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⚠注意
① 引き続き,記憶の追憶です。苦手な方は回れ右をしていただけると幸いです。
② 「」が現実(?)のエマ達のセリフで,()が同じく現実(?)のエマ達の思考です。
③ []が記憶の中のエマ達のセリフで,〚〛が同じく記憶の中のエマ達の思考です。
④ アニメと漫画両方を加えていますが,アニメの方は,記憶が曖昧なので,おかしな部分もあるとは思いますが,ご了承下さい。
⑤ 原作にもアニメにもないセリフを,私が一部,入れています。
それでは,本編へどうぞ!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[コニー?]
ここはエマの記憶の中のエマの夢の中。
紛らわしいが,了承してほしい。
こんな言い方をしたのは,今,コナンの目の前に立って,神妙な面持ちで映像を見つめているエマ本人なのだから。
コナンは小さく溜息をついて再び映像を見つめた。
そこでは,リトルバーニーを持ったエマが暗い道を明るいところを目指して進んでいる。
[コニー?]
そう何度も呼びかけながら,エマは光が漏れている,幕がかかったところにそっと顔を出した。
そこには丸テーブルがあり,白いテーブルクロスがかかった上にきれいに食事の準備が施されていた。
だが,中央に置かれている大きな食器に乗っかっているのは人間の子供だった。
その子供は,間違いようもなく,コニーだったのだ。
[コニー…?]
エマが目を見開いて心中で呟く。
〚現実の正体………。ここは農園で…私達は…………〛
ふと,そこで背後に気配を感じたエマは,ビクリと肩を震わせて後ろを振り返る。
するとそこには,大きな口を開けてエマを喰わんとしている鬼が居た。
[っ…*!!!* ]
午前4時過ぎ。
ベッドから勢いよく起き上がったエマは,ハアッハアッと肩で息をする。
今までで一番,最悪な夢だった。
〚私達は,鬼に飼われる**“食用人間”**……。〛
殺される……*!* と,夢のせいではっきりとした頭で本能的に感じたエマだったが,慌て首を振って否定する。
〚いや,逃げるんだ…*!! もう誰も殺させない…!!!* 〛
カチカチと時計が針を刻む音が響いた。
[おっはよー**!!* * ]
[こら**! * フィル,走らないの*!!* * ]
元気よく食堂に入ってきたフィルをギルダが慌てて注意する。
エマは一足先に食堂に入ってきていて,朝食の準備を始めていた。
[これはこっち?]
[ええ。お願いね。]
ふと,ナイラとイザベラの会話が聞こえてきて,エマは反射的に振り返った。
[マルクはお皿並べて。]
[はい**! * ママー*!* * ]
イザベラの言葉に,マルクが嬉しそうに手を挙げて返事をする。
その光景を見て,エマは昨夜のことを思い出し,体が震えるのを感じた。
〚いつもの朝……まるで全部,夢だったみたい…。〛
エマがそんなことを考えていると,ノーマンが妹達と手を繋いで食堂に入ってきた。
その表情は今のエマとは違っていつも通りの笑顔だ。
[おはようエマ**!* * ]
ノーマンがエマに気付き,スッと左手を軽く挙げて微笑む。
堪らず,エマは眉を下げた。
[…ノーマン……。]
妹達と離れたノーマンがゆっくりとエマに近づいてくる。
[笑って。エマ。]
〚でも,夢じゃない……。〛と,エマはそう思った。
朝食を済ませた2人は,兄弟達の遊びの誘いを断って,森の奥を目指し,2人並んで歩いていた。
[眠れた?]
[うん…。でも,いつもより,早く起きちゃった…。]
ノーマンの気遣いに,エマは眉を下げて答えると,直ぐに厳しい顔付きになる。
[……今朝,初めて気がついた。…ハウスの格子窓。]
エマは今朝見たハウスの窓を思い出していた。
[内側からは届かない位置で固定してある上,ネジ穴が潰してある。]
エマは一度足を止めると,ハウスを振り返って断言した。
[あれは…檻だ。]
エマの言葉に,ノーマンも頷く。
**日常に潜む『意図』**が一晩で一気に明かされた。
[好き嫌いなく食べれるおいしい“餌”……汚れの目立つ白い服も……規則正しい生活も……全て,私達商品の品質(いのち)を保つため……。]
そこまで言うと,エマは分からないと言うように[でも…。]と呟き,眉を寄せた。
[テストは?]
[ああ……。]
ノーマンも見当がつかないのか,顎に手を当てて考えている。
[食用(ぼくら)に教育は必要ない。むしろ,鬼にとっては危険なはず…。]
エマも相槌を打ちながら既にお互い分かりきっていることを,改めて確認するように呟いた。
[それに,多分,年齢や成績(スコア)が“肉”の等級(ランク)に関係してる。でも…]
エマは組んでいた腕を戻して困ったように言った。
[なんで?テストでいい点とっても,肉はおいしく…ならないよね?]
[わからない…。わからないことだらけだ。]
ノーマンは顎にやっていた手を離し,自身の胸の前に両手を掲げた。
[ハウスを…世界を…僕らは知っていたつもりで,何も知らない…。]
ノーマンは目を鋭く光らせた。
〚今*!!* 外はどうなっている!?〛
ノーマンはもう一度顎に手をやった。
[……思えば,21世紀も半ば……なのに,テレビどころか,ラジオもない。檻の内側は,時代錯誤の**つくり物**だ。]
ノーマンとエマはハウスを見つめる。
〚知っているのは………鬼が揃え…‥整えた…‥箱庭(セカイ)………。本当の世界は,〈外〉は未知**!!* * 〛
ノーマンはぐっと拳を握り締める。
〚知らなければ…そして,逃げなければ…*!!* 〛
ノーマンがハウスの檻を睨みつけている中,エマは一度俯くと,ぐっと拳を握り締めた。
[ママは……今まで,一度も,顔に出してなかった。]
[そう…。ママもそうしているように,僕らもそうするんだ。顔に出せばママは気づく。]
ノーマンは一呼吸置くと,エマの瞳を覗き込むように見据えた。
[いいかい?エマ。普段通り振る舞うんだ。僕達は昨日,規則を破って門へ行った。でも,何も見なかった。]
[*!* …けど……リトルバーニー……。]
エマの指摘に,ノーマンは小さく頷いた。
[ああ…。ママは見つけて不審に思うだろう。だからと言って,誰の仕業かまでは判らない。]
ノーマンは一度そこで言葉を切って目を閉じると,再び開けて口火を切った。
[行ったこと,知ったこと,逃げること。何一つこちらから明かすことはない。]
頼れる大人は居ない。そう,ノーマンは言った。
[僕達だけで見つけるんだ**!!* * ここから抜け出す方法を…*!!* ]
[……うん…*!* ]
ノーマンの言葉に,エマも大きく頷いた。
そうやって話しながら,ノーマンとエマは,森の奥深いところ,柵の前まで来たところで,ようやく足を止めた。
[今はまず,ママより…]
ノーマンはそう言いかけると,落ちていた枝を手に取る。
[ママより先に,手を打ちたい。わかることから片付けよう。]
ノーマンがエマを振り返ってそう言うと,エマも頷き,地面に何かを描き始めたノーマンの目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
[情報を整理しよう。]
そう言ったノーマンが描いているものは,ハウスの簡略図だった。
[コニーの前がハオ,その前がセディ。]
ノーマンは一度顔を上げて,エマと目を合わせた。
[今までの周期から考えて,次の出荷は恐らく,最短で2ヶ月後。それまでに全員で脱出できる方法を考え出さなければならない。]
そこまで言ったノーマンは,自身が描いたハウスの簡略図を指し示す。
[敷地を簡略に表すと,ハウスを中央に**『門』。そして,周りを取り囲む『森』**。]
ノーマンの言葉を受け,エマが口を開いた。
[まずは“出口”。『門』か『森』か…。]
エマの言葉にノーマンが僅かに顔を上げる。
[………森からだ。門は出荷時以外は閉まっている。]
[うん。それに,開くときには鬼がいる。]
ノーマンの言葉に肯定したエマは,もう一度ハウスの簡略図を見た。
次に口火を切ったのはノーマンだ。
[次に“時間帯(じかん)”。ママがいない『出荷の夜』か,僕らが自由に屋外(そと)へ出られる『昼間の遊び時間』か。]
ノーマンの言葉に,エマが即座に反応する。
[出荷の夜はダメ**!* * 必ず一人が犠牲になる。]
[…だね。]
そう言うと,エマの顔が綻んだ。
[第一,夜は,年少者が起きていられるか心配**!* * ]
[だね**!* * ]
エマの笑顔につられて,ノーマンもニッコリと笑った。
そして,立ち上がり,柵の奥を見据える。
[決まりだ。昼間,森を抜けて外へ出る…*!* ]
ノーマンがそう言うと,2人はお互いと目を合わせた。
[それが可能かどうかは…]
[森(こ)の先がどうなっているかによるね。]
[……行こう。行って確かめよう。]
ノーマンがそう言うと,エマはコクッと頷いた。
そして,2人は同時に柵を軽々と越える。
走りながら,エマは前を走るノーマンの後ろ姿を切なげに見た。
〚ノーマン…。〛
エマは,ノーマンが,小さく[ママ…。]と呟いていたのを思い出す。
〚そう言葉にしたあの時……ノーマンの手,震えてた…。〛
平気なはずない。そう,エマは思う。
〚ママは私達にとって,たった一人の母親だったのだから……。〛
エマのそんな心情を知らないノーマンは,走りながら眉根を寄せた。
〚恐ろしい…。エマも言っていたように,ママこそ顔に出していない。今まで一度も**!* * 今朝も,何一つ変わらない,穏やかな笑顔…。あの笑顔の裏で,何人の子供を死へ導いて来たのか……。〛
エマも走りながら,ノーマンと同じことを考えていた。
〚ママは敵…鬼の,冷酷な配下…*!* 〛
エマの頭には,昨夜のイザベラの顔がこびり付いていた。
でも,それに負けないくらい,沢山,こびり付いているイザベラの顔。それは……
〚じゃあ,なんで?〛
イザベラの笑顔だった。
エマ達を心から大切に思ってくれているような,そんな笑顔が
〚なんであんなに優しくしたの?………ママ*! * ** 〛**
エマの頭に,こびり付いて,離れないでいた。
「フンッ…!そんなの決まってる。優しくして警戒心無くして,信頼させておいたら殺すのなんて簡単……」
「ねえ……。」
小五郎の言葉を,エマがこれ以上ないほど低い声を出して遮った。
「黙っててくれる?」
「…っ!!」
その殺気に,小五郎だけでなく,全員が気圧(けお)された。
ノーマンがニッコリ笑ってエマを宥めるが,その笑顔は穏やかすぎて逆に恐ろしい。
「続き…見よっか。エマ。」
「ノーマン……。うん。そうだね。」
ノーマンはエマが落ち着いたのを見ると,思わずといった風に溜息を零した。
「僕,脱獄のところ早くみたいなぁ。レイのマヌ……驚いた顔が見たい。」
(…………ノーマン,今,“マヌケ”って言おうとした?)
