「!!!…嘘…!!」

「なにぃ!!!?」

「と,飛び越えた!?」


蘭,小五郎,目暮が全員を代表するかのように声を上げた。

そして,今度は全員でエマを見る。

エマは終始ニコニコとしており,特に何とも思っていないようだったが,全員の視線に気付くと,「エヘ♪」と舌を出して笑った。

そして,「うるせえ…。」という声が響き,反射的に全員,ピシッと固まる。

コナンはちらりとユウゴを見た。

何がそんなにこの記憶を見ることにこだわっているのかは知らないが,怒らせてしまうと昨日の男のようになるかもしれないと本能的に思ったので,黙っておいた。

もう一度画面を見ると,ノーマンも飛び越えるのかと思ったが,そうはせず,ノーマンは丁度エマが踏み込んだところで止まり,エマの姿を見つめると,〚流石…。〛とでも言うように微笑んだ。

すると,もう一度場面が変わって今度はノーマンに捕まってしまった子供達が,エマ達が戻ってくるのを待っている木陰で,ずっと本を読んでいるレイが映し出される。

すると,イザベラがピクリと僅かに反応した。

それを見たコナンは,すっと目を細める。


(あの人……彼奴が出てくる度に反応してるな。)


そう。イザベラはレイが出てくる度に,眉を寄せたり,両手を握り締めたりしているのだ。

少しの疑念を持ちながらもコナンは流れる映像に集中した。

映像の中のレイは映し出されてからも1ページだけ本を読んでいたが,最後のページまで読み終わったのか,パタンと閉じると,置いていた時計を手に取った。


[………そろそろか。]


そう小さく呟くと,レイは森の奥を見つめた。



そこでまた場面が切り替わる。

今度はノーマンがエマを探しているらしい光景のようだ。

そう思っていると,風も吹いていないのにノーマンの目の前に葉が数枚,落ちてきた。

ノーマンは何を思うでもなく,そのまま一歩踏み出し,2歩目のところで[うわっ*!* ]っと正面から転んだ。

木の上でそれを見ていたエマはハッとして[ノーマン*!* ]と言いながら慌てて木から飛び降りる。


[ノーマン…。]


エマは眉を下げてノーマンの背に触れようとした。

だが,そこでノーマンが転んだ体勢のままエマを振り返る。

その顔は,いたずらに成功した子供のような顔だった。


[転んだふり。]

[せこっ…*!!* ]


エマは思わず不貞腐れる。

ノーマンは起き上がるとポンッとエマの肩にさり気なく手を置いた。

そして,ニッコリと笑って,ドンに言ったように続ける。


[エマの弱点は優しいところ。今みたいなことになるかもしれないから油断しちゃだめだよ。]


ノーマンは笑って言ったが,エマはキョトンとしていた。

そこで,ノーマンが立ち上がる。


[レイのところに戻ろうか。]


ノーマンは,すっと手を差し出した。

エマはまだ,半ばポカンとしたままその手を取った。

そして,そのまま立ち上がると,2人で森を抜けていった。






















[…で]

[また捕まっちゃった〜っ*!* ]


レイの短い問い掛けにエマは寝転がったまま地団駄を踏んだ。

バタバタと手足をばたつかせても結果が変わるわけではない。

レイは懐中時計を片手にその様子を見ながら遠回しに褒める。


[ラスト1人で10分持ちこたえたぞ。新記録じゃないか。]


レイのその言葉にもエマは頬を膨らますと,ガバッと勢いよく顔を上げた。


[くやし〜*!* 何で!?なんでノーマンあんなに強いの?私かけっこじゃノーマンに負けたことないのに,鬼ごっこじゃノーマンに勝てたことないよ*!* ]


ノーマンはそれにニコッと意味ありげに微笑んだが,レイは隠すこともせず溜息をつくと,[………問題。]と言って懐中時計を置いた。


[現状,ノーマンにあってエマにないものなーんだ?]

[え!?計画性…?落ち着き…?圧倒的頭の良さ…?いっぱいありすぎて……]


レイの問い掛けにエマは頭を抱えて考えるが,検討はついても決め手がないようだ。

レイはそこまで聞くと,右膝に腕を乗せて言った。


[戦略だ。]

[……戦略?]


レイはそのまま続ける。


[確かに単純な身体能力ならエマのほうが上だろう。でも…]


レイは右手の人差し指を自身のこめかみにトントンと当てる。


[ノーマンはここが強い。ハンパない。そしてこれは鬼ごっこ。まさに戦略を競う遊びなんだよ。]


そう言ってレイはこめかみから指を退けると,今度はその掌を上に向けて軽く持ち上げるようにして説明を続けた。


[標的がどう動くか,〈鬼〉がどう攻めてくるか。状況を観察・分析し,常に敵の策(て)を読んで利用する思考が必要になってくる。身体をフルに使ったチェスみたいなもんだ。]


コナンは,いつぞやにレイに言われた言葉を思い出し,眉を寄せた。

映像内のエマは,暫くキョトンとしていたが,よく分からないと言いたげな表情を浮かべた。


[……鬼ごっこが?]