この場にレイが居たら一発で殴られていたであろう場面を想像し,エマは軽く身震いした。
すると,案の定,ユウゴが無言の圧をかけてくる。
2人が苦笑して,黙り込むと,止まっていた映像が再生された。
[塀だ。]
と,映像内のノーマンがそれを見上げて言った。
エマはヒョイッとあっさり木に登ると,塀の向こう側を見ようとする。
[…*!* ]
[どう?上に何かある?]
[何も**! * ただ,この塀,幅が2〜3mある*!* * ]
エマはそう言うと,木から飛び降り,軽々と着地した。
[…高いね。]
[でも,見張りはいない。]
ノーマンはそう言って塀を見上げていたが,エマが降りてきたのを合図のように,静かに片耳を塀に当てた。
エマも意図を察して音を立てないようにする。
[………………静かだ。]
ノーマンはそう言うと,耳を離し,塀から一歩だけ離れると,もう一度見上げた。
[エマ。どう思う?]
(どう思うも何も……八方塞がりだろ……。)
映像内のノーマンに,小五郎は思わず突っ込んだ。
だが,映像内のエマは,ペタッと塀に触って確かめるように言った。
[堅くて丈夫。起伏どころか,継ぎ目もない。おまけに表面はサラサラ。普通こんなの登れっこない。]
エマの言葉に,小五郎は頷いた。
周りを見ると,小五郎の他にも,頷いているの者がいる。
だが,映像内のエマはノーマンを振り返ってニコッと微笑んだ。
[………と,諦めさせる塀なんだろうけど……私やノーマンなら,ロープ一本あれば上れると思う*! * **** ]
「なにぃ~!?」
小五郎は思わず叫んだ。
だが,現実(?)のノーマン達が喋っているわけではないので,勿論映像は止まらず,映像内のノーマンもエマにニコリと微笑んだ。
そして,確信したように言う。
[うん。]
「はあぁぁ!!!?『うん。』!!!?」
「うるせぇんだよ。こいつらの家族が言ってただろ。勉強も運動も異様に飛び抜けてるって。」
「エヘヘ♬」
「ふふっ♪」
小五郎の叫びにユウゴが舌打ちをしながら突っ込んだ。
エマとノーマンの2人は気恥ずかしそうに笑う。
そして,映像が続く。
小五郎やコナン達を置いてけぼりにして。
〚問題はどうやって全員を連れ出すか……。見張りはママ一人。周りに鬼の気配はしない。〛
ノーマンは〚そんなものか?〛と眉を寄せる。
〚いや,考えてみれば表向きはあくまで孤児院。子供(ぼくら)が気づくこと自体ないのが当然。……ならば,この農園(しせつ)は,逃亡を前提には造られていない?〛
そこまで考えて,ノーマンはもう一度塀を見上げる。
〚ともかく,阻むのは堅くて高い塀一つ。〛
そして,ノーマンは隣に居るエマと目を合わせた。
[この塀は越えられる!! ]
〚ロープさえあれば**!* * 〛と考えるノーマンと同じことを思っていたエマが頷く。
[次はロープ! ]
〚無理じゃない…*!* 〛とエマも確信した。
〚〚全員で逃げること**!!* * 〛〛
ノーマンとエマは,全く同時に,全く同じことを思ったのだった。
その時,遠くからカランカラン**!!!* * という鐘の音が微かに聞こえてきた。
昼間の自由時間終わりの合図だ。
[いけない**! * そろそろ戻らなきゃ*!* * ]
エマとノーマンは,全速力で走って檻(ハウス)へと戻っていった。
[みんないる?]
イザベラがまだ歩けない赤ん坊を抱いて尋ねた。
今日はハウスで本を読んでいるレイ以外の子供達を,一人一人確認していっていたギルダが[……あれ?]と眉を下げた。
[2人足りない?]
その2人というのはノーマンとエマのことかとコナン達は思ったが,その2人は既に,肩で息をしてはいるが,みんなが集まっているハウスの建物の前にいる。
〚間にあった…*!* 〛
と,エマが手で汗を拭いながら安堵していると,ギルダが[えーっと……。]と呟いた。
[いないのは,ナイラと…]
ギルダが言いかけた,その時。
[ママーッ**!!!* * ]
森から全速力で走ってきたマルクが大声で叫んだ。
[マルク**!* * ]
イザベラは,抱えていた赤ん坊を一旦ギルダに預けると,マルクの目線に合わせてしゃがみ込んだ。
[何かあったの?]
イザベラが優しく聞くと,マルクは肩で息をしつつ,涙を流しつつも,必死にイザベラに訴えた。
[どうしよう**! * 森でナイラとはぐれちゃった*!! * いっぱい探したけど見つからないんだ*!!* * ]
マルクの言葉に,エマ達も心配になり,眉を下げる。
[もう日が暮れる…。すぐに真っ暗だよ。]
[………]
最後は,マルクも勢いを無くし,弱々しく喋っていた。
コナンは顔を上げて空を見る。
(日が暮れるだけじゃない……。天気もかなり悪いから,雨が降るかもしれねぇ。これは今から探すのはかなり大変だ。)
だが,映像内では,焦るマルクの言葉に対し,イザベラは冷静にポケットから懐中時計を取り出して蓋を開けると,ニコッと微笑んだ。
[大丈夫よ。…みんな,ここから動かないで。いいわね?]