[少なくともこいつがやってんのはそういう遊び。そうだろ?ノーマン。]

[そこが鬼ごっこの面白さでしょ?]

[な?だから強いんだよ。]


エマは2人のやり取りを頭の中で消化するように見つめていたが,レイの方を向くと,品定めでもするように目を細めた。


[……で当然,レイにもあるんだ。“戦略”ってヤツが。]


エマの問い掛けに答えたのはレイ本人ではなく,その横で聞いていたノーマンだった。

ノーマンは何とでもないというようにニコッと笑う。


あるどころか,レイは僕なんかよりずっと策士だよ。]

[*!* …]

[オイ。買いかぶんな。]


ノーマンの答えに不満を持ったのはエマではなく,レイだった。

レイは眉を寄せてノーマンを見ると,木に背中を預ける。

対して,エマは気にせずに,すっと目を細めて今までのノーマンの捕まえ方と自分の逃げ方とを思い出していた。


[敵の策(て)を読む…か…。]


エマのその様子に,ノーマンとレイはお互いに顔を合わせて笑みを浮かべた。

その時。ドンがいきなり飛び出し,[ノーマン!!]と下から見上げて叫んだ。


[リベンジだ*!* 2回戦やろうぜ*!* ]


ドンはそう言うと,ビシッと右の人差し指をノーマンに向けて指した。


[次*!* ノーマン以外全員〈鬼〉*!!* ]

[[[せこっ…*!!* ]]]

[ってのどうよ!?]


全員の声が揃っただけでなく,あのレイでさえもドンのせこさに言葉を失っている。

だが,言われた本人であるノーマンは,一瞬,キョトンとすると,爽やかな笑顔でさらっと断言した。


[いいよ。捕まらないから。]


ドンはノーマンの言葉に,ニッと口角を上げた。


[言ったな~*!* 後悔すんなよ*!* ]


その言葉で,せこい第2回戦が始まった。

森へ逃げる前,ノーマンはレイを振り返る。


[レイ。またタイムよろしく。]

[ハイハイ。]


レイは興味が失せたのか,溜息をつきながら返事をした。

ノーマンはそれに気分を害することなく,寧ろニッコリと笑うと,そのまま森へと走っていった。

















それから暫く,みんなでノーマンを探していたが,なかなか見つからない。

ハウスの敷地は広く,施設(ハウス)を囲む四方の森は子供達の勝手知ったる『庭』だったが,その広い『庭』の中を縦横無尽に逃げ回る人物をまず見つけなければ鬼ごっこにはならないのだ。

だが,全員,ここに来て誰一人としてノーマンを視界に捉えられてはいなかった。

エマは,森の奥深くまで来て,キョロキョロと見回し,ノーマンの姿を探しだそうとする。

ふと,丁度坂になっているところに見知ったものが見え,なんとなしに坂を登って見つめた。

そして,左横に,自身と同じようにそれを見つめる人物がいることに気が付いた。

ノーマンだ。

ノーマンとエマはお互いに気付くと暫し固まるが,エマは走るでもなく,ゆっくりと近づくと,ポンッとノーマンの右肩に自分の左手を置いた。


[…‥僕の負けだ。]


ノーマンはそう言って微笑んだ。

そして,2人してもう一度目の前にあるもの……柵を見つめる。

先に口火を切ったのはエマだった。


[『絶対に近寄ってはだめよ』……]

[って,ママ,いつも言ってるよね。『門と森の奥の柵だけは危ないから』って。]


スッとエマは手を伸ばして柵に触れようとした。

だが,それが叶う前に,右側から声がかかる。


[あんなの……]

[*!!* …]

[嘘に決まってるだろ。]

[レイ…。]



鬼ごっこに参加していないはずのレイが,本を片手に,エマ達同様,柵を見つめながら言った。

あまりの気配の無さに,エマが驚いて反射的に伸ばしていた手を引っ込める。

ノーマンは,少々驚いたように聞き返した。


[嘘ってどういうこと?]


ノーマンの問いに,レイは溜息混じりにそう思った根拠を話し出す。


[だって見ろよ。これのどこが危ないんだ。柵も低いし,周りに危ないものは何も見当たらない。]


レイの言葉に,周りを見渡しながら〚確かに…。〛とノーマンが小さく納得する横で,エマが不満げにレイに食いつく。


[でもママが言うんだから……]

[…お前,ママが大好きだもんな。]

[それはみんなだって…]

[おい,お前ら*!* ]


エマの言葉に,レイは僅かに目を逸らしながら小さく呟いた。

だが,その呟きは,エマの耳に届いてしまったようで,また口を尖らせて文句を言いかけたとき,エマとノーマンの後方からドンの声がした。

振り返ると,ドンだけでなく,ギルダやナット,コニー,フィルもついてきていた。

ドンが不満げに文句を言う。


[やる気あんのか?]

[あれ?もう終わり?]