イザベラはそう言うと,スタスタと迷いなく森へと歩いていった。
[ママ…。]
マルクを含め,この場に居ないレイ以外の全員が心配そうに見守る中,イザベラは森の中へと姿を消していく。
そして,ものの一分程で,イザベラは森から出てきた。
その腕には,髪を後ろで一つに括った女の子……ナイラを抱えていた。
[あ**! * ママ*!* * ]
フィルがイザベラに気付き,声を上げて走っていった。
次いで,マルクも駆け寄る。
[ナイラ**!* * ]
[疲れて眠っちゃったのね。ほら。ケガ一つないわ。]
イザベラはそう言って泣きじゃくるマルクを安心させるように微笑んだ。
ナイラは,イザベラの言葉通り,スースーという穏やかな寝息を立てている。
それを見たマルクは,声を上げて号泣した。
[よかったぁ…*!!* ]
[ごめん…*! ごめんねナイラ*!!* * ]と言って泣き叫ぶマルクを見つめて,記憶の中のノーマンとエマ,そして,記憶を見ているコナン達でさえも,一切動けないでいた。
[早すぎる…*!* ママはまるで,ナイラがどこにいるか,わかっているみたいだった。]
ノーマンの言葉に,エマが[そういえば…]と思い出したように呟いた。
[ママは昔から,私達を見つけるのが得意だった…。どこにいても見つけてしまう……。]
エマの頭の中には,昔,イザベラが鬼で,ハウスの中のでかくれんぼをしていた光景が浮かんでいた。
あのときエマは,開始早々,イザベラに見つかってしまったのだ。
[あれは時計じゃない……。発信器…。]
そう呟いたノーマンの目は,イザベラを凝視している。
[僕らの体のどこかに,埋められているのかもしれない……。]
[だとしたら,脱走の決行……いや,計画がバレた時点でアウトだ。]
ノーマンはその言葉に,目だけを動かしてエマを見る。
ノーマンもエマを目だけで見た。
[しかも,ママはわざとわかるように見せた。ママは気づいている…………。リトルバーニーが,コニー以外の誰かの手で持ち込まれたということに…。]
エマはもう,何度目かも分からない絶望をした。
〚心のどこかで……信じてた……。ママは同じ“人間”で,子供達(わたしたち)を愛してる……。でも…〛
エマはギュッとスカートごと拳を握り締める。
〚優しいママは全部ウソ。何もかも,鬼に食べさせるための芝居…。〛
エマがそう思っていると,ノーマンがくっと歯を噛み締めた。
[**宣戦布告…。**誰であろうと逃がさない。ママが言いたいのは多分,そういうことだ。]
そのノーマンの言葉に肯定するかのように,イザベラが,いつもの優しい笑顔から,鬼の冷酷な配下の表情をうっすらと浮かべた。
ノーマンとエマはイザベラが横に来ると,ニコッといつも通りの何も知らなかった頃の自分達の笑みを浮かべるが,イザベラが通り過ぎてしまうと,堪らず,睨むような厳しい表情になった。
[親でも,同じ“人間”でもない…。]
ノーマンがそう,小さく呟いた。
[ママは…]
[鬼(てき)だ…*!!* ]
ドオォン**!!!* * と,2人のその言葉に肯定するように,雷が鳴り響いく。
その光で一瞬,照らされたハウスの窓から,レイがじっと,2人を観察するように見つめていた。
「随分とまあ,丹念にやってますねぇ?」
と,小五郎がイザベラに言った。
イザベラは,ちらりと小五郎を見たが,興味なさげにすぐにスッと目線を逸らす。
その態度に,小五郎はピキッと額に血管を浮かべた。
「あのなぁ,あんた。発信器まで体に埋め込んで……そんなに〈鬼〉?にこいつら渡したかったのか?」
答えろ。と,警察官達も目で訴えている。
それにノーマンとエマは一歩踏み出し,止めに入ろうとしたが,イザベラに事前に何か言われていたのか,ユウゴにやんわりと止められた。
ノーマンとエマ,ユウゴが心配そうに見守る中,イザベラはくるりと小五郎達の方を向くと,淡々とした口調で,ここに来てから初めて口を開いた。
「ええ。そうね。全ては私自身の保身のため。利益のため。なんとしてでも“特上”の商品は差し出さなければならなかった。」
イザベラの言葉に,佐藤が手錠を取り出して近づく。
だが,イザベラは「でもね……。」と続けた。
「発信器を埋め込んだのも,子供達を殺していたのも,私じゃないわ。…‥まあ,同罪だけれどね。それでもね,私はうんざりしていた。うんざりだったのよ。それを,あの時,自覚した。」
「あの時…とは?」
「後に分かる。」
そう言って割って入ったのは,今度はユウゴだった。
「……言っとくが,あっちで俺達食用児がやってたことに関しては,こっちの世界出身の平和で幸せなあんたらが無闇に口を出すことは禁じられている。………まあ,取り敢えず最後まで見ろ。イザベラ捕まえるんだったら,レイもそうだし,俺やルーカスだって捕まえなきゃならねえんだぜ。」
「私達もだよ!ユウゴ。」
“平和で幸せなあんたら”を強調して言ったユウゴの言葉に続いたのは,エマだった。
「動物愛護法違反。私,犯してるよ。」
「エマ達はまだ可愛い方だよ。生きるために仕方なかったんだもの。それに比べ,僕は,大量虐殺もついてきそうだ。」
そう言って,苦笑したノーマン達に,佐藤達も困惑してしまった。
それを狙ったかのように,イザベラがまた,口を開く。
「………レイのことに関しては,もうすぐ分かるんじゃないかしら?……でも,あの子を責めたら許さないわよ。」
「そうだね。レイを責めたら許さない。あ!でも,ママ。レイのことに関しては,もうちょっと先だよ。」
「あら。そうだったかしら?」
イザベラとノーマンの言葉に,コナン達は更に困惑するのだった。
映像が再生されると,子供達は,はしゃいで遊び回る子や,食器などの片付けをする子,洗濯物を干す子とバラバラだった。
ノーマンとエマは,洗った食器を片付けるため,食料庫に入っていた。
〚期限は2ヶ月。それまでに,全員で脱出できる方法を考える。〛
一分一秒も惜しむことのできないエマは,眉を寄せながらも必死に頭を働かせていた。
[発信器…。まさか,そこまでするなんて…。]
[『この農園の人肉は**“高級品”**』**か…。**でも…これが!?そこまでするほどの?]
ノーマンとエマは互いに眉を寄せ,目だけを合わせた。
[僕らの価値…鍵は]
[『年齢』と『成績(スコア)』…*!* ]
ノーマンは顎に手を当てて腕を組んだ。
[『また6歳』『並の出荷が続いている』…鬼の言葉から察するに,恐らく,**年齢=“肉”の等級(ランク)**だ。僕が覚えている限り,今まで『出荷』された兄弟は皆,6歳から12歳。]
ノーマンはそこまで言うと,顔を上げてエマを見つめる。
[それで6歳が『並』だと言うなら,最『上物』は……]
[12歳。]
エマもノーマンと同じように顎に手を当てて腕を組んだ。
[じゃあ成績(スコア)は?]
そこで,エマはコニーの言葉を思い出す。
〘私…みんなみたいにユウシュウじゃなかったけど…〙
そこで,エマはハッとして気付いた。
[出荷順か**!* * ]
エマの言葉にノーマンは,コクリと無言で頷く。
[成績(スコア)は満点以外公表されない。だから気づかなかったけど,多分……]
〘そろそろこのフルスコア3匹も“摘める”よう仕上げておけ。〙
と,イザベラに指示をした鬼の言葉が,ノーマンとエマの頭の中で復唱された。
[6歳以降,成績(スコア)の低い順に“収穫”されていくんだ。そして,12歳になれば無条件に出荷される。]
[つまり,私達3人は,満点だから出荷を保留されていた?]
エマが絶句して口元を押さえる。
同時に,ノーマンも表情を曇らせた。
[でも,わからない。何故成績(スコア)順なのか。]
[………6歳から12歳ってのにも意味があるのかな?]
2人して頭を悩ませる。
でも,分からない。
[体の大きさ?…違う。それなら体重で……]
[脳の大きさ]
ノーマンが唐突に呟いた言葉に,エマは思わず[え?]と聞き返した。
コナン達も心底わけが分からないという風に目の前の映像の中にいるノーマンを見つめる。
そんな中,ノーマンが確信したように目を見開いて復唱した。
[……脳だ! ]
ノーマンはそう言うと,冷や汗をかきながらエマに説明した。
[人間の脳は,6歳までに90%成長すると言われている。一説には,12歳までに100%とも……。]
そう言ってノーマンは,自身の頭を示す。
[鬼達(やつら)の狙いは人間(ぼくら)の脳なんだ……*!* ]
[……それって……]
エマが何かに気付いたように呟いた。
ノーマンがそれに肯定するように言葉を付け加える。
[脳が一番旨いんだろう。それも,より発達した脳が。]
[脳を…食べる…。]
エマは,思わず,それ以上言葉が出てこなくなった。
〚そのためにいかなるリスクもコストも厭わない。だから“高級品”*!!* 〛
すると,ノーマンが切り替えるように,話題のメインを変えた。
[まずはロープだ。食器をすぐに片付けて,ロープを探そう。]
ノーマンのその言葉を合図に,2人は高速で食器を片付けると,そのまま食料庫を出た。
階段を登って2階へ上がっていくノーマンを先頭に,2人はロープを探しに行く。
すると,ノーマンがニコリと笑ってエマを振り返った。
[実は,どこにあるかは目星がついてるんだ。]
[*! …待って*!* * ]
グイッと後ろから強い力でエマに引っ張られ,ノーマンは足を止めさせられた。
ノーマンがくるっと顔だけ振り向くと,エマは内緒話でもするように口元に手を当てて顔を寄せてくる。
[発信器なんてつけるくらいだから,他にももっと……カメラとか…盗聴器とか…。]
エマの懸念に,ノーマンは安心させるように微笑んだ。
[それは大丈夫。ゆうべ,あれから一通り調べたけれど,ハウスの中にそれらしいものはなかったよ。]
さらっと言ってのけたノーマンに,エマは思わず白目を剥いた。
対して,ノーマンはなんとも思っていないような爽やかな笑顔をしている。
[?…逃げるならまず,警備の実態は知っておかなきゃと思って。]
〚そんなサラリと…*! さすがノーマン…!* 〛
エマが心中で褒める中,ノーマンは階段を登りきったところで悔しそうに言った。
[でも,まさか建物(ハウス)じゃなくて食品(ぼくら)のほうに細工がしてあるなんて……。迂闊だった。]
ノーマンはギュッと手摺を掴む。
[[………]]
お互い,何も言えない。言葉が出てこなかった。
ハウスの2階の廊下を歩きながら,エマが不安そうに呟いた。
[もう…バレてるかな…ママに。私達が塀まで行ったこと。]
[どうだろう…。]
ノーマンは先を歩きながらエマの言葉に返す。
[昨日あの場でバレなかったことを考えると,ママは常に僕らの居場所を把握しているわけじゃない。『確認』して,初めて位置を知る。]
ノーマンは厳しい顔で続けた。
[だからもし,発信器の信号が個人を特定できるもので,ゆうべの帰り道や昨日の昼間にママが『確認』していれば…]
〚バレている……。行ったこと,知ったこと,逃げること…。全て。〛
言わなくてもお互いに分かっていた。
ノーマンは一度立ち止まってくるりとエマを振り返る。
その顔は,先程までの厳しさはない。いつも通りの,優しいノーマンの笑顔だった。
[でも,まだそうと決まったわけじゃない。僕はまだ……少なくとも,“誰か”の特定はできていないと思う。**でなければ,あんな回りくどい警告はしない。直接僕らに“脅し”をかける。**だから…]
ノーマンが続けて言おうとしたその時。後ろから,ドンの声がかかった。
[おーいノーマン。ちょっといい?]
[待って。今行く。]
ノーマンとエマは,互いに頷き合うと,一旦,その場は分かれた。
[俺らの部屋の時計がさぁ…]
[あー…これは油をささないと……。]
遠ざかっていくノーマンとドンの声を聞きながら,エマは家族が描いた絵を見つめる。
真ん中はポッカリと空いており,そこにはゆうべまで,コニーが描いた絵が飾られていたのだ。
エマは,それを見ながら脱獄について考えた。
〚だから今は,やっぱり,普段通りに振る舞うこと。〛
そう考えた後で,エマはコニーの笑顔を思い出す。
コニーが描いた絵が飾られていた場所に手を当て,額をつけた。
[コニー…。]
悔しさで押し潰されそうだったが,努めて冷静に考える。
〚大丈夫。ちゃんとできる。まずはロープを…〛
エマがそう考えていると,ひょこっと壁からノーマンが顔を出した。
[エマ。……っ**!!!* * ]
そして,ノーマンは慌てて壁に背を預けて隠れる。
そこにいたのは,エマだけじゃない。
いつの間にか,イザベラもいたのだ。
ノーマンもエマも,息を呑む。
コナン達も,つられてビクリと肩を震わせた。
だが,それに気付いているのか,気付いていないのか,イザベラはゆっくりとエマに顔を近づけた。
[どうしたの?エマ。顔色が良くないわ。]
**[そう言えば…]**とイザベラは,エマの頬に手を伸ばした。
[今朝はいつもより,元気がなかったんじゃない?]
[そんな…こと……]
エマは表面上,いつも通り振る舞えるよう努めているが,上手くできている自信は無かった。
〚バレて…る?“脅し”?見られた!?ママは………〛
イザベラと近距離で目が合う。
そして…………
〚違う。〛
確信した。
〚反応を見てるんだ。〛
〚これがママ…〛と,エマはひっそりと冷や汗をかいた。
〚……信じてた。本当に,大好きだったのに。〛
ギュッとイザベラに気付かれないように,エマはスカートを掴む。
〚ママにとって私達は,最初から………〛
エマは体を僅かに震わせた。
怖い 悔しい 悲しい 泣きたい 叫びたい
[何でもないよ! ]
エマは今度こそニッコリと笑って言った。
何も知らなかった頃の,あの,自分の笑顔で。
イザベラが僅かに目を見開く。
〚退けない。退けばママが,攻めてくる。〛
エマは笑顔のまま,コニーの絵が飾られていたところにもう一度,そっと手を置いた。
そして,眉を下げてイザベラを振り返る。
[ただ,私ももうじきハウスを出るんだと思うと,寂しくなっちゃって。]
笑顔で話すエマの言葉とその心の中は矛盾している。
〚ここで負けたらみんな死ぬ。〛
エマのその思いを感じ取ったのか,はたまた気丈に振る舞っているエマに驚いたのか,肩と壁越しにノーマンが振り返っていた。
すると,イザベラはいつもの優しい笑みを浮かべる。
エマが大好きだった笑顔で。
[エマはハウスが好き?]
[ハウスもママも大ー好き! ]
エマは即答すると,そのままの勢いでイザベラに抱き付いた。
そして,しんみりとした空気を放つ。
[コニー,今頃,どうしてるかなぁ。]
ビクリと,ノーマンは身体を強張らせた。
エマは一度イザベラから離れると,[あのね**!* * ]と我が事のようにみんなで喜んだときのことを思い出しながら言った。
[コニーね,ママみたいなお母さんになりたいんだって**!* * ]
エマはそう言って,ほんの少し,目を鋭くさせる。
イザベラも,認識できるかできないかの具合で,目をスッと細めた。
そして,エマの目線に合わせるために折っていた膝を伸ばして立ち上がる。
[**ええ。知っているわ。**楽しみね。コニーならきっと素敵な大人に,いいお母さんになるわ。]
その会話を壁越しに聞いていたノーマンは,くっと歯を噛み締める。
〚知っていて尚,平然と…*!* 迷いも,隙もない…。まるで鉄壁…*!!* 〛
イザベラがニッと僅かに微笑むと,エマの背筋に,ゾワッと,悪寒が走った。
慌てて,脳細胞が指示を出す。
〚ダメだ笑え**! * 顔に出すな。黙っちゃダメ*!* * 普段通り笑って……〛
エマがぎこちない笑みを浮かべそうになったその時。カランカラン**!!!* * と,イザベラの背後から鐘の音がした。
イザベラが振り返ると,そこにはベルを手に持ったレイが立っていた。
[夕飯…準備できたよ。ママ。]
〚レイ……。〛
ちらりとレイが子供部屋を見ると同時に沢山の年少者達が嬉しそうに出てきた。
イザベラはニコッとレイに微笑みかける。
[すぐに行くわ。]
イザベラがそう言ったのと同時に,全員が食堂に降りていっていた。
レイもさり気なくその後に続く。
[エマ。行こう。]
〚よかった。助かった…。〛
壁に隠れていたノーマンも,さり気なく出て行き,エマの肩にポンッと手を置いた。
エマはホッと胸を撫で下ろす。
〚レイは,助けたつもりなんてないだろうけど,でも,農園(ハウス)のこと話したら,ちゃんとお礼言っとかなきゃね。〛
エマがそう考えながら階段を降りていっていると,
[あなた達二人,昨日門へ行った?]
[…*!!!* ]
と,イザベラから声がかかった。
その威圧高い声に,2人とも,ドクンッと大きく心臓が跳ね,思わず足を止めた。
ニコリと微笑んで先に答えたのはノーマンだ。
[?…行かないよ。それが規則(きまり)だし。昼間(きのう)は鬼ごっこに夢中だったもの。ねっ?]
[そうそう**!* * ]
ノーマンはエマも喋らなくては不審がられるだろうと感じ,エマに話を振った。
だが,エマはそれに答えはしたものの,イザベラの方を向こうとはしなかった。
ノーマンはもう一度イザベラを振り返る。
[どうして?]