ドンに続いて来たギルダが名残惜しそうに言った。

集まってきたみんなを見て,ノーマンが微笑みながら言う。


[今日はもうよそう。あんまり遅いと,ママに叱られるし。]


ノーマンのその一言で,本日の鬼ごっこに終止符が打たれた。

坂を降りた一同は,その坂の上にある柵を見上げる。

ドンが小さく呟いた。


[いつか……出てくんだな。こっから…。]

[ここ孤児院だよ。出ていくのは当然。…12歳までにね。]


ドンの呟きに,さも当然のようにナットが返す。

すると,ギルダが不満顔で[来ないよね。手紙。]と口を開いた。


[手紙?]

[今まで施設(ハウス)を出てった兄弟達よ。誰一人手紙を寄越さないじゃない。きっと,施設(ハウス)のことなんて忘れちゃうくらい,毎日楽しいことでいっぱいなのよ*!* ]


ギルダはそう言うと,両手を合わせて祈るように言った。


[あ〜*!* 私も早く〈外〉へ出たい*!* そして色んな服を着てみたい*!* ]

[またそれかよ。]

[だって今これ一種類よ!?白一張羅*!* ]

[〈外〉は施設(ハウス)に無いものいっぱいだからな〜。]


ギルダの言葉に,ドンが呆れたように言うが,ギルダはそんなドンに,これは女子の願いだとでも言うように噛みつく。

ナットも〈外〉に興味があるのか,ギルダに肯定するように呟いた。

みんなのその様子を見て,フィルが元気よく挙手をする。


[ぼく汽車見たい*!* ]

[お*!* いいねぇ汽車*!* ]


ドンは,先程のギルダへの対応とは真逆で,食い気味にフィルに一票入れた。

そして,みんなから一歩引いたところで清聴しているレイに話題を振る。


[レイは?]


ドンの問いに僅かに顔を俯かせて考えるようにしたレイだが,答えは決まっていたのか,小さく,でも,何かしらの決意の籠もった声色で答える。


[外に出たら…まず,生きてかなきゃ。]

[重いよレイ。]


重すぎるレイの回答に,ドンは眉を寄せて突っ込んだ。

事実ではあるのだろうが,夢を語ってほしかったドンとしてはレイの答えは気に入らなかったらしい。

ドンは切り替えて,今度はエマに聞いた。


[エマは?]

[私?私は……]

[キリンに乗りたい…だろ?]


ドンの問いに答えたのはエマではなくレイだった。

昔言っていたことだったのだが,エマは覚えていないのか,[そうだっけ?]とキョトンとしつつも,ワクワクしている様子なのが丸分かりだ。

そして,少し考える素振りを見せる。


[私…私は……]


決まったのか,嬉しそうに顔を上げて言ったエマの言葉は,レイほどではなくとも,みんなの予想していたものとは少しズレているものだった。


[私は…別に出て行きたくない*!* ずーっとここに居たい*!* だって私今幸せだし*!* ねー*!* ]


そう言って笑ったエマに対し,レイは前髪で顔を隠して俯くと,自分にだけ聞こえる声で呟いた。


[幸せ…‥か。]


何か思うところがあるのか,小さく呟いたその言葉は,今度こそ誰にも拾われることはなかったが,記憶を見ているコナン達には聞こえてしまい,僅かに眉を寄せる。

ドンはまた,レイの回答とは別の意味でズレているエマの答えに眉を寄せた。


[なんか,それ,ズルくね?]


フルスコアの考えていることは自分には到底理解出来ないと言わんばかりの顔だ。

そんなことを考えていると,ドンたちの足元で高い声が響いた。


[私,書くね*!* 手紙いっぱい書く*!* みんなのこと,絶対忘れない。]


気持ちの籠もったコニーのその言葉に,その場に居た全員が耳を傾けた。

コニーはそのまま自分がやりたいことを話し出した。


[私,トロいし,みんなみたいにユウシュウじゃなかったけど…]


そこまで言うと,コニーは顔を上げて嬉しそうに笑って言った。


[大人になったら,ママみたいな“お母さん”になりたいんだ*!* それでね,絶対子供を捨てたりしないの*!* ]

[おう*!* コニーなら絶対なれるぜ*!* ママみたいな優しい“お母さん”*!* ]


コニーの言葉に,一番に反応を示したのはドンだった。

ドンのその言葉にみんなも嬉しそうに,我が事のようにうんうんと頷く。

そのみんなの姿に更に嬉しくなったコニーは,ニコッと微笑んだ。

横から吹いてきた風も,そんなコニーを応援するように,その髪を優しく撫でた。





















すっかり暗くなった森から随分前にハウスに戻ってきていたエマ達は,全員で玄関に集まっていた。

カレンダーには,2045年 10月12日のところに,赤で丸がつけられており,そこには,同じく赤でConnyと書かれていた。

それを見て,コナンは思わず声を上げる。


「に,2045年!?」


コナンの声に,全員の視線がカレンダーに向く。

そして,驚愕に目を見開いた。


「はぁー!?今何年だと思ってんだ?!」

「後に分かる。……と言っても,随分先だけどね。」


ノーマンはそう言って苦笑すると,再び真剣な顔で映像に注目した。

コナン達も,その答えに不満を覚えつつも,眼の前の光景に目を向ける。

そこでは丁度,コニーがハウスの白い制服ではなく,黒い装束に身を包んでみんなの方を向いている様子が映し出されていた。

コニーがニコッと笑って口を開く。


[…私,ハウスを出ても頑張る…*!* 大丈夫。この子が…リトルバーニーがいるもん。]