ノーマンがいつも通りの,穏やかな表情でイザベラに問う。
イザベラは微笑を浮かべると,ニコリと笑って言った。
[いいえ。それならいいの。]
イザベラの言葉に,エマもやっと振り返って,2人はニッコリと笑って階段を降りる。
そして,丁度降り切ったところでノーマンは手摺に手をつき,エマはドタッと膝から崩れ落ちてしまった。
「…!!?」
コナン達は身を乗り出して2人の様子を窺う。
2人共,全力疾走した後のように,肩で息をしていた。
[……ごめん…。なんか,気が抜けたら,急に…。
アハハ。今になって心臓が動き出したみたい。]
〚無理してたのか…。〛
スッと,ノーマンは手を差し出た。
だが,その手はエマでも認識できるほど,小刻みに震えていた。
〚…ノーマンも,大分無理してたんだ。〛
そう思いながら,エマはその手を取った。
ノーマンが腕を引き,エマが立ち上がる。
すると,ノーマンがぐっと顔を近づけてきた。
[ママは『確認』している! 標的が二人だと判っている…! ]
[でも,それが誰かはまだ知らない。]
ノーマンは,コクリと頷いた。
エマはたった今自分達が降りてきた階段を見上げた。
〚発信器の信号は,個人を特定できない。だから探してる…*!* 〛
エマとノーマンは,お互いを同時に見た。
そして,ふっと笑い,そのまま食堂へと向かった。
その2人の後ろ姿を,レイが階段の影から探るように見つめていたのにも気付かずに。
夕食を食べ終わった子供達は,各々,ハウスの中で相変わらずはしゃいでいた。
その様子を見ながら,イザベラは微笑を浮かべる。
〚今日一日…どの子供にも目立った反応はない。エマも,コニーの話題を口にしながら,脈は正常値の範囲内だった。〛
(あれはそのためだったのか。)と,コナンはようやく気が付いた。
映像の中のイザベラは,靴音を鳴らしながら,廊下を進む。
〚まぁいいわ。今に判る。隠したところで。〛
イザベラはそう思いながら子供達に背を向け,分厚い本を手にしたまま,自身の部屋へと戻っていった。
[……時間の問題だ。]
と,ノーマンが呟く。
ノーマンは今,ある部屋の鍵を開けている最中だった。
エマは周りを警戒して,イザベラが来たらいつでも逃げられるよう,見張りをしている。
〚期限は2ヶ月もない*!* 〛
[ゆうべ,施設内(ハウスのなか)は一通り見たからね。ロープがあるなら……]
ドアがガチャッという音を立て,鍵開けに成功したことを知らせる。
ノーマンは,昨日とは違ってハンカチを用いて指紋をつけないようにドアノブを回した。
[この部屋だ。]
キィ…‥という音を立てて扉が開く。
エマはその扉の奥を睨むように,目つきを鋭くした。
〚ママに計画を悟られる前に,ママを出し抜き,“脱獄”する。そして,全員生き延びる!! 〛
と,エマは何度目かの決意をしたのだった。
イザベラは,自身の部屋にある鏡と向かい合っていた。
[誰一人逃がさない。生き残るのは私よ…*!!* ]
そう言ってイザベラは,自身の服のボタンを外す。
その首筋には,エマ達と同じような5桁の番号……73584という数字が刻み込まれていた。
翌日。
いきなり翌日の光景に飛んだことに,コナン達は少々驚きつつも,目の前の記憶の映像に集中した。
ノーマンとエマは早速,森の奥へと入っていっている。
それを横目で見たレイは,パタンッという軽い音を立てて本を閉じると,スッと静かに立ち上がり,エマ達を追うように,歩いて森の奥へと消えていった。
[“ロープ”があるなら……この部屋だ。]
そう言って,ノーマンがある部屋の扉を開けた。
今度はどうやら,昨日の夜の会話のようだ。
ここまで来ると,ノーマン達には,見せる記憶の順番を,自由自在に入れ替えることが出来ると言うことが判ってくる。
コナンが半ば考えるのを放棄していおうがいまいが,映像はどんどん進んでいく。
〚物置部屋。鍵を持っているママでさえ,めったに立ち入らない,開かずの間。〛
[縄(ロープ)なんてない?]
と,エマが聞い返す。
ノーマンは肩越しに振り返って頷いた。
[うん。だって,ハウスの生活に必要ないもの。]
[*! …確かに……!!* ]
[でも…]
ノーマンが物置部屋に入り,エマが扉を背に見張る。
〚アレなら必ず…〛
〚施設(ここ)にある…*!* 〛
暫く弄っていると,ノーマンは,パッと目を輝かせた。
[あった! ]
そして,今度は10月14日の朝の光景に戻る。
シュルシュル…*!* と,エマとノーマンはお腹に巻き付けていた物を解いた。
〚〚テーブルクロス!! 〛〛
ニッとエマは笑った。
[“ロープ”ゲット! ]
そう。2人は物置部屋から盗ったテーブルクロスを細く,長く破いてロープにしていたのだ。
ノーマンが一緒に持ってきていた袋にロープを入れ,塀の前にある木の穴に,エマが袋ごとそれを入れる。
ヒョイッと,エマは木から飛び降りた。
〚これで塀は越えられる…*!* 〛
2人は一度微笑み合うと,フッとすぐに笑顔を消した。
[さぁ。難題はこれからだ。]
ノーマンの言葉に,エマは眉を下げつつ,[うん…。]と頷いた。
〚“発信器”…そして,“全員を連れ出す方法”。〛
エマは,先を行くノーマンの背中に話しかける。
[ねぇノーマン。レイには,話しても大丈夫なんじゃないかな…。]
ノーマンは一瞬,驚いたように目を見開いたが,すぐに笑って,[うん。それは僕も考えてた。]と肯定の意を示した。
[レイならパニックになったりしないだろうし,物知りな分,機械にも詳しい。きっと戦力(ちから)になってくれる。]
スッと笑顔を消した表情で,ノーマンは目を細める。
〚冷静で的確。レイは常に先を読んで最善の判断を下す…。全員で生き延びるためにも,レイの協力(たすけ)は不可欠だ。……けれど…。〛
[…?]
突然黙り込んでしまったノーマンに,エマはキョトンとして疑問符を浮かべる。
すると,ノーマンはニコッと笑って顔を上げた。
[レイには僕から話すよ。エマは一度ハウスに戻って……]
[なんで?今話せよ。]
[[!!?]]
[よっ]
ノーマンとエマが話しながら歩いていると,普通に通り過ぎたところから普通にレイの声がし,反射で振り返ると,レイが普通に小さな岩に座って普通に本を開き,普通に肘をついているという驚きの光景が広がっていた。
レイはエマ達の心情そっちのけでヒョイッと片手を挙げている。
[レイ!?]
[悪ィ…ツケてきた。]
[〜〜〜〜〜!!!??]
[あはは……。]
さらっと言ってのけたレイに,エマは言葉を失い,ノーマンは苦笑いを浮かべる。
〚いや**! * 『悪ィ。』って言っときながら,反省してねぇな!?こいつ*!! * レイらしいけれども*!! * っていうか気配隠す癖ホントやめてよー*! * 心臓に悪い〜!* 〛
〚レイってば,相変わらず気配無いなぁ。こんなんで,僕達脱獄大丈夫かなぁ…‥。あ。レイがいるから大丈夫か。レイって結構気配にも鋭いし。うん。〛
そんな2人の心情を知りもしないレイはスタスタスタと滑るようにエマに近づいていった。
[いー加減気になるから。問い詰めようと思って。]
そう言うと,レイは持っていた本をポスッとエマに渡した。
エマは意図が汲み取れずに,疑問符を浮かべながらレイと本とを交互に見比べている。
すると,レイはノーマンとエマの後ろに回り,そのままガシッと2人を腕の中に閉じ込めた。
[あの日,門で何があった?]
[え?]
エマが思わず聞き返すと,レイはそのままの体勢でエマとノーマンを交互に見る。
[だって明らかに様子おかしかったし,『間に合わなかった』のにお前ら手ぶら。]
[するどい…*!* ]
[何もねぇわけねぇだろ! 吐け! ]
[やっぱレイも頭いい…*!!* ]
グギギギという効果音をつけて,レイは2人を腕で拘束し,尋問する。
やがて,レイは2人を開放すると,本を手に取って木に軽く背を預けた。
[…助けてくれる?]
ケホケホとしているエマに代わり,ノーマンが不安そうに眉を下げてレイに尋ねる。
[?…おう。]
レイがきょとんとしつつも返事すると,ノーマンとエマは,顔を見合わせて小さく頷き合った。
[話すよ。僕ら全員,ここから逃げなくちゃならないんだ。]
ノーマンがそう言ってレイに農園のことを話している丁度その時。
場面が変わり,ハウス前の光景が映し出された。
イザベラは,小さい子供一人を抱えてハウスの周りで遊ぶ子供達を歩きながら眺めていたが,ふと,足を止めると,レイがいつも読書している大木へと視線を向ける。
[………]
先程まで座って読書していたレイが居ないことに違和感を覚えて,イザベラは目を細めた。
次いで,また場面が切り替わり,もう一度レイ達3人が映し出される。
だが,先程とは違って,レイは顎に手を当て,額にやや冷や汗を浮かべていた。
そして,ノーマンとエマから聞かされた真実を確認するように復唱する。
[鬼…農園…ママが敵……?]
そして,顔を上げる。
[……ヤバくね!?]
〚〚のみこみ早っ!!! 〛〛
[! あっ…だから格子窓! ]
コナンは眉を顰めた。
(いくらなんでもすんなりと信じすぎてる。おかしい。……まさか,最初から知っていた…?)
「今となっては分からないけど,レイは色々早いからね!多分演技じゃないと思うよ!(……まあ…演技だろうけどね。別の意味で。)」
コナンの心を読んだかのようにエマがニッコリと笑って説明してくれた。
次いで,ノーマンが口火を切る。
「まあ,見よう見よう。貴方が気になってたこと,レイが丁寧に説明してくれるよ。毛利小五郎さん?」
皮肉をたっぷりと含んだノーマンの言い方に,小五郎はピキッと額に血管を浮かせたが,再生された映像に集中することにした。
レイが自分の首筋……あの5桁の番号に触れて冷静に言う。
[成程。つまり俺達は大事に大事に管理された鬼の食料だったってわけか。]
それに突っ込んだのはエマだ。
エマは驚きのあまり,指先を小刻みに震わせる。
[**えっ…ていうか,超すんなり信じてくれちゃってるけど…**バカにしないの?]
[は?当然だろ。]
レイはスッとノーマンをまっすぐに指差した。
[ノーマンがこんな間抜けな嘘つくかっての。エマならともかく。]
最後のレイの一言が岩のように硬い塊となってゴンッ*!!* とエマの頭に激突する。
〚信頼の差**!!* * 〛
エマが項垂れ,ノーマンが笑いを噛み殺していると,レイが急に真面目に切り替えて話し出す。
[……で,実際逃げるとなると,色々問題はあるが…]
そう言って顎に手を当てて考えるレイに,エマもノーマンもピシッと身を固くした。
そして,同時に思う。
〚〚切り替え早っ**!!! * さすがレイ*!!!* * 〛〛
レイは2人の様子には気付かずに続ける。
[まずは人数だな。いくら何でも全員は無理だ。できるだけ実現可能なメンバーに絞って…]
[待って**!!* * ]
レイの言葉をエマが慌てて遮る。
ノーマンは一瞬口を開けたが,すぐに閉じた。
と,それを見ていた小五郎が吐き捨てる。
「フンッ…確かに30人以上のガキを連れて行くのがちょっと年上のガキなんだから骨が折れるだろうが,そんなにはっきり言う必要は……」
「いいから黙って見てて。」
ノーマンの低い声に,小五郎は何度目か分からない怖気を感じる。
これ以上言ってはもっとまずいことになると感じた小五郎を含む全員は,開きかけていた口を閉ざして大人しく映像を見つめた。
映像の中のエマの静止に言葉を切ったレイは,[まだ何かあったのか?]と目線でエマに訴えかける。
だが,次のエマの言葉は,レイの予想を大きく覆すものだった。
[全員で逃げたいんだ。力を貸してレイ。]
[*!* …全員?]
エマの言葉に,レイは思わず目を見開いて復唱した。
だが,次の瞬間には,吐き捨てるように言った。
[冗談だろ?]
[…*!!* ]
[全部で37人。大半が6歳未満だぞ!?]
レイは厳しい目でエマを見る。
[**『ママ』『鬼』『発信器』。**ただでさえ簡単でない脱獄の難度がケタ違いにハネ上がる。]
[それはわかってる……*!* でも,無理だと決まったわけじゃ…]
[いいや無理だ。]
エマの反論をレイは途中で遮ると,スッと目を細めた。
[エマ。お前,気付いてないだろ。]
[え?]
[待ってレイ**!* * ]
[……成程。だから『僕から話すよ』か。]
映像のエマだけでなく,小五郎も,気付いていない警察官達も,レイの言葉に,瞬きをした。
レイは今度はノーマンを見る。
[エマに伏せてた。……いや,言えなかったのか?]
[……っ…]
ノーマンを軽く睨むと,レイは[どちらにしろ甘えよ。過保護だ。こういうのは,ハッキリ言った方がいい。]と言いながらエマに歩み寄った。
[エマ……。『出る』だけじゃダメなんだぞ。]
[……どういうこと?]
レイの言葉に,エマは聞き返し,ノーマンは目を伏せた。
〚**『外』がどうなっているのかはわからない…。**でも……〛
ノーマンの心を代弁するかのようにレイがエマに言い聞かせる。
映像内のエマを含め,警察官の殆どの人が気付いていない事実を。
[出荷される先がある。“農園”ってモノがあること自体で予想はつくだろ。]
そう言ってレイは,一度瞬きをしてから続けた。
[外に待つのは鬼の社会 だ。人間の生きる場所なんて,最悪どこにもないんだよ。]
〚………あ。〛
エマは,この施設(ハウス)の真実を知ったときに言った自分の言葉を思い出す。
〘無理なのかな…。〙
レイがそれに答えるように言った。
[不可能(ムリ)なんだよ。]
ノーマンが言った言葉を思い出した。
〘生き延びるには,逃げるしかない。〙
そのノーマンの言葉に付け足すようにレイが言った。
[連れて出りゃ全滅は見えてる。]
〚そうか……。〛
ポンッと,レイがエマの肩に手を置いた。
[“置いていく”。これが最善だ。]
[やだ。]
即答だった。
ゴンッとレイの頭に衝撃が走る。
それに構わず,エマはグッと両拳を握り,持ち上げた。
その表情は,キラキラと輝いていた。
[無理でも私は全員で逃げたい。何とかしよう**!* * ]
[ハア!!!?]
エマは決意したような表情で続ける。
[全滅はやだよ。でも,置いてくって選択肢はない。]
エマはそう言って真っ直ぐにノーマンとレイを見つめる。
[ないならつくろうよ外に。人間の生きる場所。…変えようよ世界。]
レイとノーマンがそれに驚いている暇も与えず,エマは遠回しにレイへとお礼を告げる。
[レイのおかげで今わかった。これは,そういう脱獄なんだ。]
[なっ…“そういう…脱獄”…?]
〚無茶な…*!* 〛とレイは絶句する。
〚理想論だ。〛
[私は折れない。決めたから。]
言葉通り,折れるものかという声音でエマは言うと,レイの両手を掴み,下から見上げた。
[だからレイが折れて**!! * ゴチャゴチャ言わずに全員に力を貸して*!!* * ]
その瞬間,ドゴォンッ**!!!* * という雷鳴が聞こえた。
レイがブチギレたのだ。
エマを振り払うと,レイは爆笑しているノーマンの胸ぐらを掴んだ。
[オイコラ**! * ノーマン,保護者*! * ちょっと来い*!!* * ]
キレながらノーマンを引っ張っていったレイと,相変わらず爆笑しながらレイに引っ張られていったノーマンは,地面に転がって駄々をこねているエマに会話が聞こえないところまで来た。
そこに来てもまだ,ノーマンは笑っており,生理的に目尻に溜まった涙を指で拭いながら,レイの話を聞いていた。
[あの馬鹿何とかしろ**! * 無茶苦茶だ*!* * ]
[ねー本当**!* * でもよかったー元気そうで☆]
[じゃなくて**!! * 止めろよ*! * 死ぬぞお前ら二人共*!!* * ]
くっとレイは怒りを噛み殺して,長い前髪の間からノーマンを見上げた。
[お前は最初(ハナ)からわかってんだろ?]