コニーの笑顔にエマ達の顔にも自然と笑みが浮かんだ。

笑顔でないのは感情を表に出さないレイだけだ。

コニーは,暫くみんなを見ていたが,ふと,顔を歪めると泣き出してしまった。


[やっぱり私…出て行きたくない*!* もっとみんなと一緒に居たいよ…*!* ]

[コニー…*!* ]


泣き出してしまったコニーに,ドンも堪らえていた涙が一気に溢れ出して,腕で顔を覆う。

エマも涙ぐんでしまった。

その様子を,レイは,どれだけつられるんだと言いたげに,若干呆れて見つめていた。






やがて,イザベラに慰められたコニーは,ハウスの建物を出ると,イザベラと手を繋いで門へと向かっていた。


[♪♫♪♬♪…]

[ママ。聞いたことない歌。なんていうの?]


イザベラはコニーのその問いには答えず,歌を口ずさんだまま微笑むと,そのまま門へと足を運んだ。

普段は閉じているその門は,今日は特別に開いていて,それがコニーが里親の元へ向かうためだと語っていた。





すると,そこで場面が切り替わる。

今度はハウスの中だ。

エマが掃除用のモップを持って食堂に入った。

ふと,白いテーブルクロスが引かれた3つの机の内,一つの机の上に,ぬいぐるみがポツーンと置かれているのが目に入る。

そのぬいぐるみはコニーの宝物であるリトルバーニーだった。

エマは堪らず声を上げた。


[コニー!!!?ウソでしょー!!!?]


ノーマンとギルダが[早く終わらせよう。]と会話しながらモップを持って食堂に入ってくる中,エマはモップを投げ捨て,バタバタと走ってリトルバーニーが置かれている机へと向かう。


[エマ…?]


ギルダが不思議そうに声を上げると同時にリトルバーニーを手に取ったエマの頭の中は大荒れだった。


〚ありえるか!?あの会話からこの流れでこんなウッカリ**ありえるか!!?**でもあの子ちょっとフワッとしてるから…いやでもしかし*!!!* 〛


混乱して語彙が頭の中でおかしくなっているエマの手元を見て,ギルダとノーマンもコニーが忘れ物をしたことに気付き,エマに近づいた。


[ど……どうしよう…。]

[…って,コニーもう行っちゃったよ?]

[でもないかも。]


ギルダとエマが眉を下げて悩んでいると,開けっ放しだった食堂の扉から入ってきたレイが口を挟んだ。

レイの髪は濡れており,首にタオルを掛けていることから,お風呂上がりであることは容易に想像出来た。

そして,エマとノーマン,ギルダは同時に思う。


〚レイ,いつもああしてるけど,よく風引かないなぁ。…っていうか,『小さい子が真似するからやめなさい』ってママにいつも言われてるのに…。〛

〚絶対に髪を乾かさないっていうスタイルがレイらしいよね。僕だったら無理。すぐ風引いちゃう。〛

〚毎回そうだけど,髪を乾かしてあげなきゃっていう母性がくすぐられるわ。……私の方が妹だけど。〛


3人のそんな心情を知らないレイは,ピッと指と目線を門のある方角へ向けた。


[さっき風呂場の窓から,遠く門に灯りがついてるのが見えた。見送りについて行ったママも戻ってきてないし,まだコニーは出発していないんだと思う。]


レイのその言葉に,エマはハッとしてリトルバーニーを抱き寄せた。

そんなエマに,モップを持ったノーマンが,[届けてやろう。]とエマの後ろから声をかける。


[ノーマン…。]

[本当は,ママに頼んで,後から送ってもらうのが筋なんだろうけど……]


ノーマンはそこまで言うと,ニコッと微笑んでエマの気持ちを確かめるように言った。


[“コニーの気持ちを考えたら早いほうがいい”……だろ?]


エマはそれを聞くと,嬉しそうにニコッと笑って頷いた。


[うん*!* ]


そう言うなり,ノーマンとエマは早速動き出した。

ノーマンが入り口近くにモップを置くと,2人は,助言してくれたレイを通り過ぎて玄関に向かう。

だが,ノーマンは思い出したように[あ…!]と声を上げると,くるりと振り返り,レイに向けて穏やかに微笑んだ。


[僕達の代わりに,掃除…お願いね。レイ。]

[…はぁ?]