レイのその言葉に,ノーマンは顔に影を落とす。
[**……エマが…泣いたんだ。**普段めったに泣かない子なのに。]
ノーマンはそう言いながら顔を俯かせた。
[…怖いから,泣いているんだと思った。僕も怖かったから…。でも,違ったんだ。僕は,自分が死ぬのが怖かった…けどエマは…家族が死ぬのが怖くて泣いていたんだ。]
ノーマンは,あのときのエマの言葉を思い出しながら呟くように言った。
[すごいよね…。あの状況で何かを守ろうと考えられるんだ。]
[でも正しくない**!! * 泥船だぞ*!* * ]
レイは一瞬,黙りかけたが,最善ではないと,言外に告げる。
[…ぶっちゃけ3人だろ…。3人なら逃げられる**!* * …お前は正しい。自分を恥じるな**! * 情で判断をねじ曲げるなノーマン*!!* * ]
[違うよ。レイ。]
ノーマンはレイの言葉を否定すると,両腕を左右に大きく広げた。
[僕も泥船をつくりたいんだ。]
あっさりと恐ろしいことを言ってのけたノーマンに,レイは今度こそ言葉を失った。
[……は…?なんでだよ。“ノーマン(おまえ)”は違うだろ!?もっと冷静で…いつだって“正解(さいぜん)”を…]
くっとレイは歯を噛み締める。
〚……そうだ。俺より…誰より…お前こそ……*!!* 〛
耐えきれず,レイはノーマンに歩み寄って本を持っていない方の手でノーマンの胸倉を掴み上げた。
[なのにどうして…*!* ]
[好きだから。]
[*!* ……]
[好きだから。エマには笑っていてほしいんだ。]
そう,ノーマンはにこりと嬉しそうに笑って言った。
これには思わず,レイもノーマンの胸倉を掴んでいた手を離してしまう。
[………頭おかしいだろ…。それでエマが死んでもいいのかよ!! ]
[死なせない。]
レイの叫びにノーマンは即答すると,うっすらとした不敵な笑みを浮かべた。
[そこために僕は,僕を利用するんだ。]
そう言うと,ノーマンはやっと,いつもの穏やかな笑みをレイに向けた。
[幸い,僕がやろうと決めて出来なかったことは一度もないんだよ~。]
〚こいつ…*!* 〛
そう言うと,ノーマンはもう一度レイにだけ見せる,寒気のする,うっすらとした笑みを浮かべた。
[泥も焼けば器になるでしょ。土によるけど。泥船が必ずしも沈むとは限らないよ。レイ。]
[…馬鹿げてる**!* * ]
絞り出したレイの言葉に,ノーマンは笑みを深めた。
[…かもね。]
[…?]
疑問符を浮かべているレイを見て,ノーマンはもう一度両手を広げた。
[どうする?僕もエマも正気じゃないよ。完全に血迷ってる。]
そう言うと,ノーマンは今度は背中に手を回して,レイに顔を近づけた。
[放っとけないだろ?]
[*!* ……クソッ…]
〚最初(ハナ)からそれが狙いか。〛と,レイはようやく気付いた。
そして,吐き捨てるように言う。
[放っとけるわけねぇだろ。]
その答えを聞いて,ノーマンは嬉しそうに微笑んだ。
[……………お前…本当性格悪ィよな。]
[え?僕?]
[いや,お前以外に誰が居るんだよ。]
[エマのところに戻ろう。]と言ったノーマンに,レイは歩きながら話しかけた。
その表情には呆れが入っていた。
[そうかなぁ。僕はみんなに優しく接してるつもりだけど。]
[気づいてないならこの際言ってやる。……お前,俺にだけ,超絶性格悪ィぞ。]
“俺にだけ”と“超絶”を強調して言ったレイにノーマンは[ふふっ…]と笑った。
[うーん確かに。レイにだけはエマや他の兄弟達とは違うように接してる自覚はあるけど……]
[オイ。あんのかよ。]
さらっと言ったノーマンに,レイは突っ込みつつも溜息をついた。
ノーマンは気にせずに続ける。
[でもねレイ。レイと話してる時の僕が,本当の僕なんだよ。]
[…?]
心底わけが分からないと言いたげなレイの視線に気を良くしたノーマンは,[僕はね。]と微笑みながら言った。
[レイと居るときだけは本当の僕で居られるんだ。それは,レイが僕の家族でもあり,親友でもあることも含まれてるけど,エマにはああいう風な口は利けない。]
〚……まあ…だろうな。エマにあんなこと言ってたら,俺でも引くわ…。〛
[でもね……]
ノーマンは急にレイの前で足を止めると,くるりと振り返った。
[うおっ…*! あっぶねえ……。オイコラ,ノーマン*!* * 急に立ち止ま……]
[僕にとってレイはなくてはならない存在だよ。]
[…ッ**!!!* * ]
ノーマンはニコッと笑った。
[だって,僕はレイとしか対等に話せないんだもの。博識なレイだからこそ,僕の話についていけるもんね。悪いけれど,他の子じゃ無理だよ。あ**!* * 残念ながら,ママは僕より上だけど。]
[…………]
レイは顔を伏せてノーマンの話を聞いていたが,スッと本を持っていない方の手を軽く上げた。
そして,疑問符を浮かべているノーマンの頭にコンッと真っ直ぐに下ろす。
[わっ**!! * ちょっ…レイ!?何するの…!* ]
[ママの方が自分より上とか言ってて,お前,脱獄本当に大丈夫かよ…。それに……別に…俺は……お前には全然敵わねえし……。それでも…まあ…一応…お前と…対等でいたいとは…思ってるよ。]
[え…?]
最後の方は小さくなっていったレイ言葉に,きょとんと一瞬,ノーマンは目を見開いたが,次の瞬間には目を輝かせた。
だが,口ではレイを舐めまくる。
[でもまあ確かに〜レイは僕には敵わないからなぁ。僕と“対等”でありたい気持ちは分からなくもないけれど〜,やっぱりレイは僕には一生敵わないよねぇ~。]
[なっ……*! …ノーマンてめえ*! * 最っ悪だよ*!! * せっかく人が褒めてやったのに……!!* ]
[えー**! * レイあれで褒めてたの?ちょっと遠回しすぎない?それに声も小さかったし……もっと素直になりなよ〜!* ]
[うっっせ**!!!* * ]
ノーマンによって台無しにされた空気を振り払うように,レイはプイッとそっぽを向いた。
そこで,ノーマンが更なる追い打ちをかける。
[あ**! * そういえばー……レイって案外結構ドジだよねぇ〜。この間も,図書室に向かう途中の廊下でコケたんだって?トーマとラニが言ってたよ~?『レイが何もないところで普通にコケてたのを見た*!* * 』ってみんなに言いふらしてて……]
[あ゛ー**!!! * ハイハイハイ*!!! * 聞こえませーん*!!!* * ]
そう言ってレイは,ノーマンから逃げるように走ってエマの元へと全速力で向かっていった。
〚うっわ**!!! * こいつ本当に性格悪っ*!! * いや,それよりアレ,家族全員に知られてんの?まさかママにも…?マジかよ*!! * 最悪だ*!! * 恥ずすぎて死ぬ*!! * ほんっとに最悪だ*!!* * 〛
〚あー面白い。でも,レイを一生誂えるようなエピソードって,いっぱいあるんだよねぇ〜。〛
〚えーっと……〛とノーマンは覚えている限りのレイのドジを思い出す。
〚お花にあげるための水を自分でバケツに入れて,自分で後ろに置いたのに,花と花の間から急に出てきた蝶に驚いて汲んでた水を頭から思いっきり被っちゃったりとか,あと,雨上がりのハウスの庭で,エマが『鬼ごっこしよう**!* * 』って誘ったけど,レイは『今日は図書室で本読むからパス。』って断ったら,エマが無理矢理引っ張り出そうとして,そんなに強く引っ張ってないのに何故かレイが湿ってる庭に,正面から転んだんだっけ?本はレイが体を張って守ったおかげで無事だったけど,レイ自身が全身,グチャグチャに汚れちゃったんだったなぁ。〛
ふふっと楽しそうにノーマンは笑った。
〚その度にレイはママに叱られてるけど,レイってば,『わざとじゃない**! * 』とか言ってママと喧嘩してるんだよね〜。あ*!* * そういえば,それ使ってレイのこと一番誂ってたのはスーザンだったなぁ。遊びに誘うときも,それ使ってレイ引き摺り込んでたし。〛
クスクスと笑いなが先を走るレイを見つめていたノーマンは,出ていた木の根に気付かずに足を取られ,もう少しで転びそうになったレイを見逃さなかった。
必死に笑いを堪えながらレイの横に並ぶ。
[ねぇレイ。今……転びそうにな…]
[うるっっさいわ**!!! * お前はもう黙ってろ*!!! * 馬鹿ノーマン*!!!!* * ]
[あっははははっ…*!!!* ]
[~~~~~っ///*!!!* ]
レイは若干赤くなった顔を前髪で隠すと,走るスピードを上げ,爆笑しているノーマンを置いて,さっさとエマの元へと向かってしまった。
そんなことになっているとは知らないイザベラは,発信器の場所を確認するコンパクトを手に,森の奥を探るように見つめていた。
〚ノーマン………エマ………それと…レイ……。〛
心中でそう呟くと,イザベラは,笑みを浮かべてハウスの中に入っていった。
やっと落ち着いたノーマンとレイがエマと合流すると,早速,レイが本題に入った。
[これ,見ろよ。]
スッとレイがノーマンとエマに差し出した物は,レイが持っていた本だった。
タイトルを見たエマが,うへえ…と両手を揉み合わせた。
[『機械工学と人類の歩み』……。]
[じゃなくて,中。出版年。]
バッとレイから本を受け取ったノーマンが本を開き,横からそのページをエマが覗き見る。
[2015年…。]
ノーマンがそう呟くと,スッとレイが本を指し示した。
[施設(ハウス)にある本で,それが一番新しい。素直に考えりゃ少なくとも,2015年までは本が出版できる世界だったってことだ。]
[[…*!!* ]]
レイの言葉に,ある可能性が,エマとノーマンの頭に浮かんだ。
[30年前…。]
[30年で一体何が…!?]