欠伸をして食堂を出て行こうとしていたレイは,ノーマンの一言でピタッと止まると,一拍おいて素っ頓狂な声を上げた。

レイにしては珍しいその反応に,ノーマンは気を良くして笑みを深めると,[だってそうでしょ?]と笑った。


[ギルダにだけやらせるのは申し訳無いし,何より,レイが『間に合う』って言ったんだから。]

[~~~~っ…*!* ]


レイは暫くノーマンを睨みつけていたが,[はぁ…。]と溜息をつくと,渋々と言った風に目の前に置かれてあるモップを手に取った。

それを見たノーマンは満足そうに[ありがとう。]と言って微笑んだ。


〚なんだかんだ言ってレイはすごく優しいから。こういうのは絶対引き受けてくれるんだよねぇ。意地なんて張らずに,もっと素直になればいいのに。〛

〚彼奴…。わざとだな。わざと俺の近くにモップ置いて視界に入れ,頼み込んで断れないようにしやがった…。性格わるっ…‥*!* 〛


心中揃って呟いているが,考えていることは真逆。

ノーマンはふわふわとした笑顔で心の中でレイの良さを語っているが,レイは顔を顰めて心中で悔しそうにブツブツと文句を言っている。勿論,同時に手も動かしながら。


[ノーマーン*!!* どうしたのー?行こうよー*!* ]

[うん*!* 今行くよー*!* ]


立ち止まったノーマンに気付かず,先に玄関に行ってしまったエマは,大声でノーマンに呼びかける。

ノーマンはそれに返事をすると,[じゃあ,よろしくね。レイ。ギルダ。]と言い残してからエマの元へと向かった。



[お待たせ。エマ。]

[あ*!* ノーマン*!* ここ,鍵かかってるの*!* 裏口から行けたりしないかな?]

[そっか。じゃあ,一旦,裏に回ろう。]

[うん*!* ]


ノーマンが正面玄関に着くと,エマが困ったようにガチャガチャとドアノブを回していた。

裏口なら開いているかもしれないと僅かな希望を添えて2人で裏口へと向かう。

だが,そちらの方も,筋肉質で力のあるエマがいくらドアノブを回しても,ガチャガチャと音が鳴るだけでドアノブが回り切って扉が開くことはなかった。

エマは眉を下げて困ったように項垂れる。


[だめだぁー……。やっぱり裏口も鍵がかかってる…。そうだよね。ママ留守だもん。戸締まりするよね…。]


そう言ってドアから一歩引いてしまったエマに対し,ノーマンは何処から持ってきたのか,針金を持って一歩ドアに近づいた。


[問題ない。この型なら開けられる。仕組みがね,知恵の輪レベル。]

[えっ…ノーマン!?]


さらっと言ってのけたノーマンに,エマが驚いて顔を突き出す。

それに対し,ノーマンはなんとも思っていないかのように[普段は開けないよー♪]と楽しそうに言って針金を鍵穴に差し込んだ。


[でも今は“特別”。]


そう言うと同時にガチャッと音を立てて鍵が開いた。

あまりの早業にエマが言葉を失っていると,ノーマンはさも当然かのようにまた爆弾発言を落とした。


[これ,できるの僕だけじゃないよ。レイもできる。]

[えっ!?レイも!?]

[うん。]


ノーマンはエマを振り返ってニコッと笑うと[実はね…。]と切り出した。


[昔,僕が機械の分解の延長とか,パズル感覚でやってたのをレイに見られちゃってね。てっきり,レイはママに言っちゃうものだと思っていたんだけど,ママには言わずに,それどころか,『面白そうじゃん。』って言って,この“悪い遊び”に加わってくれたんだよねー。]

[えーっ!?そうだったのー!?]

[うん。あ*!* 因みに,レイは物凄く器用だから,僕よりも上手く出来るよ。]

[えーっ!?いや,確かにレイは器用だけども…*!!* ]


まさかそんな遊び(?)をしていたとは露知らず,エマは混乱したまま,ノーマンに続いて裏口から外へ出た。

ノーマンはニコニコとお手本のような笑顔を浮かべながら[?…大したことじゃないよ。]と言った。


[僕なんてまだまだ。出来るのにちょっと時間がかかったから。レイは一発で出来たのにね。]

[レイー!!!?すごいけど*!* すごいけれども*!!* いやでもしかし*!* だめでしょ*!!* ]

[だから言ってるじゃない。“悪い遊び”だって。]


“悪い遊び”と言いつつも反省の欠片もしていない様子のノーマンに,エマは呆れてしまった。


〚ノーマンがこんな調子なんだったら,レイも全く反省してないんだろうなぁ…。ママには見つかってなさそうだけど,遊びで出来るようなことじゃないよ…。本当に頭いいなぁ。凄いなぁ2人共…。あと,レイはめっちゃ器用だなぁ。〛


リトルバーニーを抱えて,門に向かいながらエマがそんなことを考えていると,いつの間にか門の前まで来ていた。

ノーマンとエマは初めて門が開いている姿を見て,立ち止まる。

エマが不安そうに眉を下げて呟いた。


[『絶対に近寄ってはだめよ』……。]

[分かってる。後で一緒に叱られよう。]


エマの小さな呟きに,ノーマンは安心させるように,優しく微笑んだ。


[コニー?]


門の中に向かってエマが小さく呼びかける。

門の中の扉からしか,灯りの漏れていない門に,少し遅かったのかと思いつつも,僅かな希望を持って,エマとノーマンは足を踏み入れる。

そこには,トラックがポツンとあったことから,まだコニーは出発していないと分かって,エマはほっと息をついた。

そして,トラックを新鮮な目で見上げる。


〚ほわぁぁ…。本物の“車”だ…。はじめて見る…*!* 〛


少し感動してまじまじとトラックを見つめていると,ぴちゃっという水音がして,エマは背後を振り返った。

そこには小さな水溜りがあり,液漏れでもしているのか,上から何かの液体が落ちてきていた。

ノーマンはトラックを見回しながら,運転席の窓によじ登った。

だが,その中には,誰も居なかった。


[…誰も居ない。]


ノーマンは一度車から降りてそう言うと,門の中を観察するように見つめる。

ノーマンのその言葉に,エマは布がかかっているトラックの荷台を指差した。


[荷台に乗せておけば分かるかな?]

[そうだね。]


ノーマンが頷いたのを見ると,エマはトラックの荷台に足を向けた。

ノーマンは,普段は見ることの叶わない門の内部をもう一度眺め始める。

そしで,暗い空間に一際大きな音が響いた。



ドサッ…!!!



[*!!* …]


ハッとして,ノーマンは音がした方向を振り返る。

車の荷台の前で,エマがリトルバーニーを落としていたのだ。


〚?……家族のことも,家族の物も,心から大事に思っているエマにしては珍しいな…。〛


ノーマンがそう思っていると,エマが一歩ずつ,一歩ずつ,足を震えさせながら荷台から後退っていった。

そして,震える声で小さく呟く。


[……………ノーマン……。]


ただならぬエマのその様子に,流石に心配になったノーマンは,それでも,油断せず,一歩一歩,慎重にエマに近づいていった。

目を見開いて固まっているエマの視線を追うように,ノーマンは荷台に目を向ける。

そして,息を呑んだ。


[*!!!!* …っ…]


そこには,胸に赤い花を咲かせ,目をこれ以上ない程見開いて動かなくなっているコニーがいた。


死んでいる。


ノーマンもエマも,瞬時にそれを悟ってしまい声にならない悲鳴を出して固まってしまった。




「「「き…きゃあぁぁぁ*!!!* 」」」


声が出せないでいる記憶の中の2人の代わりに,蘭,朝美,歩美の3人が悲鳴を上げた。



するとその時。

低く,威圧高い声が門の中に響いた。


[誰かいるのか!?]

[[*!!* …っ]]


2人は咄嗟に車の横…壁側になっている方へ隠れようと震える足を叱咤して踏み込んだ。

ノーマンとエマは揃って車の背後に隠れようとしたが,エマは一歩踏み出すと,思い出したようにくるっと振り返り,慌てて,取り落としてしまったリトルバーニーを抱えてから車の影に隠れた。

その直後,ガチャッと扉が開く音が門の中に響く。

次いで,低い男の声が2人分聞こえてきた。


[オイ今声がしなかったか?]

[気のせいだろ。]


ザッザッと,人間にしては少々重い足音が響く。

ノーマンとエマが頷き合って車の下に隠れると,男達の声が段々と近づいてきた。


[チッ*!* ノラ猫なら捕まえて食ったのに…。]

[ゲッ…お前猫なんて食うのかよ…。]


グロい話をしている声の主を見るために,2人はやっと車の向こう側が見えるくらいまでそっと顔を出した。


そして,出てきそうになった悲鳴を押し殺す。


そこに居たのは,人間とは似ても似つかない,怪物だった。



〚………なに?〛


エマは心の中で問うた。

怪物の一匹が,荷台に乗ったままのコニーの身体を易々と持ち上げる。

殺されているコニーは,勿論,抵抗もせずダラリと,成されるがままだった。


[へへへッ…‥旨そうだなァ…。やっぱり人間の肉が一番だ。]


コニーを見て怪物の一匹が舌舐めずりをする。

もう一匹のほうがゴトッと音を立てて,液体の入った,大きなケースのようなものを置く。

エマは口を手で押さえて声が出ないようにするが,頭の中は自分でも驚くほどうるさかった。


〚何!?何なの!?こいつらがコニーを!?〛


少しずつ冷静になりつつある頭の中で,様々な言葉が飛び交う。


何だ 食べる?人間を? 人型の  怪物 まるで〛

[食人鬼(おに)…。]


エマの心を代弁するように,ノーマンが小さく呟いた。


〚…………鬼!?〛


エマ達が考えている間も,鬼達の会話は続く。


[くそッ*!* 指の先だけでもダメかなァ…。]

[馬鹿。大事な商品だぞ。俺達如きに手の届く代物じゃない。]


一体の鬼が悔しそうに呟いたのに対し,もう一体が冷静に咎めた。

そして,その鬼がエマ達をさらなる絶望へ突き落とす。


[この農園の人肉は,全部,金持ち向けの高級品なんだぜ。]


エマは,鬼の言葉を理解するのに,時間がかかってしまった。


〚農園…?人肉…?〛


エマは一度口を押さえていた手を離し,その手を見つめた。


〚………“肉”?〛


里子に行くのを楽しみにしていたコニーの笑顔が,

[元気でね]と笑って見送った自分達が,

外の世界に目を輝かせていた頃の自分が,

エマの頭の中に飛び交った。

そして,もう一度口を押さえる。


〚………嘘……。私達はずっと,食べられるために生きてきたの?〛


エマの頭に,沢山の家族の顔が思い浮かぶ。


ママのことが大好きなマーニャ。

自分を慕ってくれている可愛い弟のフィル。

ノーマンにベッタリのシェリー。

恥ずかしがって言わないけれど,密かにレイのことが大好きだと言っているジェミマ。

他にも……もっと………。


そう。エマも,エマの家族も,全員,食べられるためだけに生かされてきていたのだ。


絶望するノーマンとエマの耳に,ガチャッと,第三者が入ってくる音が響く。

2人して顔を上げると,もう一体,鬼が出てきていた。


[儀程(グプナ)は?]