悩む2人を見て,レイは腕を組んだ。
[さっきはああ言ったが,ほんの30年。外に人間社会がある可能性もゼロじゃない。だが,勝算のねぇバクチじゃだめだ。]
レイの言葉に,エマとノーマンの2人は,本から顔を上げ,真っ直ぐにレイを見つめる。
レイもそれに応えるように見つめ返した。
[外を知り,敵を知り,策を打ち,生き延びる。]
くるっとレイは半回転し,歩き出した。
[やるからには勝つぞ!! ]**
[うん*! *]
レイのその勢いに押されたように,エマも大きく跳躍して左腕を空に向かって突き出した。
因みに,
[あ**!* * ねえエマ。さっきね,レイがコケそうになったんだよ。]
[え!?ウソ**!! * また!?ダメだよレイ*! * レイはちゃんと周り見なくちゃ*! * ドジっ子さんなんだから*!* * ]
[~~~~~っ**!! * ……ぅ…るっせ*! * …中身5歳児に言われたくねぇわ阿呆*!!* * ]
[なっ……レイひっどーい**!! * せっかく心配してあげたのに~*!! * そんなこと言うんだったら,言いふらしちゃうぞぉ〜!!* ]
[うっ…*!* ]
[あははっ**!* * ]
[オイ**!! * ノーマン*!!! * 元はと言えばお前が元凶だろうが*!!!* * ]
そんな平和な会話も続いた。
笑い合っているそんな2人を見て,レイが諦めたように小さく溜息を溢した。
そして,もっと,更に小さく呟く。
[……俺も……俺にとっても…お前らは…………]
[[…?]]
急に立ち止まって何かを呟いたレイに,ノーマンとエマは互いに目を合わせて首を傾げた。
ふと,コナンはある違和感に気付いた。
ノーマン達が誰一人として一言も喋っていないのだ。
コナンはノーマン達に視線を向けた。
だが,見なかったほうがよかったかもしれないとすぐに後悔した。
そこは,既に修羅場と化していたのだ。
「ぷっ………あははははははっ…!!!」
「ちょ……ノーマン……笑いすぎだよ……ふふっ…!!!」
「ははははははははっ!!!……ゲホッ…ゴホッゴホッ……!!!」
「…………ふうぅ………ふうぅぅぅぅ……」
ノーマン腹を抱えて爆笑し,エマはエマで,ツッコミながらも笑いを噛み殺している。
ユウゴは笑いすぎて噎せているし,イザベラは出てきそうになる笑いを深呼吸で必死に殺しているが,口元がニヤけていて笑いそうになっているのが丸分かりだ。
ここにレイがいたら間違いなく全員の目の前に星が綺麗に飛んでいたことだろう。
コナンが思わず目を逸らして溜息をつくと,目暮が,とてつもなくやりにくそうに咳払いをした。
イザベラ以外が目に溜まった涙を指先で拭るいながらコナン達を振り返った。
最初に口火を切ったのはイザベラだった。
「ごめんなさい。何かしら?何か気になることでも?」
「そんなの,沢山ありますよ。」
佐藤が毅然として言い放った。
物凄い肝と度胸である。
それに思わず,ノーマンも残っていた笑いを引っ込め,最後に一度,深呼吸をすると,記憶の映像の中でレイと話していた時と同じ,うっすらとした笑みを浮かべた。
「分かった?僕とレイが『3人で』って言った意味。ちゃーんと,レイは丁寧に説明してくれただろ?」
「……ええ。そうね。」
でも…。と,佐藤が眉間に皺を寄せて言った。
その目はエマを捉えていた。
「貴方の気持ちも分かるけれど,いくら何でも全員なんて無理なんじゃない?夢物語よ。だって,37人いるんでしょう?貴女達は子供。どれだけ夢を語っても,結局は数人しか……」
「さあ……?それはどうだろう…?」
ノーマンの静かな声に,全員の視線がノーマンに集まる。
すると,ノーマンがニヤリと笑った。
「僕,さっきの記憶の中で言ったよね?……『僕がやろうと決めて出来なかったことは一度もないんだよ。』って。……実際,どうなったと思う?」
「…!!まさか!!!?」
千葉刑事が呟き,他の警官達も,コナン達も,驚きに目を見張った。
すると,ノーマンがニコリと微笑んだ。
「どうだろうね…。僕は居なかったから。あーあ。早く見たいなぁ。脱獄の瞬間。レイの驚いた顔見てみたい。」
「見ものだよ!ノーマン!!私,あんなに驚いてるレイ,見たことない!」
「あー見たい〜!!ねぇママ。もうここ飛ばしていい?」
「……………私はいいけれど……後で説明するのは貴方達よ?」
イザベラの言葉に,ノーマンはガックリと肩を落とした。
「まだまだ先じゃない……。」と項垂れていた,その時。
「そんなに俺の間抜け面が見てぇのか。馬鹿ノーマン。」
「!!!…レイ……。」
急に会話に入ってきたのは,昨日(かはもう分からないが,一応そうしておく。)撃たれて病院行きになった睦月夏枝…もとい,レイだった。
レイの姿を捉えたエマがハッとして駆け寄った。
「レイ!!!目が覚めたんだね!良かった〜!!怪我は?大丈夫……じゃ,ないよね?こっち来ていいの?大丈夫なの?病院で寝てて不審がられない?一回起きてからずっと寝てたらいくら何でも怪しまれ……」
「あーはいはい。落ち着けエマ。大丈夫だよ。目が覚めたのはついさっきだし,みんなが居たからな。大丈夫。あいつらに頼んで,病院にはまだ報告してねえから,目は覚めてないことにしてもらってる。みんなから事情聞いて,んで,中身6歳児がギャーギャー言ってねえかどうか偵察しに来た。」
「なっ……!!ノーマンとレイと同じ14歳ですー!!!」
「大丈夫だ。エマ。一歳上がってる。」
「ほとんど変わんないじゃん!」
「じゃあ中身5歳児で。」
「それだと戻ってるよ!」
ブーと膨れたエマの頬を,レイが笑いながら突っつく。
その笑顔は,心の底からのもので,コナン達が今まで見ていた記憶の中のレイの笑い方とは違っていた。
すると,急にレイが真面目な顔になり,「……んじゃあ,本題に入るぞ。」と言って場の雰囲気を切り替えた。
ピシッとエマ達の背筋が自然と伸びる。
「兎に角,俺も加わったからには,あんたら,俺の家族舐めたら許さねえぞ。…いいな?」
「因みに,レイは一度,人間界に来てから,僕らを悪く言った大人の男の人,一人殴ってるから。」
「そういう余計なことは言わなくていいんだよ。ノーマン。」
レイのツッコミに,ノーマンはさして気にすることもなく,寧ろ「でも,脅しにはこれがベストだろ?」と言って共感を求めた。
すると,レイは,考えていたことは結局同じだったようで,少したじろいだ。
その反応は,ノーマンの予想通りだったのか,ノーマンは口角を上げて笑った。
とても14歳の会話とは程遠い。
コナンは思い切って気になっていたことを尋ねることにした。
「ねえ!一つ,聞いてもいいかな?」
「ん?なぁに?どうしたの?コナン君。」
ノーマンがニッコリと笑ってコナンに顔を近づけた。
コナンは,優しい笑みを向けられているのに,背中に氷を突っ込まれたような感覚がして,冷や汗を流したが,あえて気丈に振る舞う。
「どうして記憶の中のお兄さん達は日本語を話しているの?だって,おかしいよね?レイお兄さん以外はさ,『昨日急いで日本語を習得した』んだよね?なのにどうしてこの映像では日本語を話しているの?」
「……ああ。それね。言うの面倒臭さすぎて,忘れてたよ。」
早く答えろと目線で訴えてきている警察官達を見回しながら,ノーマンは口を開いた。
「僕達が薬を開発したって言ったでしょ?だから,薬に僕たちの記憶を入れている。正確に言えば,頭にね,小型の装置を付けているんだ。レイが作ったわけじゃないから,上手く出来ているとは自信を持って言えないけれど…でも,その機械で僕達の記憶を今,君達に見せているんだ。同時に,寝る前に日本語で見れるようにって設定して(念じて)おいたから。……感謝してね。僕らが翻訳して君達に見せるなんて面倒だったから。」
と,一息に言ったノーマンは,くるっと目の前で停止されている映像の方に向き直った。
「さあ。レイも来てくれたことだし,シスターが来る少し前のところから見ようか。」
ノーマンがそう言うと,また,映像が再生された。