[大方終わりました。]


鬼の一体が出てきた鬼の問いに答える。

他2体よりも賢そうな鬼は,手に持っている紙を見つめた。


また6歳…此の所,の出荷が続いている……が,ようやく上物以上を“収穫”できるな。]


鬼はそう言って指先で執着するように紙に書かれた表の上3段をなぞった。

その表の上3段は,age.11と記載されていて,上から順に,22194,81194,63194と書かれている。

それがノーマン,レイ,エマの3人のことを意味していることは,コナン達にも容易に想像できた。

だが,映像の中に居ないレイは勿論,車の下に隠れているノーマンとエマは見上げているだけなので,それが分からない。

鬼がくるりと背後を振り返る。

つられてノーマンとエマも鬼の後ろを見るが,2人をさらなる絶望のどん底に落とし入れるだけだった。


[そろそろこのフルスコア3匹も“摘める”よう仕上げておけ。]

[はい。]


鬼の指示に返事したのは他2体の鬼ではなく,女の大人の声……ノーマンとエマがよく知っている女性,イザベラの声だった。


畏まりました。


イザベラは,2人が見たこともないような,残酷な表情を崩さずに言った。

鬼が続けて言う。


[物資(エサ)は倉庫の中だ。次も頼むぞ。]


鬼の期待を込めた声にも表情を崩さず,イザベラは淡々とした声を発する。


無論,お任せ下さい。


と。

ノーマンとエマは絶句してイザベラを見上げた。

そのイザベラの顔には,自分達のよく知る母親の顔など,一切無い。

そのまま,イザベラが倉庫に向かおうとすると,賢そうなあの鬼がピクリと何かに反応し,イザベラの動きを止めた。


[待て。…‥何か臭う…。


鬼は眼球だけを動かし,車の下へと顔を向けた。




「*!!!* …やべえ*!!* 」


コナンは,エマ達が見つかってしまうのを予知し,思わず声を上げる。

その間にも,鬼はしゃがみ込んで車の下を覗いていた。

そして,影ができている部分に目を向ける。


「…*!!* 」


そこで,場面が切り替わった。



ハアッハァ…と息を乱しながら門から逃げるように走る2つの影がある。

ノーマンとエマだ。

いつの間に門を抜けたのか,2人はハウスの森を全速力で走っていた。

顔を俯かせ,死物狂いで走る2人の頭には,先程の光景がこびり付いている。

すると,エマが躓いて転んでしまった。


[エマ*!* ]


エマが転んでしまったのに気付いたノーマンは,慌てて足を止めたが,エマに近づいて声をかける余裕もなく,膝に手をついて乱れている呼吸をひたすら整える他無かった。

エマも,地面に手をついて肩で息をしながら[違う…*!* ]と叫んだ。


[〈鬼〉はッ……想像上の生き物で…みんなは…里子に……]


〚農園?出荷?そんなのありえない。〛と,エマは首を左右に振ってひたすら否定しながら,ノーマンを見上げる。


[ママは……いつもの優しいママだよね…荷台のあの子…コニー…じゃなかったよね?]


[そうだよ。そんなのありえない。ここは孤児院だ。]と言ってノーマンも笑ってくれるのを期待して,エマはぎこちない笑みを浮かべて言った。

だが,ノーマンはそんなエマに辛そうな顔を向け,無理矢理呼吸を整えると,悔しそうに呟いた。


[……あれは…コニーだった。]


否定したかった。全部,悪い夢だと思いたかった。……現実逃避しないと心が砕けそうだった。

でも,今,ノーマンの言葉でこれは夢なんかじゃない,現実なんだとエマも認めてしまった。


そう感じた直後,エマは,我慢していたものが涙となって一気に溢れ出てきてしまうのを感じた。


[うっ…うああああぁぁぁぁ……*!!!!!* ]


星がランランと輝く夜空に,エマの絶叫が響き渡った。























ハウスに戻った2人の気分とは真逆の,明るい光が視界に入ってきて,2人は身を固くした。

だが,そこにいたのは,鬼でもイザベラでもなく,カンテラを持ったレイだった。


[おかえり。……どうだった?]


相変わらず気配もなくスッと現れたレイに,いつもなら,[気配消さないでよー。]などと笑って言えるのに,今は2人共,何も言えなかった。

俯いて答えようとしないエマの代わりに,ノーマンが声を絞り出して,悔しそうに言った。


[…間に合わなかった。]


2人は,そのままレイの横を通り過ぎると,2階へと上がっていく。

ノーマンは心中でレイに謝った。


〚レイがこの時間にまだ寝ていないってことは,僕らを待っていてくれたんだろう。……でも…ごめん。今は…それどころじゃないんだ。〛


高い推察力を持つレイなら不審に思ってついてくる可能性もあったが,2人の様子から何か感じ取ったのか,レイは素直に道を譲っただけでついては来なかった。

だが,勿論,レイはあることに気が付き,目をすっと細める。


〚……手ぶら?〛


そう。エマ達は,ハウスの建物を出て行くときにリトルバーニーを持っていた。間に合わなかったのであれば,持っていないのはおかしい。

やはり何かあったのではと,階段を登っていく親友2人を見つめて,レイは眉を寄せた。









ハウスの一室に啜り泣く声が響く。

エマとノーマンは,レイと分かれた後,ノーマンの部屋で落ち合っていた。


[ここは農園…私達は,“食料”…。]


ノーマンのベッドの前で体育座りをしたエマが泣きながら呟く。

もう,そう認めざるを得なかったのだ。

自身のベッドに腰掛けたまま,ノーマンが決意したような表情で扉を睨みつけながら口を開いた。


[逃げようエマ。ここを出るんだ。]


ノーマンは神妙な面持ちで続ける。


[〈外〉がどうなっているかはわからない…。でも,生き延びるには逃げるしかない。]


自身にも,そして,エマにも言い聞かせるようにノーマンは言った。


[大丈夫…。きっと逃げられる…。僕とエマとレイ。3人なら……]

[無理…なのかな…。]

[…*!* ]


ノーマンの言葉を遮ってエマが小さく呟いた。

エマはギュッとスカートを握り締める。


[ここに残せば確実に殺される…。]

[*!!* …っ…]


エマは膝に埋めていた顔を上げてボロボロと涙を流しながら弟妹達を起こさないように,でも,もう耐えきれないと言うように,心からの叫びを上げた。


[置いてけない…これ以上家族が死ぬのは嫌だ…*!* ]


ノーマンはそのエマの言葉に悩む素振りを見せたが,ポンっとエマの肩に手を置いて[…無理じゃない。]と答えた。

エマがノーマンを見上げると,ノーマンはベッドから降りてエマと同じように座った。

そして,エマを見ていつも通りの穏やかな笑顔で笑った。


[大丈夫。みんなで一緒にここから逃げよう。]


ノーマンのその笑顔に,エマはほんの少し安心したが,途端にその表情が曇る。


[…でも,どうやって………]


エマは一度ノーマンから顔を背けると,じっと扉を見つめて考える素振りを見せた。

そして,ハッと気が付いたように[戦略だ…鬼ごっこと一緒…*!* ]と呟き,再びノーマンを振り返る。

ノーマンは変わらず穏やかに微笑んで,[そう。]と言って頷いた。


[見つけるんだ。僕らが生き残る方法を…*!* ]


エマはノーマンの優しい微笑みに背中を押され,目に涙をためながらも,力強く,[うん*!* ]と頷いた。


















その間も,レイは自身の部屋に帰ることはなく,カンテラを持ったまま,玄関の前にある窓から肩越しに,門を見つめて立っていた。

今度はイザベラを待っているのか,じっと門を見つめている。

だが,このときのレイの思考は何もなく,一体何故イザベラを待っているのかは分からなかった。
















一方その頃,イザベラは鬼にあるものを手渡されていた。

リトルバーニーだ。

エマ達が逃げていってときに,落としてしまっていたのだ。


[車の下に落ちていた。処分しておけ。]

[……]


イザベラは,今度は何も言わずにリトルバーニーを受け取った。

だが,その顔は驚愕に満ちていた。
















そこまで見て,コナン達は怒りに打ち震えていた。

代表して小五郎がイザベラに詰め寄る。


「おい!あんた!!何で殺した!?まだ子供なのにどうして…!」

「うるさいよ。」


小五郎とイザベラの間に割って入ったのはノーマンだ。

スッとイザベラを守るように立ちはだかる。

それに一番驚いたのはイザベラだった。

だが,小五郎にとっては神経を逆撫でされたように感じたらしい。

キッとノーマンを睨むつけると,最初と同じようにまたその胸倉を掴んだ。


「てめえもだ!!何で3人って言った!?どうして…!!」

「あれ?気付いてないの?」

「はぁ…?」


ノーマンはそう言うと,小馬鹿にしたように微笑んだ。


「混乱してたエマなら兎も角,探偵なんでしょ?どうして分からないのかなぁ。……まあ,後で分かるさ。レイが丁寧に説明してくれるからね。」

「……はあ?」


さも意味が分からないと言いたげな表情で小五郎がノーマンを見る。

すると,「ねえ。」という低い声が響いてきた。


「いい加減,ノーマン離してくれない?私達,言ったよね?『ノーマンやレイ,ユウゴ,ママ達のことを悪く言ったら容赦はしない』って。……聞こえてなかったの?」


殺気を含んだエマの言葉に,小五郎はたじろいで,慌ててノーマンを話す。

ノーマンは掴まれたせいで乱れた服を直すと,「よし!」と言って笑った。


「続きを見よう!」


その言葉と同時に,停止されていた映像が再生された。

幾度目かの鬼ごっこそして譲れない駆け引き

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